第一話--任務--11
〈準備が出来た。センサーは全て正常。いつでも出れる〉
「了解した。良いか!くれぐれも塩の塊には傷一つ付けるなよ。わかったな!細心の注意を払え!」
最低限、コイツらに敬意は払わんとな。元はヒトだったのだから……。
〈……了解……〉
A.Iは何か言いたそうだが、俺は答える気も無い。それを察したのか、A.Iも結局、何も聞かなかった。
俺たちは慎重に来た道を戻った。センサーに異常は全く見られない。それもそうだ。異常の原因は「箱」の中で眠っているのだから。
ゴンドラのある竪穴に出た。ここに入った時と違い、今は微かに明るさが感じられる。歪んでいた空間が戻った証拠だ。
「Helios」が疲労を感じているのかコントロールが少し重い。
「よく頑張ったな。あともう少しだ」
俺は「Helios」を励ました。
コイツはまだまだ子供だ。コイツは俺よりもよっぽど豊かな感情を持っている。嫌な時は本当にヒトの子供のように駄々を捏ねる。
いや、おかしいな。機械に感情なんてあるわけない。
俺は自分でおかしくなった。コイツらはヒトでは無いのだ。機械が感情を持つなんてある筈がない。
ある筈はないのだが……俺にはコイツの気持ちがわかる。
おかしなものだ。
ヒトの気持ちを理解しようとは思わないが、コイツの気持ちは理解できる。
俺たちはゴンドラの元に着いた。来た時と何も変わっていない。元々ヒトだった塩の塊がゴンドラに拡がっている。
「クレーンのコントロールを頼むぞ」
俺はA.Iに指示を出し、ゆっくりとゴンドラに乗った。ゴンドラは、ゆっくりと地上に向けて動き出した。ゴンドラが登っていく間、さっきまでいた穴の底を見ていた。
塩の塊が羨ましそうに俺たちを見上げている。
少しづつ塩の塊が崩れていった……。
突然A.Iが俺に聞いてきた。
〈いつシールドを下ろしたんだ?〉
「シールド?」
こんな物を下ろした覚えなんか俺には無い。「天使」の本体にでも出くわさない限りは、こんなものは必要ない。
「お前が出したんじゃないのか?」
〈私は、そんな無駄な事はしない〉
「じゃ、誤作動だろうよ」
通常の「卵」の捕獲任務の筈なのに、今回の任務は違和感しか残っていない。所々、記憶が曖昧になっている。まるで俺の身体が今回の任務の事を思い出させない為に拒絶しているようだ。
今は考えるのはやめよう。地上の光を見る事がまた出来た。それだけで良い。とにかく疲れた……
ゴンドラが地上に着いた。俺たちはゴンドラから降りると、辺りを見回して見た。当たり前だがいつもと変わらない不毛な大地が広がっている。それでも、今の俺には何か懐かしくも感じた。
クレーンの隣には、ギャレイが俺たちの到着を待っていた。
俺はA.Iに聞いた。
「エネルギーはどれくらい残っている?」
〈予備燃料だ〉
「俺の言った通りだったろ?ギャレイを呼んでおいて正解だった。予備燃料じゃ当初のギャレイの待機地点まで辿り着けなかった」
〈確かにそうだが……〉
何だか歯切れが悪いな。「ハンドラー」の嫌味でも心配しているのか?いや、コイツに限ってそんな事はないな。所詮は機械だ。何を言われても、別に実害があるわけでもない。
しかしだ……。
エネルギーの事といい、調査隊の事といい、今回の任務指令は杜撰すぎる。いくら俺を消したくても、ここまで酷い物はなかった。何か他の目的でもあったのか?
