序章--SIN--
ある日、生命の頂点であると驕る人類の元に、突如、天より「神の矢」が降り注いだ。
突然の天からの仕打ちに、人々は抗うことすら出来ず、ただ嘆き、逃げ惑うことしか出来なかった。
逃げ惑う人々の元に「神の矢」から生まれた「神の焔」が容赦無く襲いかかった。
瞬く間に「神の焔」に覆われた大地は、決して消えることが無く、ありとあらゆる物、そう人々が気が遠くなるほど長い時間をかけて作り上げて来た物を「焔」で覆い包み焼き尽くした。
「神の焔」は人々にとって永遠とも思える程の長い間、全ての物を燃やし続けた。
わずかに生き残った人々は、穴倉に隠れ住み、ただ、息を潜めて焼かれる大地を見ている事しかできなかった。
その姿は、かつての大地の覇者としての面影などは無く、みずぼらしく天に許しを乞い、嘆き、天を恨むことしか出来なかった。
「神の矢」が降り注いでから7日目、天より「神の涙」が降り注いだ。
「神の涙」は、大地を燃やし尽くし怒り狂った「神の焔」を鎮めていった。
人々は歓喜の声をあげ、天の慈悲に感謝の祈りを捧げた。
しかし、降り続けた「神の涙」は、焼け尽くされた大地を水で覆い、その水は大きな濁流となり、わずかに生き残った人々を無慈悲に押し流していった。
人々は天に向かい嘆き叫んだ。
「神よ、なぜこのような仕打ちをなさるのですか?我々が何の罪を犯したというのですか?」
すると天から美しくも恐ろしい声が響き渡った。
「人の子らよ。お前たちは神の理を犯したのだ。裁きを受けねばならない」
「神の理とは一体何なのです?私たちはこの様な報いを受けねばならない様な罪を犯したのですか?」
もはや天からの声は聞こえなかった。
「神の裁き」を受けた世界はすでに滅び去っていた……
全てが焼き尽くされ、濁流に流された大地は、かつての文明が栄えた豊かな大地では無く、ただ死のみが支配する不毛の大地へと変わり果てていた。
生命の母と言われた青く美しい海もまた、まるで「神の裁き」で人々が流した血のように赤く濁った水を湛え、生命を寄せ付けない死の海へと変わり果てていた。
わずかに生き残った人々は絶望をするしか無かった。
穴倉へと隠れ住み、死を待つだけの日々を過ごしていた。
中には、ほんのわずかな希望を胸に、新天地を求め、死の匂いが立ち込める不毛の大地へと穴倉から旅立つ事を選ぶ者もいた。
しかし、その後、旅立った者たちを見る事は二度と無かった……
穴倉に残ったわずかな人々は、死が支配する地上を捨てる事を選んだ。
自分達を捨てた天を捨て、自ら新たな神を創り、栄華を極めた人類の痕跡が残るこの穴倉で、新しい人類の世界を作り始めた。
そして、「新しい神」は人々に生きる希望と地上と変わらない新たなる「神の光」を与えた。
神は自からの意志を伝えるために、神を最も愛する一人のヒトを選び、そのヒトに言葉を与えた。
「王を名乗り、我らの子を選べ」
神の言葉を受け王となった男は、ヒトとなる者を選び始めた。神を愛し、神に愛され、神に忠誠を誓った者には「祝福の刻印」を与え「神の子」とした。
神を愛さず、神に愛されない者には「獣の刻印」が刻まれる事となり「祝福の刻印」を持つ者から忌み嫌われ、死の大地に近い所へと送られた。
新しい王国は、神を愛する王と「祝福の刻印」を持つ者たちの手により、再び栄光の時を歩み始めた。
(日出づる王国建国史より抜粋)
ビー、ビー、ビー
「うるさいな。誰かこの音を止めてくれ」
俺の眠りを妨げる耳障りな音が頭に響いてくる。
ビー、ビー、ビー
「良い加減にしてくれ。任務でまともに眠れていないんだ」
ビー、ビー、ビー
耳障りな音はいつまで経っても鳴り止まない。
痺れを切らした俺は、この煩い音を止めてやろうと身体を起こそうとしたが、身体が動かない。
〈ああ、まただ……〉
俺は全てを理解した。これはいつも見る夢の中の音だった。
不思議な事だが、この夢の中では、はっきりと俺の意識は覚醒している。つまり、俺にとっては現実となんら変わらない感覚なのだ。だからと言って、この夢の中で俺は自由に動けるわけでは無い。
言ってみれば見たくも無いつまらない映画を、無理矢理見せられているようなものだ。
それに同じ夢を何回も経験しているからといって、目が覚めた時に、見ていた夢の全てを覚えているわけでも無い。
まるで、謎解きのページだけが無い推理小説の様な物だ。
どこか懐かしい男の声が聞こえる。慈愛に満ちた、温かく優しい男の声だ。
しかし……
『すまない お前に罪を背負わせる事になってしまった……すまない……』
〈俺に罪を背負わせる?罪とは何だ?〉
この男は何を言っているんだ?なぜ俺が罪を背負わなければならない。そもそも俺が背負わなければいけない罪とは何だ。
悲痛な男の顔が、ガラス越しに見えた。この声の主だろう。
男は目に涙を浮かべているように見えた。
この場から逃げなければならない。そう感じていた。しかし、どんなに手足を動かそうとしてもまるで動かない。全く力が入らないのだ。これは拘束されているのでは無く、何か薬物でも投与されているのかもしれない。
〈一体、何が起こっているんだ?ここはどこだ?俺は何に入れられているんだ?なぜこの男は泣いているんだ?〉
明らかに俺はパニックになっていた。
はっきりとした意識もあり抵抗もしたいのに、全く身体が動かない。
何度も何度も同じ夢を経験しているはずなのに、俺には自分の身に何が起こっているのか全くわからない。
『こうする事でしか、私には……』
男は、そう言いかけると、俺の入っているカプセルから離れ、暗闇の中、鈍く光を放っているコントロールパネルのもとに向かった。
〈待て!一体俺に何をするつもりなんだ?〉
男は、躊躇いながら静かにキーボードを打ち始めた。
コントロールパネルが眩く光り始めた。何かの作動音が聞こえ始めた。
〈やめろ!何をするんだ!〉
俺は必死に抗ったが、身体が全く動かないし声も出ない。
〈頼む動いてくれ!動け!動け!動け!〉
俺は必死に体を動かそうとしたが、体は動いてくれない。
男はプログラムを打ち終わり、俺の方を見ていた。
〈やめろ!やめてくれ!〉
俺は声にならない叫びをあげていた。
男は、俺を見ながら、最後のスイッチを押す前に、一言小さな声で呟いた。
『……すまない……』
男は目を瞑り、何か祈りを捧げるようにスイッチを推した。
〈やめろぉ!〉
初投稿作品です。
月曜日と金曜日の朝7:30に更新していきたいと思っております。
拙い文章ですが、お付き合いいただけると幸いです。