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フランツから話を聞き――ナタリーはエドワードの即位に明るい気持ちになった。というのも……きっと彼なら賢王になり、国をちゃんと導いてくれる器だと感じたから。それと彼が前へ進みだした感じがして――。
『しかものう……エドワードからナタリー嬢への言伝を頼まれているんじゃ』
『そ、そうなのですか⁉』
『うむ。どうやら、即位に向けてエドワードは忙しいようでのう……。まあ、身分を明かさなかったこともあって……わしが伝書鳩を申し出たとでもいうのかもしれんがのう……ほっほっほ』
『ま、まあ……』
ナタリーが驚いた表情をしている中、フランツは服の胸元に手を入れて小さな紙を取り出す。おそらく、限られた時間の中でエドワードがナタリーに向けて書いてくれた言葉なのだ。よく耳をすまして聞こうと、集中していると。
『なになに……おしゃべりなフランツが、言ったかもしれないけれど――むっ!失敬な!わしほど、物静かな医者はおらんだろうに……』
『ほ、ほほ……』
『遮ってしもうてすまんのう……続きは――まずは、無事に帰って来れたこと、本当に良かった。君は無茶をしがちだからね……ゆっくりと休むように』
はじめのおどけた口調から、真面目な雰囲気に変わってフランツは言伝の内容を読む。どうやら、フランツの身分を知った上でもエドワードとフランツは友人としてうまく関係を築けているのだろう。
『手紙みたいに長々と書くわけにはいかないから――端的に話すね。優しい君は、王城での滞在に僕の計らいがあると、気遣ってしまうかもと思ってね』
『……っ!』
『変に気遣って、うまく休めないのは本末転倒だよ。しかし……お礼はいらないと言っても君は気にしそうだね』
言伝の内容に、ナタリーは目を大きく開く。エドワードはどこまで先回りして、考えているのか……彼の機転に尊敬を感じながらも、疲れさせてしまっていないか心配になってしまう。しかしそうしたところも、エドワードにはお見通しなのかもしれないのだが。
『だから、お礼に代わって……年に一度くらいでいいから、手紙を送ってくれないかい?』
『え?』
『嬉しい報せや普段の日常、そういったことを送ってほしいんだ。王位を継承して、君に滅多に会えなくとも――君が元気にしている姿が分かれば、僕も安心するからね』
『……っ!』
『君の手紙を楽しみに待っている――エドワード……だそうじゃ』
エドワードからの言伝を読んだフランツは、『ほっほっほ』と笑う。そして一拍置いてから、『ナタリー嬢はちょーっとばかし、重い“友人”がおるようじゃな』と軽口を言った。それに対してナタリーは、フランツを優しく見つめ。
『ええ、ですが――手紙を書いて、心配性な彼を安心させたいと思いますわ』
『そうか、そうか……王城は広すぎるからのう……きっと心の支えにもなるわい』
言伝から感じるエドワードの優しさに、ナタリーが笑みをこぼしていれば――フランツが先ほどと雰囲気を変え、『伝えねば、ならんことがあるんじゃ』と暗い声を上げた。
『わしと、王城におる医師たちが診た結果――ユリウスの魔力そのものが、違う魔力へ変容しておった……ファングレーの魔力ではないユリウスは、もう魔力暴走は起こらないじゃろう』
『まぁ!そうなのですね……!良かった……』
『しかしな……ナタリー嬢、ユリウスに注いだ――お主の魔力はもう、戻らないんじゃ……すっかりと、消えてしまったようで、の』
『そう、ですか……』
フランツが言った事実に、嬉しい感情と何とも言えない感情が混ざる。ユリウスの魔力暴走がもう起こらないことは、喜ばしく自分のことのように嬉しく思った。一方で、なんとなく分かってはいたものの、あらためて癒しの魔法が使えないことに――切なさも感じたのだ。
(でも悔いが無いようにと――私が決めたことなのだから)
ナタリーはフランツの言葉を聞き、一瞬いろんな感情がないまぜになったものの、自分の意思を思い出し――気持ちを切り替える。そして、フランツに声をかけようと思った時。
『ナタリー嬢、すまんかったな……』
『……え?』
『身分を隠していたこともそうじゃが、セントシュバルツの事情に……巻き込んでしまって』
そう言葉を告げるとフランツは頭を下げて、謝った。フランツが言うには、ファングレー家はセントシュバルツで化け物という扱いを受けていたこと、そして魔力暴走をした暁にはフリックシュタインに管理を任せる約束があったということだった。
加えてフランツ自身、どうにかしたいと思いつつも結局何もできずじまいで――歯がゆい思いをもっていたこと。
その思いを聞いたナタリーは、フランツが語った内容にはじめ驚いていたが――言われてみれば、今までの状況が彼の言葉を物語っていることにも気が付いた。
だから、ことの大小よりも――先代といえども皇帝に頭を下げさせたままでいいのだろうか⁉と慌てふためいてしまう。すぐさま、口を開いて。
『フランツ様……! ど、どうか、お顔を上げてくださいまし……っ!』
『ナタリー嬢にばかり力をつかわせてしもうて……』
『いいえっ! フランツ様っ!』
声がかすれながらも、言葉を紡ぐフランツにナタリーは待ったをかけた。確かに、フランツには事実を隠されていたのかもしれない――が、それは国の機密事項であったりして、おいそれとナタリーに教えることはできなかった可能性が高い。
