第一話--任務--09
「捕獲作業に入るぞ。任務開始だ。15分で終わらせる。タイマーをセットしろ」
ディスプレイにカウントダウンタイマーが表示された。と同時に俺も自分の腕時計をセットした。
この時計は、いつから身につけるようになったのか覚えていない。自分で買ったのか、誰かから貰ったのかも覚えていない。しかしいつも俺と共にあり、常に身につけているものだ。この時計を身に着けているとなぜだが、全てがうまくいく様な安心感を与えてくれる。お守りみたいなものだ。
ディスプレイに表示されているカウンターとシンクロする様にカウントダウンが始まった。
残り15分。カウントが0になった時、俺たちの運命が決まる。
俺たちは捕獲作業を開始した。「Helios」のコントロールがまた重くなっている。
そうか……悪かったよ。俺の焦りをお前も感じているんだな。
俺は大きく深呼吸をして、気持ちを整えた。
そうだ。怖くなんてない。大丈夫だ。
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。「Helios」のコントロールが軽くなった。コイツも落ち着いてくれたようだ。
コイツは俺と似ているのかもしれないな……
「捕縛ネット射出」
〈了解、捕縛ネット射出〉
「Helios」の腕に装備されているランチャーから捕縛ネットが射出された。ネットは投網のように広がり「卵」を包みこんだ。
「よし、上手くかかった。麻痺させる」
〈了解〉
捕獲ネットを通してコイツの動きを抑制する高周波が流れた。「聖櫃」の機能の簡易版だ。簡易版なだけあって、長時間捕縛しておく事は出来ない。頼りないがこれがコイツ達と戦う為の、俺の唯一の手段と言っても良い。
しかし頼りないとは言ったが、動かない「卵」の状態であれば、効果は絶大だ。ただ、問題があるとすれば、これは目標に接触しなければ効果が無いと言うことと、個体により効果に差があることだ。
「よし、これでもうほぼ終わりだ。あとはコイツを宝箱に入れて、梱包して発送すれば終わりだ」
このまま何もなく終わってくれと俺は柄にも無く祈った。
誰に祈る?
俺は自分でおかしくなった。「裁き」のせいでヒトの信仰心は地に落ちた。神は助けてはくれないのだ。
しかし、嫌な予感が止まらない。いや、さっきよりもっと酷い。身体から汗が噴き出てくる。危険だと俺の勘が伝えている。
〈大丈夫か?心拍数の異常を検知した〉
「ああ、大丈夫だ。箱を開けろ。梱包するぞ」
《ドクン》
「卵」から嫌な鼓動を感じた。
俺の勘が当たったかもしれない。「Helios」のコントロールが重くなる。
「ビビるな。ビビるな。まだ大丈夫だ。まだ時間はある」
俺は自分に言い聞かせるように呟いた。まだ5分ある。焦る時間でも無い。とにかくコイツを箱にさえ入れてしまえば、孵化が始まってもコイツは何もする事ができない。
「Helios」が「卵」を抱えようとすると、また大きな鼓動が鳴りそれと同時に「卵」の明滅が始まった。
A.Iからの警告がコクピットに響く。
〈異常なエネルギー量を検出した!このままではこちらが影響を受ける〉
「いや、まだ行ける。まだ孵化が始まったわけじゃない。早く箱に入れちまえば良いんだ」
〈孵化?孵化とは何だ?データに無いぞ!この異常な現象と関係あるのか?〉
うるさい奴だな。人の心が読めるんなら、こんな時に余計な事を聞くんじゃない。
「終わったら説明してやるって言ったろ!作業に集中させろ!」
どうせ、話した所でまたログが消されるだろうがな。
A.Iが考え込んでいるようだ。
〈現在の状況を考慮して、私は任務の中断もしくは中止を進言する〉
「バカ言うな。こんな所でやめられるか!今やめた所で結果は同じだ!」
〈了解。進言を取り消し、任務を続行する〉
随分簡単に引き下がったな。
こう言う進言をするのがコイツの仕事でもあるのはわかっている。しかし、少しくらい気の利いた事を言いやがれ!逃げられるのならとっくに逃げている。どの道、孵化が始まってしまえば、ここに来るまでに見たのと同じ、塩の彫刻になるだけだ。俺たちが生き残る為には、コイツを箱に入れるしかないのだ。
《ドクン》
「卵」がより強い光を放ち始めた。「卵」の鼓動も大きくなった。
ここまでか……
