74
封の間にユリウスがいる、そうマルクは言った。しかし、確か騎士たちは――「封の間には立ち入らぬように」と……。事情がまだ呑み込めていないナタリーが、困惑した表情を浮かべれば。
マルクはナタリーの疑問に気づき、「封の間」について教えてくれた。彼が言うには。騎士たちが言った「封の間」は、魔力暴走を封じ込めるための檻が管理されている部屋とのことで。
「檻……?」
「うん、魔力暴走の余波が来ないように……魔法に長けているこの国が用意した――唯一無二の傑作かな?」
「それ……は」
確かにユリウスの魔力暴走は周囲を巻き込むのだろう。しかし彼を閉じ込める檻に対して――いいイメージがわかなかった。ナタリーが暗く沈んだ顔になりながらも、マルクは語り続ける。「地下墓地の時の手当を受けているらしいから……医務室かとも思ったんだけど」と言い。
「騎士たちが言うには――封の間が起動しているようだからね。そこにいるはずだよ……」
「そう、なのですね……」
「想像するのも嫌だけど、魔力暴走が終わる……つまり自滅を待つのに時間をかけてるのかもね」
マルクが淡々と話す中。ナタリーは胸が痛くなる――ずっと息の根が止まるまで……待つなんて。しかも、ナタリーの記憶の中で――魔力暴走に陥りかけていたユリウスは苦しそうな顔をしていたのだ。
(長い苦痛を檻の中で……?)
人気のない廊下で少し立ち止まりながら、一通りの話をマルクから受けた。
「マルク様は、魔力暴走やフリックシュタイン王家の事情を良く知っているのですね」
「えッ⁉」
「やっぱり、閣下と同じ騎士団だからこそ、国の事情も――私より、はるかにご存知なのでしょうか?」
「う、うん。そういった感じ……かな~」
「なるほど……」
どこか裏返ったマルクの声が聞こえたが、ナタリーの頭の中は漆黒の騎士団は優秀だな……という意見にまとまりつつあった。城門前で、マルクのペンダントを見ていない弊害が――ナタリーの勘違いに拍車をかけていることに。本人は気づかなかった。
「まあ、その封の間なんだけどこの先にあるんだ……ナタリー様はそこに用がありそうだなって、合ってるかな?」
「そう、ですわね」
「……うん。それなら案内するよ。さっきは自滅って言ったけどさ……もしかしたら――部屋の中にある檻に、まだ入ってない可能性もあるよ」
ナタリーがマルクの言葉に反応して。彼の顔をみれば、マルクは明るい顔で「俺、見学で1、2回見たけど……待機スペースみたいな通路があった気がするからさ」と。ナタリーを励ますように声をかけてくれる。
「つまり移動中かもってことだね」
「……っ!」
「うんうん、ナタリー様の瞳がさらに綺麗になったね!」
「マルク様っ!」
「はっ!あんまり、ナタリー様とお話ししすぎると俺の命が……ふぅ。さて行きましょうか」
「え、ええ?」
マルクが言いなれているように、ナタリーへ褒め言葉を言えば。なにかに勘付いた表情になって、「行きましょうっ!」と案内に徹する姿勢に戻る。そんな落差の激しいマルクに、笑みがこぼれつつも――「ありがとうございます」とナタリーはお礼を言った。
そして、二人は「封の間」へ向かうべく。薄暗い廊下を歩き続ければ――廊下が途切れ、通路から開けた空間が見えてきた。そこで、マルクがゆっくりとナタリーを見て。顔に人差し指を押し当て――「しー」と無言で伝えてくる。
「?」
ナタリーは、疑問に思いつつも。彼の言うとおりに極力、音をださないように歩いた。そして、開けた空間の先。庭園や「封の間」に繋がっているホール――そこにある柱へ。マルクの指示のもと、隠れた。
そのままマルクが見つめる方へ――おそらく「封の間」がある方へ視線をやれば。
(騎士が――いるわ)
見た先では、荘厳な扉の前に仁王立ちで立っている――城門前にいた騎士よりも屈強な男が3人いて。おそらく扉の先を気にかけているのか、こちらには気づいていない様子だった。廊下へ戻るように、こそこそと踵を返せば。
「うわあ~“影”じゃん~」
「それって……」
「エドワードお抱えの……ちょ~つよい騎士だね」
声を潜めながら、マルクが嫌そうな顔で――頭を抱えていた。ナタリーも数度、見かけたことがあり、屈強な筋肉からもそうだが。彼らは、取り逃しはしたものの……宰相を追う能力もあるのだ。
「たぶん、人が寄り付かないように見張っているのかもね……」
「まあ……ど、どうしましょう」
「う~ん……」
あんな屈強な騎士に面と向かって戦いを挑むのは――ナタリーはもちろん。マルクも大変なことになるだろう。じゃあどうするのか……と、マルクが思案するようにキョロキョロと辺りを見ていれば。
「あ!」
「え?」
「俺って美女が近くにいると……頭が冴えるんだよなぁ……へへ」
なにやら、マルクが何かを見つめながら。思いついたとばかりに声を上げて、ナタリーに顔を向ける。
「今から、俺が彼らを引き付ける」
「えっ、それは――」
「大丈夫っ!俺を信じて……あ、もちろん無茶はしないよ。俺は、ユリウスじゃないからね!」
「は、はあ」
「だから、ナタリー様は……騎士がいなくなったら中へ行ってほしい。扉の錠前がさっき見た時なかったから、あいているはずだよ」