そうした仕方のない事情よりも、ナタリーの気持ちで一番を占めているのは――。
『私、ずっと色んなものを引きずってばかりだったんです』
『……』
『ですが、今回のことで――もちろん、魔法が使えなくなることに切なさは感じますが……私はやっと、今へ進めた気がするのです』
『ナタリー嬢……』
『だから、フランツ様が悔やむ必要はありませんわ』
ナタリーはそう言うと、花が咲いたように笑った。するとその笑みをみたフランツが、『ほっほ……ナタリー嬢は、本当に眩しく、美しい方じゃ』と柔らかい口調で言葉を紡いだ。
『ありがとうのう……』
『ふふ、フランツ様の笑顔に……よく助けられましたから』
ナタリーはフランツを見て、過去と今のフランツに胸がいっぱいになる。少し懐かしさも感じていれば、フランツはナタリーの言葉に対して嬉しそうに笑みを深めてから。
『ユリウスも、ナタリー嬢のおかげか――すっきりとした顔をしとってのう……』
『え……!かっ――ユリウス様は、もうお元気に?』
『うむ。むしろ体力があまり余っているくらいに感じるのう……』
診察のため、ユリウスのもとへ訪れた際の様子をフランツは語ってくれた。ナタリーはまだ、魔法が使えなくなるという――急激な体質変化があったために、回復に専念しなければならないと診断を受けている。
しかしユリウスは、ナタリーを運ぶほどに体力があったことも関係し、治りが早いのかもしれない。ユリウスの近況を聞いて、ホッとしている中。
『あっ、そうじゃ……もう一ついいニュースがあってのう』
『え!なんでしょうか……?』
『セントシュバルツでは、ファングレー前公爵夫人の不祥事もあって……家をもとに戻してやることはできんかったんじゃが――戦争の功ということで、フリックシュタインがのう……ユリウスに爵位を授けることになったんじゃ!』
『まあ……!』
フランツから聞いたのは、「一代限りの爵位だが、公爵としての身分が確立される」とのことだった。国に差し押さえられていたファングレー家の財産も、ユリウスに戻ってくる手筈なのだと説明してくれた。そして最後にぼそっと。
『権力ばかりで――堅苦しいあの国よりも、きっとここのほうが暮らしやすいからのう』
『え?』
『いやのう、やはり退いた身じゃから――こういった手配しかできんが、きっとユリウスなら実力で認められて……一代限りの制限を突破できるじゃろうよ』
最初の言葉は聞こえなかったが、フランツがユリウスのために動いてくれたことに理解がいく。ほがらかに笑うフランツを見ると――エドワードだけでなく、ユリウスに対しても家族の温かさを思わせる笑みだと感じた。
『あっ、そういえば!話は変わるんじゃが……最近、自分を磨こうと思っての、肌の美容に気を遣い始めたんじゃ』
『ま、まあ……!』
『麗しいナタリー嬢の前では、男前でいたいと思ってのぅ……つい、頑張ってしもうたんじゃ』
『ふふっ、確かにフランツ様のお肌の調子……良い感じがしますわ』
『ほっほっほ。そうじゃろう?』
暗い声からいつもの調子を取り戻したフランツは、ナタリーと明るく話し続け、そんなフランツの様子に、ナタリーは柔らかくほほ笑みかえしていた。そうしてその日は、待つのに痺れを切らしたマルクが迎えに来るまでの間、フランツと会話に花を咲かせていたのであった。
◇◆◇
時は王城の静養が終わり、二か月たった――フランツが定期的な診察に来た日に戻る。
ペティグリュー家の自室で、ナタリーはソファに腰かけながら――王城でお見舞いに来てくれたフランツを思い出し、つい「ふふっ」と笑みをこぼしてしまう。
すると定期的な診察を終え、「もう、これで身体は万全じゃな」と話し始めていたフランツがナタリーを見つめ。
「何かいいことでもあったのかのぅ?」
「つい王城でのフランツ様の笑顔を思い出しまして、明るい気持ちになりましたの」
「ほう!そうだったか……! いや~いくつになっても、褒められると嬉しいのぅ」
「ふふっ」
軽快なフランツと笑いあっていれば、何かを思い出したようにフランツがナタリーに声をかける。
「そうじゃった、そうじゃった!」
「……?」
「招待状を送ってくれてありがとうのう、もちろん出席するぞ……!」
はじめ、フランツが何を話すのか分からなかったが――「招待状」と聞いてピンときた。「ああ! ちゃんと届いたようで良かったですわ…!」とナタリーは言葉を紡ぎながら、先週に送ったもののことを思い出す。それは――。
「しかし……ナタリー嬢が結婚してしまうのは、嬉しくもあり……はぁ、“ユリウス公爵様”がうらやましいのぅ……」
ナタリーとユリウスが結婚式を挙げる招待状のことだった。実はナタリーの体調を考慮して組まれた日程が……もう、すぐそこまで迫っていて――。
しみじみと声を出したフランツと相対しながら、ナタリーは……現在に至る日までが“あっという間だった”と頭の中で振り返っていた。
そして本日の診察、そして会話が一通り終わったことで、帰りの支度をするフランツを見送ろうと思い……屋敷の玄関まで、一緒に歩く。
その帰り際、フランツはナタリーに「式、楽しみにしておるからの!」と声をかけ、颯爽と馬車に乗っていった。
フランツとの別れの挨拶をしたのち、迫る結婚式へと気持ちが集中し――それがきっかけで――。
今でも鮮明に覚えている……彼のプロポーズのことに、ナタリーは意識が向かっていくのであった。