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第1話 皇女たちの憂うつ


 フローリラ帝国は古来より、帝政にしては珍しく女権主義を貫き通してきた。

 広大なるムルクレイアの地上においても、これは極めて珍しいことであり、例えば相続時に男性がおらず、やむを得ず一時的に女性が当代を務めるというようなことは確かに類例が数多くあったが、有史以来女性が権威を振るう国というのはそう多いことではない。

 とはいえ、それが行き過ぎた女尊男卑社会を形成しているというほどでもなく。

 上流階級、俗に王侯貴族などとしてひとくくりにまとめられるような人種でもなければ、女権主義社会という一面はめったに出てこないのが実情だ。

 むしろ、上が女権主義を掲げているからこそ、平民においては他国に見られるような、そこはかとない男尊女卑の傾向がなく、男女ともに大手を振って活躍できるほどである。

 されど、それも平民なればこそ。

 上流階級であればあるほど、男尊女卑のあおりは受けやすく、王族ともなれば男は嫡子として認められる可能性はほぼゼロ、それなりに階位の高い=爵位が高かったり功績が多かったりといった家に婿入りを余儀なくされるといっていいほどには、その扱いは差別化が図られていた。

 そんな国に生を受けたからこそ、アルフィーナ・フロルフル・フローリラは翌日に控えた成人の義に対して、決して一言では言い得ぬ感情を抱かざるを得なかった。

(明日……明日で、全てが決まる……。この国の、未来を決める、私のスキルが――そして、天職が。どうしましょう……怖すぎて、とても眠れませんわ)

 人々が、そして野生の動物が。果ては、人々に飼育され、いずれ死ぬ運命に定められた家畜にさえ。

 この世界では、神々の贈り物といわれる、その人の才能といってもいいものが二種類、与えられる。それが、『スキル』と『天職』である。

 どちらもとても重要なもので、その生物のその後の命運を決めると言っていいくらいにその恩恵は大きい。

 一説によれば、過去には『剣術・極』と呼ばれるスキルと『剣聖』という天職を授かったとある人物が、魔王と呼ばれる災厄を一人で打倒した、という逸話さえああるのだから、それがいかに重要なものであるかがうかがい知れるだろう。

 いいスキルや天職に生まれた者は、良き生涯が約束され。

 そして、不遇なスキルや天職を与えられた者は、その後の人生において多くの苦難に見舞われる。

 いわば、『スキル』と『天職』が、いわゆるその人を推し量る一つの指標として扱われるほど、その存在は重視されているのだ。

 だからこそ、一国の皇女に生まれたアルフィーナは、ともすれば怯えともいえるような感情を抱かざるを得なかった。

 アルフィーナは、双子として生まれた二人の皇女のうちの妹であり、第二皇女である。

 と同時に、次期皇位継承者候補でもあり、一応第二皇女ということで暫定的に『スペア』ではあるものの、スキル次第ではアルフィーナが第一皇位継承者として現状を覆すような状況になることだって十分考えられる。

 争いごとを好まないアルフィーナとしては、ぜひとも姉にはよいスキルを引き当ててもらいたいものである。

(私が良いスキルを授かってしまえば、それだけでお姉様の未来が危ぶまれる……それだけではありません。私がいいスキルを授かるということは、有力者が複数生まれてしまうということ。そうなれば、この国は――割れてしまいます)

 フローリラ帝国における派閥の権力争いは、表向きには穏やかなように見えて、実際には皇女が双子だと知れた時点ですでに荒れ始めていた。

 それから十五年。

 帝国内の貴族たちの派閥は、次期女帝としてアルフィーナを掲げる第二皇女派と、彼女の姉にあたるエルティーナ・フロルフル・フローリアを掲げる第一皇女派に分かれ、日々鎬を削り合っている状況は変わらず、むしろ悪化の一途を辿るばかり。

 加えてそれに目を付けた諸外国の犯罪組織が、国内に拠点を気付いている始末である。

 これ以上国が荒れるのはもう見ていたくはないと、アルフィーナはむしろ自分には不遇のスキルをくれてもいいから、この国を安寧に導いてほしいと神に毎日祈りをささげるほど、フローリア帝国の裏の実情を憂いていた。