「でも……」
「副団長マルクはウソをつかないよ!…女性を口説きには行ってしまうけれどね」
ナタリーは本当に大丈夫なのだろうか、と心配をしつつも。マルクは、自信満々に口を開き。
「作戦としては――」
今からの手筈をナタリーに教えてくれるのだった。
◆◇◆
「じゃあ、いくよ?」
「ええ……ですが……」
「やばかったら――まあ、その時考えよう!」
マルクの行動力にナタリーはあんぐりと口をあけながらも、「気をつけてくださいね?」と声をかけ。マルクは、その言葉に返事をするようにウィンクをする。それが合図となり――マルクはナタリーから離れ廊下の途中でしゃがみ込む。
そしてナタリーは、人気が少なく――見つかりにくい大きな柱に隠れた。
――ビュンッ。
――ダッ。
立ち上がったマルクがホールの方へ物を投げれば――。何かが駆け出す音が響きだし。マルクは「お、おい~!」と大きな声をだしながら、封の間に続くホールに躍り出る。そして「な、なんだ⁉」と“影”がマルクのもとへ駆け寄り――。
「あ~~~!ど、どうしよう~~!」
「……っ!あ、あなた様はっ!」
ナタリーは柱の陰から様子を窺う。どうやら、マルクが言っていたように騎士たちの注意を引くことは無事できたようだ。ただナタリーのいる位置からは、声が聞こえづらく――マルクの成功を願うのみだ。
「えっ、“影”じゃん~!奇遇だね!どうしてここに?」
「はい?奇遇とは……もちろん殿下を待つために我々はここに……っそもそも、むしろ。なぜ貴殿が」
「な、なぜ…って、それはエドワードと俺は仲いいじゃん……そういうことだよ!」
「へ?い、いやあ……おい、今日って、何か会談とかあったか?」
「私は何も聞いていないぞ……」
マルクの明るい声とは対照的に、“影”――もとい騎士たちは困惑した声を上げていた。
「あっ!今はそれどころじゃないんだって!」
「は、はい?」
「ほらっ!」
そう言って、マルクが指をさす。指した先には――。
「にゃあ~にゃっ」
「し、獅子様?」
「そうっ!獅子ちゃんの口に……」
「あ、あれは――っ!」
獅子様の口には、間違いなくマルクの――熊の絵柄がデザインされたペンダント。それが銜えられていたのだ。そして楽しそうに、「にゃ、にゃっ」と鳴いている。
「王家の装飾品ってさ、代えがきかないんだよね……王城歩いてたらさ、その、うっかり獅子ちゃんに奪われちゃって」
「な、なんと……」
「獅子ちゃんも大事だけどさ、あの装飾品がフリックシュタイン城で壊れたとなると……ね?」
「……っ」
「俺の不注意もあるけれど――いやあ、同盟が結ばれている騎士たちが協力してくれそうな気がするんだよね~。困っている人を助ける騎士がいたら――俺の国でも誉れ高く見えるだろうね」
「し、しかし……我々には」
「あ~、そうだよね。君たちには国の責務があるんだものね。俺の手伝いなんか二の次だよね……」
「い、いや……」
マルクの威勢のいい声に、“影”たちは見るからに動揺を隠しきれなくなり。そんな騎士たちにマルクは――。
「いやあ、今は固く結ばれている同盟だけれども――こんな些細なことで、結び目に亀裂――おっと。あ~あ、エドワードの悲しむ顔は、俺……見たくないなあ」
「……っ!」
ゆさぶりをかけるようにオーバーにリアクションをしながら、語り掛けた。すると、彼らの表情はどんどん青ざめていき――。
「マルク様っ!我々が、なんとしても取り戻して見せましょうっ!」
「ああ、国の一大事だ……」
「エドワード様からは待機としか命じられていないから……この近辺にいれば、た、たぶん大丈夫だ……」
「お、“影”が協力してくれるのなら、話は早いよ~!さ、早く獅子ちゃんをっ!」
「は、はい…っ!」
ドタドタと大きな足音を立てながら。騎士たちは、獅子様の方へ駆け出す。その後ろから追従するように、マルクも走り出し――。
「にゃっ⁉」
獅子様も大勢の大人たちがこちらへ――突撃してくる様子に気づき。反射のように、彼らとは逆の方向――庭園の方へ走っていく。
「し、獅子様~!」
ナタリーが隠れる柱の前を、通せんぼしていた騎士たちが慌てて駆けだしていく様子が分かる。そして、その様子をナタリーも視認した時――ちょうど最後尾のマルクと目が合い。
――いまだよ!
彼の口元がそう動いた気がした。彼の言葉にこくりと頷き。
(マルク様……!ありがとうございます)
はじめは、「困っている俺を見たら……助けにきてくるから!彼らがいなくなった後に――ナタリー様は、扉の先へ!」と聞いて。半信半疑で、その提案に乗ったのだが――。実際に起きたことを目にして、心の中で――疑ってごめんなさいと謝るナタリーだった。
そして、マルクと視線があったのち。ナタリーは早速「封の間」に続く扉の方へ……近づいていく。
用心深く周りを見れば、ナタリーを止めるものは全くおらず……荘厳な扉に対して――緊張なのか。ごくりと、息を呑む。それから「封の間」へ続く扉に手をかけ――。
――ガチャ。
ナタリーは、手に力を入れ。その扉を押し――足を踏み入れるのであった。
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