ドッグ・イート・ドッグ//インディアン・ブラックリスト
本日15回目の更新です。
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──ドッグ・イート・ドッグ//インディアン・ブラックリスト
メティスのジョン・ドウはインドを訪れていた。
ジョン・ドウはブランド物のスーツを纏った若い外見をしたヒスパニック系の男だったが、この世界において若さとは金で買うことができるので何の指標にもならない。
「全員集まっているようだな……」
インドは国際経済都市ムンバイの高級ホテルのプレジデンシャルスイートに集まった男女をジョン・ドウが見渡す。
どの人物も高級品のブランド物である衣類をしっかりと着こなしており、その外見には隙が無い。だが、金のアクセサリーやあらゆる場所に彫られたタトゥーは彼らが堅気の人間でないことを示していた。
そして、このホテルをインドの警察機構の代わりに警備している大っぴらに軍用銃火器で武装した男女もそのことを強調している。
「ジョン・ドウ。俺たちの世界とあんたらの世界は不文律として交わることはないんじゃなかったのか……。少なくとも俺が知っている限りではそうだったはずだ」
「共通の利害があれば我々は協力する。テロリストだろうと犯罪者だろうと」
「共通の利害、だって?」
ジョン・ドウが告げるのにそう疑問を返すのはスラブ系の男。
180センチ以上の鍛えられた体躯にブランド物のスーツと金のゴテゴテしたアクセサリーは基本として、その首筋から頬の欠けてに旧ロシア帝国の国章である双頭の黒い鷲のタトゥーだ。
腰のホルスターには実用性のなさそうな50口径の電磁自動拳銃を2丁。それもそれぞれ銀メッキと金メッキという趣味の悪さ。
「そうだ、スルコフ大佐。我々には共通の利害がある。我々の仕事の邪魔となる共通の敵がいるだろう。六道だ」
「ほう。あんたらが六道を敵対視するとはね」
スルコフ大佐と言われた先ほどのスラブ系の男が嫌な笑みを浮かべる。
彼はカジミール・スルコフ大佐。元ロシア空挺軍の将校であり、今は中央アフリカから中東やインドまでを縄張りとする旧ロシア政府系犯罪組織オールド・ワグナーの幹部のひとりだ。
「六道はインド進出を目指している。連中は既に東アジアのほとんどの犯罪組織を傘下に収めたからな。これはインドで利益を上げているオールド・ワグナーにとっては不愉快な事実だろう、スルコフ大佐?」
「そうだな。だが、連中を潰してあんたらに何の得が?」
「それをお前たちが知る必要はない」
「ふん」
ジョン・ドウが六大多国籍企業の代理人らしく傲慢に告げるのにスルコフ大佐は鼻を鳴らして不満を示した。
「我々は六道を敵としている。その認識だけ共有できれば十分だ。お前たちが六道と戦うのであれば我々は支援する。悪い取引ではないだろう……」
「俺たちに六大多国籍企業の使い走りをやれと?」
「お互いにとって利益になる行動をするんだ。片方が片方を使役するのではない。ここまで譲歩するのは稀なことだぞ。我々が望むのならばお前たちを無理やり従わせてもいいのだからな」
「気に入らない野郎だ」
そういうのはオールド・ワグナーではなくインドの過激なヒンドゥー原理主義系の犯罪組織であるバクティ・サークルの幹部だ。
第六次中東戦争の結果、イスラエルという国家の崩壊とそのイスラエルによる最後の報復である周辺国への無差別核攻撃が起きた。
そして、それによって生まれたムスリム難民のインド流入によって、インド人のアイデンティティが危機に晒された。そして、その影響で勢力を増したヒンドゥー原理主義者はあらゆる場所に存在している。
「六道にはフィリピンやインドネシアのムスリム系の犯罪組織や中国の黒社会も加わっている。バクティ・サークルにとっても不快な相手だろう」
「それについては同意する」
だが、ジョン・ドウにそう言われるとバクティ・サークルの幹部は納得した。
「しかし、連中を潰すとなるとTMCを燃やすことになる。あんたはそれを認めるわけだな……。それが意味することを理解した上で」
「もちろんだ。TMCが燃え上がろうと我々は気にしない。それで生じることについては我々も介入して対処しよう。お前たちは六道を潰すことだけを考えて行動するといい。その点は支援する」
「面白い話になって来たな。企業戦争が起きるかもしれないぞ。TMCはあんたらの庭じゃない。大井の庭だ。そこを燃やせば大井はキレる。その報復からあんたは俺たちを守ってくれるっていうのか……」
「大井が日系企業で日本という衰退した国家に愛国心を持っていると思っているならば大きな間違いだと教えてやろう。大井には郷土愛も愛国心も忠誠心もない。あるのは利益の追求。それだけだ」
「それはあんたもだろ」
「そうだな。否定はしない」
スルコフ大佐の指摘にジョン・ドウは肩をすくめる。
「それで、この申し出を受けるかどうかを聞きたい。受けるならば支援しよう。受けないのならば私の依頼主は不愉快な思いをすることになる」
「ジョン・ドウの分際で六大多国籍企業の権威をひけらかしやがって」
「私は使えるもの全てを使って仕事を達成する。それが私の仕事だからだ。さあ、どうする……。お前たちも下手に六大多国籍企業の機嫌を損ねたくはないだろう」
「選択肢はなさそうだな」
バクティ・サークルの幹部がそう言って唸った。
「俺らオールド・ワグナーとしては六道にインドに進出されるのは困る。既に連中は中国人を利用してアフリカにまで勢力を伸ばしつつあるのにインドまで市場にされたら俺たちは干上がる。潰せるなら、潰す」
「バクティ・サークルとしても六道が潰れるなら歓迎するし、骨を折ってもいい」
スルコフ大佐とバクティ・サークルの幹部がそれぞれそう発言。
「では、盛大に燃やしてくるといい。こちらからの支援は後程連絡する。必要なものはアーマードスーツであろうと準備してやろう。その代わり確実に六道を潰せ」
ジョン・ドウはそう言い残すとホテルを去った。
「モトワニ。オールド・ワグナーとバクティ・サークルは共存してきた。ああ。俺たちは自分たちの価値観こそ絶対だって思い上がってる西側の連中とは違う。ロシア人とインド人は昔から助け合ってきた。だろ?」
「そうだな、スルコフ大佐。ロシア人はいい友人だ。今回も協力する準備はある」
「助け合いは大事だ。特に共通の敵がいる場合にはな。俺たちはTMCを燃やす。六道を潰す。連中がインドに首を突っ込んで来る前に」
バクティ・サークルの幹部が頷くのにスルコフ大佐がそう語る。
「わざわざ六大多国籍企業が俺たちのケツを持ってくれるっていうんだ。ここは盛大にやろうぜ。アフガンもようにに忌々しく、ウクライナのように腐った戦争をな。さあ、破滅を叫び、戦争の犬を解き放て、だ」
スルコフ大佐はそう言って葉巻に火を付け、煙を吹かした。
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