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ナタリーが膜の中へ入ったのち、あたりを見渡せば真っ暗な空間であった。どこもかしこも黒、黒、黒……で、そのうえ空間が広いのかユリウスの姿は全く視認できていない。


「うっ……」


一歩ずつ足を進める……が、突如感じた呼吸のし辛さに、声が漏れてしまっていた。

それは――。


(閣下の魔力が、溢れすぎていて……身体に圧を感じるわ……)


国を崩壊させるほどの魔力が、ここに溜められているのだ。息を吸う酸素すらを奪ってしまうほどの……行き場のない魔力がナタリーに襲い掛かっていた。そうした魔力に対して、ナタリーは自分の周囲に対して壁を張るように魔法を放つ。すると微力ながらも、その負荷から逃れられていた。


(でも、ずっとは無理ね……早く、探さないと……っ!)


ペティグリュー家で伝わる、景観を保護する魔法――これは癒しの魔法を応用する形なので問題なく、するりとかけられる……が、他者の魔法を無力化する魔法は、まだ数度しか扱ったことがない。そのため、少ない経験を思い出す形でなんとか魔法を出している状況になっていた。


だからこそ、闇雲にユリウスを探し続けることは現実的ではない――と分かってはいるものの、ナタリーにできるのは足を進めながら、彼の息遣いや声を聞き逃さぬように集中することだけ。きっと今まで、この膜の中に入ったのはユリウスとナタリーが初だろう。


そもそも閉じ込めるための場所の構造を、詳しく知る必要なんてないのだ。きっとエドワードも、内部がここまでに広いとは知らないのかもしれない。


「はぁっ……」


(慣れない魔法もあって、余計に息が切れてしまうわ)


未だに視界は真っ黒に染まり、ユリウスの姿を見かけてはいない。息を整えるために一旦、立ち止まれば……頭に浮かぶのはユリウスを見つけられないことへの不安だ。このままもしかしたら、ユリウスを見つけることができない可能性が脳内でちらついてしまう。


(もう! なに弱気になっているの、私……!)


自分で決めてやってきたのだ。決して、悔いなき選択なのだから――そう自分を叱咤するように目をぎゅっとつぶる。そうして思考を切り替えるように。


(何か、何か打開するはずの方法が……閣下、彼のもとへ――)


ユリウスを見つけるための方法を頭の中で逡巡する。彼の整った顔に黒い髪と、赤い瞳――そんな姿をイメージしていれば、力が入りすぎていたのか眩しいほどの白い光が脳内に埋め尽くされ――赤色が薄くなったかと思えば。


(そもそも、思考に集中しているからって光をイメージするなんて……あら?)


なんだか違和感を持ったナタリーは、おもむろにまぶたを開く。すると、頭のイメージだけだと思っていた光が自分の手から出ていることに気が付いたのだ。


「えっ⁉ ど、どういう――」


思わず口から疑問の言葉が漏れる中、手から発されていた光はより強く、そして目の前で形作るように消えずにいる。息を呑んで、その光景を見続けていれば――その光は一つの人型のシルエットになる。ナタリーよりも大きく、ユリウスよりも小さい存在だった。


「いったい、えっと……」


ナタリーは戸惑いながら、目の前の存在を見る。白い光が身体を覆っていて、輪郭がどうも曖昧になっているが――男性のような姿で、薄い赤色の瞳だけがどうにか視認できるくらいだった。こんな青年とナタリーは知り合いだった記憶はなく、ただ困惑するばかり。


(でも彼の瞳を見ていると……懐かしさを感じるわ……彼は――)


そう、青年をじっくりと見つめていれば。いつの間にか、ナタリーの手から出ていた光は収束していて――代わりに一人の青年が、暗い空間の中で煌煌と輝いていたのだ。そして、彼のおかげなのか。


「息が――苦しくないわ」


光に意識が持っていかれたためなのか、自分を保護する魔法を止めてしまっていたのだが――ハッと気が付いて自分の身体を見てみれば。膜の中に入ってからしていた息のし辛さがしない。その事実に驚きを感じながらも、きっと問題を解消してくれたのであろう存在に目を向け。


「あなたが……私を助けてくれたのですか?」

「……」


そうナタリーが青年に問えば、彼は目じりを和らげるだけで何も答えてはくれない。しかしなぜだか、彼がナタリーの姿を見て安心を覚えたような感覚が伝わってきた。だからきっと、今の状況は彼のおかげなのだろう。


「その、あなたのおかげで体調が整いましたわ。本当にありがとうございます」

「……」

「いったいどうしてこうなったのか、たくさん聞きたいのですが――」

「……」

「もしかして、あなたは……声が、出せないのでしょうか?」


ナタリーが目の前の青年に喋りかけ続けるも、声を出さない彼に疑問を投げかければ。「声を出せないのか」という質問に対しての肯定なのか、頷く様子が分かった。摩訶不思議な存在だからこそ、声がでないのも仕方ないのだろうか……ただ、青年がそうなのだと頷いたのだから、仕方ないとナタリーは結論を出す。


(目の前の彼も、気になるのだけれど――まずは閣下を見つけなければ)


当初の目的に意識を向け、早速動こうと思うのだが。光っている青年がいたとしても、やはりこの空間は相変わらず真っ暗なのだ。この光が照明のように、内部を照らすわけではないため……探し始めた時と同様に、ユリウスがどこにいるのかを歩き続けなければいけないようだ――。


そう、途方もない考えが頭をよぎった時。目の前の青年が、ナタリーの方へ視線を向けたあとおぼろげな白く輝く手で、方向を指さし――ゆっくりとその方角へ歩みだす。


(ついてこいってことかしら?)


青年の様子に、一瞬目を奪われたものの――なんとなく彼の意図することが汲み取れた。どのみち、ナタリーの作戦はあってないようなものだから、青年についていく方がまだマシな気がしたのだ、そしてなんとなく――。


(彼の瞳からは、嫌な感情はないように……思ったから……でも)


青年の薄く赤色な瞳を見ていると……なぜだか自分の息子・リアムを連想させる。どうやら彼に悪意はなさそうだが――時折、彼が目を伏せているように感じるのは。


(私は嫌われていたのに……どうして……?)


頭に多くの疑問が浮かぶものの、明確な答えは出ない。しかし、そんな解消されないものを抱きながらも……ナタリーは、青年の後について先へ足を進めていくのであった。



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