第二話--duoとリン--01
俺たち「コネクター」も食事は摂る。「一般奴隷」と同じ、この「奴隷」階級専用食堂で取る決まりとなっている。
よほどの物好きでなければ、「普通市民」が入ることは無い。この食堂は「奴隷」達の憩いの場だ。
ピーク時には、人でごった返すこの食堂だが、人混みが嫌いな俺は、任務が無い時は比較的人が少なくなる時間を狙うようにする。「コネクター」も「一般奴隷」もこう言うところは自分のスケジュールに合わせて自由に出来る。
「一般奴隷」とは、「獣の刻印」を押された者たちだ。
「普通市民」もしくはその上の「上級市民」「貴族階級」であっても、所謂「著しく、市民としての基準から逸脱した行為」を犯した者は「獣の刻印」を押され「一般奴隷」に堕とされる。
「一般奴隷」に堕とされるのは、対象となる本人だけではなく、連座制の為、その家族も対象となる。
「都」には明確なヒエラルキーが存在しており、一度「獣の刻印」を押されてしまうと、「市民」に復帰する事は容易では無い。しかし、救済措置が無いわけではない。「『都』に貢献する事」である。
「都」に貢献する事とは、それこそ様々な解釈があり、明確な規定がある訳ではない。一番簡単なのは「貴族階級」の者に気に入られ推薦をもらう事だ。
推薦をもらう為に「奴隷」達は「貴族」に取り入る為に必死だ。中には、賄賂を渡す者もいる。しかし、賄賂を渡した所で、必ず上手くいくとは限らない。「貴族」連中にとって、「奴隷」との約束なんて守る義理なぞ無いのだから。
俺が人気の少なくなった食堂で一人で食事を取っていると、一人の男が声をかけてきた。
「SIN、相変わらず一人か?」
馴れ馴れしく俺に話しかけてきたこの男は、「マリオネット・コネクター」の4チームのうちの一つ、「αチーム」に所属する「duo」だ。歳は俺とそうは変わらない。ただ黙ってエネルギーとしてだけの食事をとるこの場所には、全く場違いな陽気な男だ。
「別にいつもの事だ。それに、他人と馴れ合う必要もないだろう?」
「そんなにつれない事言うなよ。そんなんじゃ友達できないぞ」
大きなお世話だ。俺は一人でいたいから、一人でいるだけだ。
duoはわざとらしいため息をつくと
「しょうがないな、そんな友達のいないお前が可哀想だから、一緒にメシを食ってやろう」
duoは自分勝手な事を言うと、俺の答えを聞くまでもなく、前の席に座った。
「別に頼んでもいないんだが……」
俺は明らかに迷惑だとduoに言ったつもりだったのだが
「まぁ、気にするな。俺の優しさに感謝しろよ」
コイツのこの図々しさには返す言葉も無かった。
マインドコントロールが弱い第一世代とは言え、コイツの図々しさは別格だ。しかし、不思議と嫌な気分にはならない。これも一つのコイツの才能だと言える。
duoは決して上品とは言えない作法で食事を始めた。
「うん、相変わらず、ここのメシは不味い」
面白い事を言う男だ。俺たちに人並みの味覚なぞあるわけも無いのに。食事はただのエネルギー補給だ。食事が美味いなど考えた事もない。
それに……それは口一杯に頬張って言う奴のセリフじゃない。
急にduoが食事を止めて神妙な顔つきになってつぶやいた。
「だけど……」
俺は食事を止めてduoを見た。
「だけど、メシが食えて安心して寝れる場所があるだけ良いかもな」
「どう言う意味だ?」
俺は不思議に思った。「獣の刻印」持ちでも、ここにいれば食事と寝床は保障されている。
duoがポツリと話し始めた。
「俺には妹が居てな」
俺はduoが言いたい事を理解した。
俺たち「獣の刻印」を押された「奴隷」にも家族がいる。
いや厳密にいうと「一般市民」から「奴隷堕ち」した者達は、血縁を元にした家族が当然のコミュニティーとして存在していたのだが「奴隷」となった時点で血縁で繋がった「家族」は離別させられ、もう二度と会う事はできない。
その上、俺たち「奴隷」は繁殖能力を厳重に管理されている中、血の繋がった家族など持つ事も出来ないし、決して許される事はないのだ。
しかし、明日をも知れない過酷な運命を背負っている「奴隷」達は、いつの間にか「奴隷」同士寄り添い合う様になり、仮初の「家族」というコミュニティーが生まれたのだ。
血縁を持たない仮初の家族を持つことに対して、上の奴らは俺たちを支配をする為の手段として奨励していた。「家族」という物は支配をする為の「単位」として非常に都合が良かったのだ。
「家族」というものは「奴隷」のモチベーションを上げる事が期待できる。その上、反乱意思を持たせない為の丁のいい人質とする事も出来る。もし反乱意思を持っていると判断されたら、連座制という家族全員が処分されるという残酷な仕打ちが待っているのだから……
また「家族」は俺たち造られた奴隷を育てる為にも利用される。親がいない俺たちクローンをヒトの手によって育てさせるのだ。
「もちろん血の繋がった妹じゃ無いけど、俺に懐いてくれてて……食い物が無かったから、いつも二人で腹を空かせていたっけな。夜は寒くてな。いつもくっついて寝てたよ」
もちろん、奴隷達も俺たち「コネクター」と同じように食事は支給される。しかし、ある程度優遇されている俺たちと比べると粗末で量も少ない。少ない量の食事を家族で分け合って、かろうじて飢えを凌いでいる。特に育ち盛りの子供がいた場合は大変だっただろう。
「つまらん話をしたな。忘れてくれ」
duoは恥ずかしそうに笑った。その顔は普段の人懐っこい明るいduoと違い、どこか寂しさを感じさせる顔だった。
俺たち「コネクター」は任務の特殊性から、二度と「家族」と会うことは出来ない。
俺たちは「コネクター」となった時点で「家族」と引き離され隔離される。自分の家族が生きているのかも知る術は無い。
「別に……ここにいる奴らみんな同じようなもんさ」
「獣の刻印」を持っているだけで明日をもしれない奴隷だ。それでも俺たちは、ほんのささやかでも希望を見つけ生きている。その希望の一つが「家族」である事は間違いない。
俺は少しduoが羨ましかったのかもしれない。俺には「家族」と言われる存在は無い。いや知らないのだ。
プロトタイプとして生まれた俺は、誰かに育てられたと言う記憶が全く無い。物心ついた時からここに居て、「H.M.A」の操縦をしている。
duoのこの明るい性格は、良い「家族」と共に過ごしたからだろう。
俺には持っていない物だった。
次回の更新は19日月曜日、朝7:30となります。