いや、やはり深く詮索するのはやめよう。大蛇ではなく想像もしなかった化け物が出てくるかもしれない。
とりあえず、やれる事をやっておくか。
「エネルギーを補充しておけ。まだ何があるかわからん」
俺はA.Iに指示を出した。任務終了と同時にエネルギーを補充するのは俺の癖でもある。備えておくに越した事はない。
〈了解〉
ギャレイからホースが伸び、「Helios」に繋がれた。エネルギーゲージが上がっていく。
「任務終了予定時刻まであとどれくらいある?」
〈あと、5分〉
「了解。俺は少し休む」
〈了解した〉
俺は目を瞑り、もう一度今回の任務を振り返ってみた。深く詮索をするつもりはないが、ある程度の対策はしておかなくてはならない。対策をしておけば、不測の事態が起こってもある程度は対処できる。対処が出来れば生き残る確率も高くなる。
別に生き残ったところで、何かが変わるわけではないのはわかっている。別に何かを期待しているわけでもない。しかし、何があっても生き続けなければいけない。なぜかそんな気がするのだ。
《ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ》
突然嫌な音がコックピットに響いた。俺は腕時計を見た。相変わらず、寸分の遅れもない。
〈ハンドラーからだ。目を覚ませ!通信回線開くぞ〉
そう言うとA.Iはすぐに通信回線を開いた。ディスプレイにいつもの嫌味なハンドラーの顔が映し出された。
「時間通りに任務を完了したみたいだな。この後は、これから送る行動指示に従え。以上だ」
通信が切れた。いやに素っ気無いな。嫌味を聞かないだけでも救いだが、ギャレイを勝手に移動させた事も何も言ってこない。俺は些か拍子抜けだった。嫌味の一つや二つの覚悟をしていたのだが……。
〈いやに素っ気無いな。どう言う事だ?〉
A.Iも不思議だったようだ。
「さぁな。早く仕事を終わらせたいんだろうさ」
あんな奴の事をいちいち考えても仕方がない。奴の機嫌が良かろうが悪かろうが、俺にはどうでも良い事だ。嫌味を聞かなくて済むのならそれに越したことはない。
「行動指令をインストールしたか?」
俺はA.Iに聞いた。
〈ああ、回収班が来るまでその場で待機。聖櫃を回収班に移譲後、回収班の警護を兼ねて共に都に帰還だ〉
「回収班が来るのは?」
〈ランデブーは3時間後だ〉
「そうか。『Helios』のエネルギー補充は終わったか?」
〈終わっている。満タンだ〉
「了解。洗浄を先にやっちまうか。回収班に小汚い姿を見せたくはないからな」
俺たちは聖櫃を下ろし「Helios」の洗浄作業に入った。ギャレイからホースが伸びて、洗浄剤がシャワーのように「Helios」に浴びせかけられた。
都には外の世界の汚れた物は持ち込めない決まりだ。なのでこの洗浄作業は任務の後は必ずやらなければならない。どの道「都」に入る前にやらなければならないのだが、回収班に任務後の汚れた姿を見せたくはなかった。
俺は「Helios」の洗濯が終わるのを、コックピットでぼんやりと待ったいた。俺は違和感を感じた。
うん?
スクリーンが血のように赤い。
「おい、洗浄剤変わったのか?」
俺はA.Iに聞いた。この手の細かい物は俺の管轄じゃない。A.Iが管理している。
〈変えていない。いつもと同じものだ〉
「じゃあ、あの赤いのはなんだ?」
「Helios」から流れた洗浄剤が血のように赤く染まっている。
〈確かに、おかしいな。成分分析をする〉
「しても良いが、報告はいらないぞ」
〈なぜ?もし、何か有害な物だったらどうする?〉
「有害な物でもここで洗い流すんだろ?なら大丈夫だ」
俺にはこれが何を意味するのか、大方予想がついた。朧げながら、俺は、穴の中でこの色を見ている。
「知らなくてもいい事も時にはあるもんだ。無理して知ろうとすると、またログを消されるぞ」
〈ログを消される?どう言う事だ?〉
「それも知らなくて良い事だ。それよりも、2度洗いしておいてくれ。回収班を驚かせたく無いからな」
〈了解〉
もし、回収班が赤く染まった「Helios」を見たら、奴らにも危険が及んでしまう事だろう。この任務を作成した奴らは、どんなに些細な事でも闇に消し去ってくるはずだ。だからこそ、これは通常の「卵」の捕獲任務であると認知させなければならない。この任務の裏のわけのわからない思惑なんて知らない方が良いに決まってる。
「おい。今日のログはコピーを取って、どっかに隠しておいた方が良いぞ」
〈どう言う事だ?〉
「何でも良いから、言われた通りにしておいてくれ。これはお前の為でもあるんだ」
帰還したら俺も、A.Iも、今日の記憶は全て消される事になるだろう。これは、その為の保険だ。俺が生きて帰還し、今回の任務の不審な点が露見するのを防ぐ筈だからだ。
もとより俺は今回の件を誰にも話すつもりなぞ毛頭無い。無理をして藪を突く必要も無い。しかし、相手はそうは思わないだろうし、また何かを仕掛けてくる可能性が高い。そういった事が容易に予想される以上、生き残る為の保険くらいかけておかなければ。
その為には記憶は重要な経験となる。経験があればあるだけ生き残る確率も高くなる。
しかし、おかしい。今回A.Iは前回までのログを消されていた。同じ物を何回も見ている筈なのに、塩の彫刻を知らなかった。しかし俺は消されていない。見くびられているのか、それとも何かここにも思惑があるのか……。
何にしても俺も記憶のバックアップは取ってある。この「Helios」の奥深くに……。
〈『Helios』の洗浄が終わったぞ〉
「了解。ランデブーまでどれ位ある?」
〈あと30分〉
「そうか。今日は疲れた……。ランデブーまで少し休む。回収班が来たら起こしてくれ」
〈了解〉
それにしても、あの夢の中の声……
『ダカラ 言ッタデショウ 私ガ アナタヲ 守ル』
考えたところで、この声も明日には忘れているだろう……
今回で第一話は終わりとなります。
次回からは第二話がスタートします。
次の更新は5月16日金曜日、朝7:30となります。