「どうやら、主のお目覚めのようだ。仕切り直しだ!距離を取るぞ。『卵』から離れろ!」
俺は、箱に押し込むのを一時諦め「卵」から離れた。
大丈夫。捕縛ネットはまだ繋がっている。
「もう一度、抑制波を出せ!」
ネットを通して抑制波が流れる。
〈ダメだ。効果が無い!〉
効果が無い?まずいな、よりによって高位の個体だとはな。それでも、最後まで抗させてもらうとしよう。
「良いから流し続けろ!」
「卵」の光の明滅が早い。鼓動も早くなっている。個体の目が開いた。
《ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ》
コクピットに警報アラームが悲鳴のように鳴り響く。もうダメだ。
「防御シールド下ろせ。捕獲ネット放棄!」
孵化したコイツに防御シールドなんて無意味なのはわかっている。しかし何もしないよりはマシだろう。俺たちは捕獲ネットを放棄した。唯一の武器を手放してしまった。
万事休す。俺たちは塩の柱に隠れた。「Helios」のコントロールがかなり重い。
「大丈夫だ。大丈夫。俺がお前を守ってやる」
俺は「Helios」を宥めるように呟いた。
こんな事を言った所で俺たちが生き残る確率なんて、もう0.1%も無い。気休めでしか無いのは俺にもわかっている。情けないものだ。物陰から覗き見する事しか出来ないとはな。所詮ヒトの力なんてこんなもんだ。
「裁き」の時も人類はこうやって見ている事しか出来なかったのだろうか……。
《ドクン》
一際、鼓動音が大きくなった。
「始まったな」
〈私としては先程の進言を、もう一度提案したいのだが……〉
「俺の答えはわかっているだろ?」
俺は、意外とまだ冷静でいられた。ここでパニックになったら終わりだ。
〈……了解した……〉
「卵」から出る光の明滅が激しくなってきた。鼓動音も早くなり始めた、まるで心音だ。いや、もうコイツは目覚めているのだ、この音は心音に他ならない。
コックピットの中は異常を示す警報が鳴りっぱなしだ。
〈エネルギーの放出量が凄い!測定不能!〉
急に、光の明滅と鼓動音が止まった。コックピットの警報アラームも止まった……。
時が止まったかのように静寂に包まれた。
俺は息を呑んで、ことの推移を見ているしか出来ない。
「…………」
俺は身構えた。
《キャァァァァァァァァ》
静寂を突き破るように、女性の悲鳴にも似た叫び声が響き渡った。
「卵」から光り輝く羽が出てきた。「天使」の誕生だ。
〈美しい……〉
思わずA.Iが呟いた。
機械に美しいなんて感情があるのか?そんな事があるわけない。思考を乗っ取られている。
「ふざけるな。お前が精神干渉を受けてどうするんだ。機械だろうが!塩になりたいか!」
「天使」の恐ろしい所はこれだ。
「天使」を見たものは皆、精神干渉を受けて魂を抜かれてしまう。自立思考型のA.Iも人間も関係無くやられてしまう。
「Helios」の思考は俺に委ねられてるし、シールドが生きている限りはかろうじて防ぐことが出来ているが、A.Iはセンサーで常に外と接触をしている。ましてや、基本的に人のサポートを役割としてプログラミングされているから、性格的に言うと意外と素直に出来ている。その為に、この手の精神干渉を受けやすい。
機械だから塩になりはしないが、使い物にならなくなる。
俺は、それだけは避けたかった。コイツが使い物にならなくなってしまったら、「Helios」を動かす事が出来ない。生きて帰る事が出来なくなる。
俺は、A.Iに怒鳴り続けた。
「目を覚ませ!奴に意識を向けるな!」
反応が無い……。
ダメだ乗っ取られちまった……
「天使」の実体が見え始めた。
「Helios」の電源が落ちた。
「シャットダウンか……」
これで俺も終わりだな……
「ハンドラー」の嘲笑う顔が目に浮かぶ。さぞかし奴は俺がいなくなって嬉しいだろう。目の上のたんこぶがいなくなるんだからな。
いや、なんでこんな時に奴の顔が浮かぶんだ?冗談じゃない、死ぬ間際に奴の事を思い出すなんて……。
俺も混乱している。死ぬのを待つなんてこんなものかもしれないな……。
「もういいよ。早く塩にしてくれ……」
人として死ねるのはせめてもの救いだな。
次回の更新は5月9日金曜日、朝7:30となります・