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手の震えが止まらない。

もちろん、盗賊に襲われるという…怖い思いをした。だがそれよりも――あの赤い目に射抜かれた瞬間、ナタリーの中でこらえていた恐怖のようなものが駆け巡った。それは、一度死んだことで…もう会うことなんてないという憶測のため生まれたのか。


鋭い斬撃と馬の蹄の音が外では響いている。盗賊たちの怒鳴り声…そしてユリウスの加勢に来ただろう知らない男性達の声。またおそらく激しい戦闘を直接見ているだろう…御者の悲鳴すらも。


(…まさか、こんなところで)


馬車の中にポツンと残されたナタリーは、うつむき下を向く。突然、死から目覚め――これからは、もう最悪な状況にしまいと思っていたのに。不安からか、両手を合わせぎゅっと握りこむ。


「大丈夫…大丈夫だから…きっと大丈夫」


念仏でも唱えるかのように、自分を落ち着かせるために言葉を吐く。外で行われる討伐すらも、過去の戦争の悲劇を彷彿させ――頭では、盗賊から助けられているだけとわかっているはずなのに。ナタリーの思考は大量の声が聞こえる中、まとまることはなかった。


◇◆◇


コツコツと蹄を鳴らして、馬車の窓付近に音が近づいてくる。


「…盗賊はみな捕縛した。ご令嬢、大丈夫か」


ナタリーが馬車の中でじっと待っているうちに、喧騒は静まっていた。だが声がした方に顔を向ければ、そこには忘れもしない冷徹な顔が見える。自分の良く知る顔よりは幾分か若く感じるが――整った美貌によってなのか――赤い瞳の威圧感は変わらずにあって。


「…え、ええ。だ、だいじょう、です、わ」


言葉を発しようにも、口がおぼつかない。手の震えもどんどんひどくなる。啖呵を切った時の気持ちは、どこかに忘れてしまったみたいに。大丈夫だ、目の前のユリウスは自分とは会っていない別人だ。大丈夫だからと、頭に指令を送る。…それなのに、赤い瞳としっかりと目が合ってしまうから。


「その…ああ、ありがとう、ございま、す。お、お礼など…」

「いや…別に」


酷くなる喋りに、震える手。いよいよ、嫌な思い出が頭に再生されそうな時。


「え?」


バサッと音が鳴ったかと思うと…馬車の窓からの視界が黒に埋め尽くされる。馬車内のカーテンではないので、これはいったい。


「…どうやら、ご令嬢は騒動に驚いているらしい。…おい、そこの団員五名。ご令嬢をしっかりと屋敷まで送ってさしあげろ」

「え!その団員ってもしかして、副団長である俺も含まれていたり~?」

「当たり前だ、これは命令だからな」

「横暴だな~ユリウス、そんなこと言うとモテな…あ~はいはい!行きますってば」


窓の外からはユリウスとは別の…軽快な声が響いてくる。そして窓を覆う黒色からは、思い当たるもの――そういえばユリウスが黒いマントのような外套を着ていたことを思い出す。それを脱いで、窓に被せたのだろう。


「…窓からの景色は、あまり良くないので。騎士団の者を数名、伴にさせよう。お帰りは、気を付けて」

「は、はい?」


ナタリーの疑問の声は届いていないのか、コツコツと馬を歩かせて――「おい、お前は御者か」と尋ねているようだ。


「は、はいぃぃ、そ、そうですぅぅ」

「…そうか、それならこれからこの道を使うときは、気をつけろ。ここ最近ならず者が出現することで有名だからな…わかったな?」

「かしこまりましたぁぁぁ!」


ユリウスに怯えているのか、御者は慌てながら答えている。そして仕事を始める合図のためか、馬車内に聞こえる小窓を少し開け、「お嬢様、出発しますね!」と声をかけてきた。


「…え、ええ」


ナタリーの回答を聞いて、御者は張り切った声を馬に出す。そうすれば、馬車が走り出していることが分かった。相変わらず、外の景色を窓から見ることはできないままで。いつもより多くの馬の啼き声と共に、視界を黒色が遮っていた――。


◇◆◇


あの襲撃現場からそう遠くなかったためか、日が変わる前に帰ってこられた。馬車がゆっくりと止まり、扉が開く。黒から一変して、明かりが灯る自分の家が目に入った。


「綺麗なお嬢様、お手をどうぞ」

「…へ?」


開いた扉からは、いつもなら執事が手を引いてくれるのだが――見てみれば見知らぬ、騎士の男が手を出している。金髪で、たれ目の彼は女性を惑わすような甘い顔つきだ。別に嫌悪していない男性で、差し出された手を無下にするのもどうかと思い。支えてもらう形で、馬車から降りた。


降りるのと、同時にユリウスが話していた言葉を思い出す。もしかしたら彼は、騎士団の――。


「麗しいご令嬢――俺は騎士団で副団長をしております。うーん、堅苦しい挨拶が苦手なもので…気軽にマルクとお呼びくださいね」

「…あ!ご挨拶ありがとうございます。私はナタリー・ペティグリューと申します」


目の前のマルクは、ナタリーを見ると見るからに相貌が緩み――「いや~!可憐な方に挨拶をしてもらえるなんて、今日の俺はついてますね」と軽口を言う。ユリウスとも、軽い会話をしていたところをみるに、仲がいいのかも…しれない。


「はあ、団長、もったいない…急に走り出したかと思えば、だったのに。まあ、無事にお送りできて幸いです」

「あ、ありがとうございます」

「いえ、騎士として当然のことをしたまでですから」


ウィンクをしてくるマルクからは、茶目っ気を感じる。きっと人から、好かれやすい男性だ。ふと、降りた馬車に掛かっている外套に目が行き、返さなくては…と思う。なので、馬車の尖った装飾に引っ掛けられていたソレを外し、マルクのもとへ行く。


きっとマナーを重視するなら、新しい品などを返礼すべきなのだろう。しかし、本人が礼はいらないと言っていたし…返すことで気にすることを減らしたかったのだ。


「その、これを…」

「あ~、汚れてますし…もう捨てちゃってもいいと思いますよ!」

「え?えっとそれは申し訳ないと言いますか…マルク様から…」

「お、俺!?いや~、それはな~。たぶんフラれたことを俺、煽っちゃうんで、逆に俺の命が危ないっていうか…その」

「…?」


マルクがいったい何を言っているのか、見当がつかないが…どうやら彼なりになにか問題があるらしい。そうしたら、どうしようか…と困惑していれば。


「あ!そろそろ俺らは帰りますね!遅くなると、うるさそうなので…。では、麗しいご令嬢ナタリー様、また会えたら、どうぞよろしくお願いします」

「え、ちょっと!」


脱兎のごとく、ユリウスの騎士団の面々は来た道を戻るように走り出す。まだ困惑しているナタリーの手元には、ユリウスの外套が。


助けてくれた騎士へのもてなしをする暇なんてなく。また外套を同盟国へ届けようにも、自国の王族から許しを得なければ国を出ることも難しいし。


「おじょーうさまーー!」


屋敷からは心配するミーナの大きな声も聞こえ…。ナタリーは、本日二度目の思考放棄に陥ったのであった――。


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