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ミーナの案内のもと、ナタリーは部屋から廊下へ……裏口へと向かう。現在は夜更けなため、使用人の気配もあまりない。おそらく、ナタリーの自室前の見張り以外は、みな寝ているのだろう。
使用人に見つかることなく――すんなりと目的の場所へ辿り着けた。
「お嬢様、この馬車です……!」
「わかったわ!ありがとう、ミーナ」
「いえっ!その……」
ナタリーが馬車の方へ視線を向けたのち。ミーナはなにやらもごもごと、口を動かす。
「その……ミーナは、お嬢様がしたいことは分かっておりませんが……それでもっ、応援しておりますっ!」
「ミーナ……」
「なにより、旦那様も……最初はああいっておりましたが、その後ずっと……考え込んだり、部屋の中を歩きまわっておられました」
「そう、なのね……」
使用人に連れられて行ったあとのことについては。お父様がどんな様子だったのか、知らなかったのだが。やはり自分のことを、心配していたのかもしれない。ミーナの言葉に、ナタリーの瞳に影が宿る。
「でもっ!」
「え……?」
「あくまで、私の想像なのですが……旦那様がそうしていたってことは……お嬢様の行動すべてを否定したいとは思っていないんじゃないかって……」
そうしたミーナの言葉にナタリーの心は救われる。ずっと、お父様を一方的に悲しませてしまったのではないかと……罪悪感を持っていたのも理由なのかもしれないのだが。
(決めたと思っても、どこかでもやもやするものよね)
ナタリーのもやついた心情が、ミーナの言葉で前へ……と。少し明るくなった気がする。
「ミーナ、ありがとう」
「お嬢様……」
「私が帰ってきたら、久しぶりに……ケーキパーティーを一緒に開きましょう?」
「はいっ!たくさん、試食をして取り揃えておきますので……っ!」
ナタリーはミーナに笑みを向けながら、御者に声をかけて。馬車の中へと乗り込んでいく。そして馬車の窓から、顔をだして。
「いってくるわね!」
「お気をつけて……!いってらっしゃいませ……!」
ミーナは挨拶をすると深々とお辞儀をして、ナタリーの馬車が見えなくなるまで見つめ続けた。そして窓からナタリーの様子や、馬車の姿が見えなくなったのち。
ミーナの周りに、他の使用人たちがぞろぞろと近寄ってきた。
「お嬢様は、行かれたか?」
「はいっ!」
「そうか、それじゃあ、我々は旦那様を宥めるべく……頑張るか」
「そうねえ……今日は、忙しくなりそうよねえ」
「だなあ……ミーナは――今日、休みなんだっけ?」
「ええ、ですが、お嬢様のためになら休日返上しますので……っ!」
執事や使用人といった、ペティグリュー家に仕える者たちが明るく話し合う中。ミーナの言葉に、周りは「さすが、お嬢様の一番だな」と声があがる。
「もちろんですともっ!ミーナは、できる侍女なのですからっ!」
そんな自慢気なミーナの様子に、周囲は優しく微笑んでいたのだとか――。
◆◇◆
「お嬢様、ここで合ってますでしょうか?」
ナタリーを乗せた馬車は、危険な道を避けながら。スムーズにフランツがいる僻地へとたどり着くことができた。それもこれも、以前一度通ったことがある道であることと。ユリウスから教えられた道を全力で覚えた御者の賜物なのだろう。
馬車が止まる音とともに、声をかけられたナタリーは窓に視線をやる。そうすると、見かけたことがある――お母様の薬のために赴いた時と全く同じ家があった。
「ええ、ここよ……しばらく、待っていてもらっても大丈夫かしら?」
「はいっ!かしこまりました」
そうして、御者に声をかけたのち。ナタリーは慣れた足取りで、馬車から降り。目の前の家へと近づく――夜更けともあって辺り一面は暗いものの。家の窓からは、明かりが漏れていて。中の人物が起きている証拠がうかがえた。
ナタリーは、きゅっと手に力をいれてから。ドアノッカーへ手をかけ、軽い音を鳴らした。
「ごめんくださいませ、ナタリーです」
そう声をかけると、中からドタバタと焦った音がきこえてきて。
「ほっ!ナタリー嬢なのか……っ?」
ドアの向こうから、フランツの声が聞こえたかと思った瞬間。素早く目の前の扉は、開き。驚き目を見開くお医者様――フランツが出迎えてくれた。
「いやぁ、珍しい時間の訪問じゃのぅ……ほっほっほ」
「夜分遅くに申し訳ございません……その……」
「いいんじゃ、ナタリー嬢のためなら年中無休で開けるからのう……まあ、中へお入りなされ」
「ふふ、ありがとうございます」
フランツのお茶目な言葉に笑みをこぼしつつも、彼の案内に従うように。中へとナタリーは、足を踏み入れたのであった。
◆◇◆
家の中に入れば、そこは相変わらず薬品の匂い。そして収納物は整頓され、カーテンで仕切られている――清潔に保たれた室内が見えてきた。
「ううむ……あまり、おもてなしのものが少なくてのぅ……すまない」
「いえ、お気になさらずに」
そして促されるまま、フランツの対面に着席すれば。フランツもまた、椅子にこしかけて。
「ふむ……歓談をしにきたってわけでもなさそうじゃのう……」
「……ええ、そ、その」
「公爵様のこと、かのう……?」
「……っ!は、はい」
フランツが口に出した内容に、胸の鼓動が早鐘を打つ。思わず彼の顔を見れば、厳しそうな雰囲気が有って。なにより、眉間に力が入っているのか――難しい表情だった。
「フランツ様……閣下のこと、彼のご体質のこと……ご存知なのですよね?」
「……そう、じゃな」
ナタリーから質問を受け、フランツは「ふぅ」と息をついてから。
「わしは、公爵様の“魔力暴走”について知っている」
「……っ!その、私も閣下のご体質について知って――どうにかする方法がないのかと……」
「そうか……」
相変わらず、フランツは暗い表情のままで。その様子に、ナタリーもまた緊張が増していく。その重い空気の中、フランツがゆっくりと口を開く。
「どうにかする――方法は“ある” ……んじゃが……」
「 ……っ!そうなのですね!それなら、教えてくださいませんか……っ!」
ナタリーの必死な声に、押されてか――フランツは、身体をこわばらせた。
「……それが、ナタリー嬢の身体に悪影響――危険が起きるかもしれないと知ってもかのぅ……?」
「――え?」
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