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王城での静養がちょうど終わった頃――。
屋敷へ帰る前に、ナタリーがユリウスのところへお見舞いに行こうとしたら。ユリウスの部屋の前にいた使用人から、説明を受けた。
『へ……?』
『申し訳ございません。本日、公爵様も静養が終わったのですが――ちょうど先ほど謁見の間へ呼ばれていたようでして……』
『あら、そうなのですね……』
まさか会おうと思った矢先、すれ違ってしまうとは。
(けれど、陛下からのお呼び出しなら……仕方ないわ)
エドワードの即位式はまだ先なので、きっとエドワードの父……威厳のある国王様が呼び出したのだろう。
使用人が言うには、「ユリウスがいつ戻ってくるのか」わからないとのことだった。そのためずっと待ち続けるわけにもいかなく、目の前の使用人に「また日を改めて会いに来ます」とユリウスへの伝言をお願いし、ナタリーは王城から出たのち――馬車の方へと向かう。
そうしてペティグリューの屋敷へ戻るために馬車に乗り。
揺られながら思い出すのは――以前、フランツから聞いていたユリウスの叙勲についての話だった。もしかしたら、謁見の間ではそのことを話し合っているのかもしれない。
フランツのことは信用しているとはいえ、ユリウスは国王から厳しい言葉を言われてないだろうか――いや、これは考え過ぎかもしれない、だが……そう、ぐるぐるとナタリーが頭を使っていれば、あっという間に屋敷へと到着していた。
『ナタリ~~!! おかえり……っ!!』
『あらあら、あなた……まだ扉が開いていないというのに……』
馬車が着くやいなや、ずっと外で待っていたのであろうか――お父様の熱烈な出迎えを受ける。お母様は、お父様に対して小さくため息をつくものの、内心は同じ気持ちだったようで……馬車の扉が開いたのち、本当に嬉しそうに『ナタリー、おかえりなさい』と声をかけてくれた。
そして、周りを見ればミーナをはじめとしてペティグリュー家の使用人たちも出迎えに来てくれているのが分かって――。
『お父様、お母様――そして、みんな……ただいま、戻りました……っ!』
ユリウスに再会できなかったのは、残念だったが……明日にでも、王城に連絡をとってユリウスの予定を伺ってから会いに行けば――会えるはず。だから今は、戻って来られたことに思いっきり喜ぼう、とナタリーは思った。
温かいペティグリュー家の雰囲気によって、ナタリーの胸はいっぱいになっていく。そして屋敷の中に入ればナタリーの帰宅祝いも兼ねてなのか、盛大な晩餐が始まり――その日一日は、にぎやかに過ぎていくのであった。
◇◆◇
晩御飯を終え、久しぶりに自室のふかふかなベッドで就寝し――翌日。
王城での待遇は確かに良かったが、自宅に勝る居心地の良さはない。自分が慣れている環境で起床から、朝食までを済まし……自室で、ユリウスの予定を伺う手紙を書く。
手紙を出してから、返事が来るまでに時間があるため――ゆったりとしたティータイムで、一日を過ごすのもいいだろう。
(今日は、穏やかな一日をすごせ――)
『おじょ――さまぁあ!』
(なさそう……ね)
ナタリーをお世話するのに熱が入ったミーナが、ちょうど物をとりに出て行ったばかりだったのだが――廊下側から、ドタバタと大きな足音と共に戻ってきた。そして元気よく、ドアをガチャっと開き。
『ミーナ、どうかしたのかしら?』
『お、お嬢様…、そのこ、こここ……』
『こ?』
『ファングレー公爵様が、到着されました……っ!』
『……えっ⁉』
ミーナから、ユリウスの到着を聞いたナタリーは手紙を書く手を止め――そのまま、急ぎ足で玄関の方へ向かう。するとそこには、お母様の後ろ姿と。
漆黒の外套を羽織り、フォーマルな格好に身を包んだユリウスが立っていた。ナタリーの足音を聞いたのか、彼が顔を上げ――端正な顔立ちと共に、赤い瞳と目が合う。
(良かった、身体はもう回復したようで――)
しっかりと姿勢を保つユリウスに、ホッと胸を撫で下ろしたのち――『急いできたようだが――大丈夫か? 苦しくはないか?』と、彼の方からナタリーに声をかけてきたのであった。
『まあまあ、ナタリー……昨日帰って来たばかりなのだから、無理しちゃだめよ』
『ご、ごめんなさい』
『でも、それほど会いたい気持ちがあったのかしら?』
『お、お母様っ』
鈴のようにコロコロと楽し気に笑うお母様の言葉に、ナタリーは振り回される。そして、ユリウスはお母様の発言の意図を理解し――照れてしまったのか、耳が赤くなっているようだった。
そんなユリウスに触発されるように、ナタリーも少し顔が赤くなってしまって……そうした二人の様子を、「ふふ」と笑いながらお母様は口を開き――。
『夫は、外の公務から……もうすぐ戻るでしょうから――その時に挨拶に伺いますわね。あっ、そうだわ!まだ時間がありますもの……お若い――公爵様とナタリーは応接間で過ごしてくださいね』
『え⁉ お、お母様――』
『ミーナ、お二人を案内してあげてね?』
『はい!お任せを…!』
お母様とミーナの勢いに乗せられるがまま――ナタリーとユリウスは応接間へと案内されていくのであった。
◇◆◇
