日常に漂っていたアクセント
アクセント、聞いたことがあるだろうか。音楽ではよく使う事だろう。その音を目立たせて演奏する、と言う意味だ。食べ物界隈では違う味の食べ物を混ぜる事を意味したりもする。
例えば、パンにカラシだとかケーキに山葵だとか。少なくとも今挙げた物は美味くは無いだろう。ただ、合う組み合わせは絶対に存在するだろう。
その組み合わせは日常に無限に漂っている。
──朝、6時半のアラームで体を起こし、目をスッと擦る。固まった目脂と肌が擦れる感触、意外とクセになる。これが毎朝の楽しみだ。人工的に凝固させる物など無いだろうか……
顔を洗い目を開いて鏡を見る、一瞬二重になった後、直ぐ一重になる。二重は可愛い、そんな事が巷で言われている様だが。生憎、俺は男で可愛さなど求めてはいない。勿論女装趣味も無い。
金属棚の二段目に雑に置いた5枚切りの食パンを1枚取り出し耳を切り取り食べる。耳は後でパン耳ラスクに出来るように取っている。
柔らかく粘性がある白い部分を一気に放り込む。変わり映えしないいつもの食事、何かアクセントが欲しい所だ。
ふと、その時「カラシを塗ってみよう」という考えがパッと一瞬浮かんで海馬に焼き付いた。パンを半分程食べた辺りで決心する。
漫画なら全体に縦線が無数に書かれ、暗くなるような顔で冷蔵庫に行きカラシを取り出す。パンに5センチ程出しスプーンでねりねりと広げ、食べる。
口に入れた瞬間カラシ独特の風が喉奥と鼻を撫でる、というより刺すように広がる。カラシを塗った面を上にしたため直ぐには舌が焼けない。
ただ咀嚼した途端舌すら焼ける。山葵ほどでは無いが舌がピリつく。豚カツですらここまで付けない。ジャムより塗ってないのにここまでインパクトの有る味が出せるのは流石カラシ、と言った所か。
食べ終わった後呟く、
「こういうアクセントは要らないんだよな…」
水道水を飲み干し口内をリセットする。鼻の中はリセットされなかったが。
一度溜息を付き前を見据える、パンにカラシは合わない、と。海馬にメモする。しかし、香辛料は良いスパイスになるだろう、当たり前だが。しょうもない為言い直しておく、香辛料は良いアクセントになるだろう。
人生の内3番目に酷かった朝飯を終え、制服に着替える。カッターシャツに袖を通しカバンを背負う。そして傘を持って家を出た。
─通学路─
家を出て100メートル程、いつものコンビニが目に入り、葉が色付いた街路樹に挟まれながら歩く。一つの木で桜、銀杏、紅葉、どれも飾る木があれば良いのだが。
春は桜を浴び、夏は銀杏を踏み潰す、紅葉は頭に乗せる。中々良いルーティンだ、周期が1年な所が大いに瑕、と言った所か。
食べ物にアクセントが欲しくなるのに植物にアクセントは要らないと思うのは何故だろうか。謎の安心感がある。
建物も例外では無い。だが、定住するならいつもの家だ。行ったことの無い旅館など何故か興奮が大脳から湧き上がる事、無いだろうか。
何故か食べ物だけだ、この感覚は。そんな事を考えながら銀杏を踏み潰した。
街路樹のレールを抜け校門に着く。大きい校舎、60°見上げて漸く青が見える。ここから校舎まで15メートル程と言ったところか、、かなり高い。
視線を0°に戻し入口前の階段を登り入口に入る。
歩を進めながら傘を立て奥に進む。トロフィーの山を横目に歩き、自分の教室へと向かう。
───
昼、購買と自販機に昼食を買いに行く。焼きそばパンとフルーツサンド、つぶオレンジとコーラをそれぞれ混ぜて食べる。
今回も良いアクセントとはならなかった。最近いつもこんな調子だ。甘い物は甘い物と合わせた方が良いのかも知れないがそれではアクセントとは言えない。
ジャンルの違う物を混ぜてこそ、アクセントとなるのだ。
冷めた目でゴミ箱に包装を放り込み片手をポケットに入れて教室に戻る。夜食は何をアクセントにしようか…
教室に戻った後は、特に話す友達もいないため自席に座り腕を組んだまま過ごす。前はいたのだが、色々あって絶交を告げられた。
まあ、彼奴も良いアクセントにはならなかった。だとするならば1年前からこの調子だったことになるが…まあ、そうかも知れない
しかし、食べ物のアクセントは兎も角、日常のアクセントとして友達を作る案は良かったと思うのだが。
如何せんアクセントとして合う奴がいない。少し仲良くなってその後すぐ離れる。これの繰り返しだ。
同じ人すら合わない俺に、一体全体何が合うのだろうか、そもそも合う物などあるのだろうか…それを見つける事が人生の目標で良いのだろうか、見つけられずに感情と無感情の狭間を漂う。
それこそが自分に合う物なのだろうか……
そう考えると、どうしようも無く大脳が震える感覚に襲われる。海馬にすら映らない、下らない考えが沈んではまた浮いて来る。
確かこの校舎は…─メートルだったか…
ならば、植物人間になれるだろうか。
物静かに地に腰を下ろし佇む。思考など持たず千切られるか朽ち果てるまで何をする訳でも無い。
だが、死んでいる訳では無い。
考えたくは無いが死にたくは無い、そんな状態こそ自分に合うのではないか、アクセントになるのではないか、そうだそれこそが答えだ。
もう自分に合う物を探すのは疲れた。
ならさっさと実行してしまおう。プログラムを書いた後、実行ボタンを押す時のような気持ちで屋上に向かった。
1.5メートルの柵を乗り越え視線を240°に傾ける。
そのまま少し手加減して頭から落ちる、数秒の間
視界が暗転した。
─本日の……ースです………校で飛………生徒が……亡………─
そんな音声を聞きながら涙を流す人が一人、屋上にいた。
アクセント、聞いたことがあるだろうか。音楽ではよく使う事だろう。その音を目立たせて演奏する、と言う意味だ。食べ物界隈では違う味の食べ物を混ぜる事を意味したりもする。
例えば、パンにカラシだとかケーキに山葵だとか。少なくとも今挙げた物は美味くは無いだろう。ただ、合う組み合わせは絶対に存在するだろう。
そんな組み合わせは日常に無限に漂っている。
その中に合う組み合わせは絶対に存在する、良いアクセントは絶対に存在し、
日常に漂っているのだ、
〜完〜
2作目です、執筆順で言うと3作目ですが。まだストックはあるので毎日投稿は続きます