 だからこそ、翌日に控えた皇女成人の義のことが、逆の意味で悩みの種だったのだ。


 ――トントン。


 ふと、アルフィーナの自室の扉がノックされて、彼女はハッと我に返った。

 時刻は、すでにもういつも眠りについている時間。

 されど、一向に眠くならないアルフィーナは、自室のテラスから室内に戻っていった。

 そして、訪問者の誰何を確認していた侍女から、訪問者が誰かを確認する。

「アルフィーナ様、エルティーナ様がお見えです。お会いになりますか」

「エルが? えぇ、問題ありませんわ。通してくださいませ」

 はて、いつもならとっくに眠りについている自分に気を遣って、この時間にはめったに訪れない姉が一体何の用だろうか。

 アルフィーナは首を傾げながらもこれに応じ、ついでに別の侍女にお茶の用意を命じる。

「失礼いたしますわね、アル」

「エル……どうしたのですか、このような時間に」

「アルこそ、どうしたのかしら。こんな時間まで起きているなんて」

「私は……その、明日のことで、胸がいっぱいで、眠れなくて……」

「アル……」

 二人を取り巻く環境は、とても劣悪。

 ともすれば、もういつでも国が割れてもおかしくないくらいには、それぞれを次期女帝として擁立する派閥が、お互いにバチバチとやり合っているくらいには、状況が悪い。

 しかし、本人たちにとってはそれは、実のところ迷惑以外の何ものでもなかった。

 彼女達とて、人の子であり、皇女という立場を取り払ってしまえば一人の少女達でしかない。

 彼女たちの言い分としては、何を好き好んでエルティーナと(もしくはアルティーナと)次期女帝の座を奪い合わなければならないのか、とひそかに嘆き合ってすらいる状態だ。

 されど、それを二人が言っても、下々にこれが伝わるはずもなく。

 むしろ、更なる結束を伴って対立を深めるばかりと来れば、二人はもはや諦めるしかないというものであった。

「大丈夫ですわ。何があっても、アルの居場所はなくならない。何かあれば、私が下りればいいだけの話なのですから」

「それはダメです! 私はあくまでも、エルのスペアとしての教育しか受けていないのです! 確かに……何かあったときのために、最低限の帝国皇女としての教育は受けていますが、お母様が次期女帝として事実上選ばれたのはお姉様なのですから、次の女帝にはお姉様がならなければ……」

「それこそまだわからないでしょう? もしかしたら、あなたの方が私よりもいいスキルを授かるかもしれない。私が不遇なスキルと天職を授かるかもしれない。そうなれば、自動的に次期女帝の座はあなたに渡るはずです」

「それは……」

 確かに、それはそうだけれど、とアルフィーナは言いかけて口を閉ざす。

 結局のところ、今の状態では平行線にしか過ぎない。

 二人の主張は、決して交わらないとわかり切っていたからだ。

 相手を思うからこその平行線。

 ゆえに、現女帝である二人の母も、暫定的にエルティーナを次期女帝として定めているものの、それは便宜上の話であり、実際にはまだ決めかねているのが実情だ。

 これが、どちらかがひがんでいたり、横暴だったりすれば話は変わってきたのだろうが――いかんせん、二人とも皇女としては割と優秀な部類に入っているから、母の頭を悩ませている。

 これもまた、派閥割れを生じさせる一つの要因になっていた。

「やめましょう。不毛な言い合いは時間の無駄です。ただでさえ、もういつも寝る時間を過ぎているのですから」

 これ以上起きていては、明日に差支えますとアルフィーナがいえば、エルティーナも同じことを思ったのか、『ですわね』と頷いて、話を切り替えた。

「お母様が言っていましたわ。明日、私達は結果がどうであれ、人生を大きく左右されるイベントに参列することになります。ですが、その結果は先にも話した通り、いい結果ばかりとはいえません。だからこそ、お母様はもし不遇スキルを賜ってしまった場合でも、それが十全に発揮できる場を用意してくださるそうですわ」

 逆に言えばそれは、スキル次第で次期女帝がどちらになるのかを正式に決定するということでもあり、アルフィーナの顔が再び曇りがちになる。

「アル……またよくないこと考えてませんか?」

「わ……私は…………」

 それでもやはり、姉に次期女帝になってほしい、と言いかけて、口を噤む。

 いってしまえば、また先程と同じようなことになりかねなかったからだ。

「大丈夫です。アルフィーナが不遇スキルを賜っても、お母様はそれをきちんと受け止めるそうですし、私だってあなたをぞんざいに扱う気はありません。ですから、私からもお願いしたいのです。私がもし、不遇スキルや不遇天職を授かってしまった場合でも……」

「えぇ、神々に誓いますわ。決して、お姉様やお姉様の派閥の人達を弾圧しないと」

 ありがとう、とエルティーナはアルフィーナを再び抱き締める。

 そうして、一頻りエルティーナがアルフィーナの温もりを堪能すると、エルティーナは大きなあくびをした。

「眠くなってきましたわね……」

「ふわぁ……そう、ですわね……。このまま、眠ってしまいましょうか」

「そうですわね。……ふふっ、アルフィーナと話していたら、いつの間にか明日が楽しみになってきてしまいましたわ」

「私も……ですわ。二人で、この国を盛り立てていきたいものです」

「えぇ、きっと」

「願わくば……」

 私たちの未来に幸多からんことを。

 最後にお互いに祈りをささげ、そのまま寄り添うようにして二人は床に就いたのであった。



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