(ユリウス様にお会いしたいとは思っていたけど、心の準備が……っ)
予想外な出来事によって、ナタリーの思考はぐるぐると混乱しながらも応接間へと着き――対面しながら、ソファへ腰かける。手際のいいミーナは、そつなく紅茶を準備したと思えば、気を利かせたのか『扉の外におりますので……!ごゆっくりっ』と言葉を告げ――。
『ミ、ミーナ……!』
――バタン。
ナタリーの制止には、わかったようなウィンクだけを返して扉を閉めたのであった。そのため、応接室にはユリウスとナタリーだけになっていて。
『その……困らせてしまったか……?』
『い、いえ……!』
久しぶりに会うせいなのか、前とは違った緊張感を持つ。ナタリーの言葉に対してユリウスは少し安心したようで、一息ついてから口を開き。
『君の伝言を聞いた――昨日会うことができずに、すまない。君が訪ねて来てくれたのを知って――俺は嬉しかった』
『き、昨日はご用事あったようでしたから……お気にならさらずに……!』
ナタリーがユリウスの言葉に、あたふたとしていれば……その様子に気づいた彼が、ふっと小さく笑みをこぼす。そして、再び口を開くと――。
『俺は君に話したいことがあったのもそうだが――どうしても会いたくて仕方なくなったんだ』
『……っ!』
『一日待つというのが――こんなに長いなんて、生まれて初めて知った』
ナタリーへの好意がストレートに言葉で表されていて、心臓が変な速さになっていく。彼の思いを直球に伝えてくることに、つい頭が沸騰し、どうにか他の話題を……そう、考えたナタリーは『そ、そのっ、お話し、したいことというのは――』と声を上げる。
『ああ、そうだったな……話というのはいくつかあるんだが――』
『は、はい』
『まずは、昨日のことからだな……』
そう言ったユリウスの言葉に続いて出たのは、「正式にフリックシュタインで、一代限りの公爵位を叙勲いただいた」という報告であった。そして最後に、何かを頷くように小さな声で、『フランツには――感謝しきれない、な』とユリウスはつぶやいた。
ナタリーもまたフランツからは、ユリウスの叙勲を聞いていたので合点がいき。
『今までのユリウス様の頑張りがつながったのですわ……! おめでとうございます!』
『ありがとう。しかし、俺の頑張り以上に――君のおかげだ。本当に感謝する』
『えっ、そ、そんな……』
先の戦争だってユリウスの功績が大きいのは事実で、武力に関してフリックシュタインはユリウスを筆頭に――漆黒の騎士団に頼っていたのだ。
だから、むしろユリウスがそうした叙勲を今まで受けていなかったことが不思議なくらいで。
(以前の生では、私との結婚が褒章だったのだけれども――今は、何もかも変わったわ)
ある意味、過去の嫌な思い出の一つだったこと――。
もしこの時代に戻ってきたばかりのナタリーが、そのことを思い出していたら震えが起きたり、悲しみに囚われていたのだろう。
しかし今では、不快だと思うものの冷静に考え、切り分けながら――現在のユリウスの叙勲に前向きな気持ちでいられる。心の成長なのだろうか――と自分の考え方の変化にナタリーが、疑問を持っていれば……ユリウスが言葉を発する。
『そして、もう一つ君に伝えたいことがあるんだ』
『……? なんでしょうか?』
『その……檻の中で話したとはいえ、あらためて言わせてほしいんだ』
そうユリウスが声を上げると、ソファから立ち上がってナタリーが座る場所へ近づき――優雅な動作で、ナタリーの前で跪いた。
『えっ……⁉』
『今は一代限りの爵位となっているが、必ず君を不自由にはさせない――その誓いと共に』
ユリウスの赤い瞳がナタリーを見つめ、一拍置いてから。
『ナタリー、愛している。俺と結婚していただけないだろうか……?』
『……っ!』
彼のまっすぐな視線と言葉が、全てを物語っていて――ユリウスの熱がナタリーにも伝播するように伝わってくる。
褒章という意思を無視された形ではなく、自ら決めて答えを出さないといけない――しかし。
ナタリーの心は……もう答えが出ているとばかりに主張していて。
『爵位など、気にしませんわ……!』
『っ!』
『あなたとこれからも一緒にいた―――』
ナタリーが続けて言葉を言おうとした――その瞬間。
――バターーンッ!
『ちょっと待ったぁぁぁぁ!!』
『え――?』
『父さんは、いやだあぁああぁ!』
『もう、あなたったら……』
ナタリーが言葉を続ける前に、お父様が応接間に勢いよく入ってきたのだ。そして、ユリウスに近づいていけば――『た、たしかに……公爵様、あなたのお見舞いに行った際に、ナタリーへの想いを聞き、私よりも娘の意思を優先してくれとお伝えしました……が』と、ユリウスに向かって素早く話し始める。
(えっ……! お父様、ユリウス様のお見舞いに行かれていたの……っ⁉)
驚きの事実に、お母様の方を見れば――お母様もまた初めて知ったようで、『本当に、いつ行っていたのかしらね』と驚いているようだった。そうした周りの驚きをよそに、お父様は――。
『やっぱり、愛する娘をそう――やすやすと渡せない!というか、いやだもん!』
『そ、そうか……』
『だから公爵様に――』
威勢よく声を出しながら、指をユリウスにビシッと向け宣告をした。
『剣の勝負を――挑ませてもらう!』




