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自国で太陽のように輝かしい美貌を持つエドワード王子。一方で、同盟国のユリウス公爵は月のような静かさを持ち、誰の手にも入らない高嶺の存在。社交界では二人の噂で持ち切りと言ってもいいほどだ。そんな栄華を極めているエドワード王子だが、彼はナタリーの知る未来では名を聞かなくなった。
「ごほっ、ああ…。レディ、どうやら君は僕のことをよく知っているようですね?」
「国の太陽にご挨拶を…」
「ああ、そういった堅い挨拶はしなくていいですよ。そうだね…ここではフランツの友人として気兼ねなく話してくれますか?」
「はあ…このわしとお前さんがのう…?」
「…けほっ、もう長い付き合いじゃないですか…ふふ」
(さっきから、エドワード王子はせき込んでいらっしゃるけど…)
国の第一王子は病弱ということは、有名だった。そして重い病のため、寝室から出ることができないということも。加えて他の王位継承権を持つ第三王子も、まだ5歳になったばかりの為…とても幼齢だと。だからこそ、今一番王座に近いのは目の前のエドワードということになるはずなのだが…。
第一王子が戦争前に病で亡くなり…続けて第二王子も不幸が及び亡くなったと、国で大々的に発表された。そして、当時の国王も寿命が近いため…幼いながらも第三王子に王位を継承するのだ。
「うーむ…しかし全く、少し快癒したかと思えば…また咳が出るのかのぅ」
「ええ…ご、ほ…フランツのおかげで、だいぶましにはなりましたが…何が原因なのでしょう」
「その…少しいいですか」
ナタリーが声をあげたことにより、二人の視線がこちらへ向く。エドワード王子の症状から…思い当たる節があったのだ。変な咳、その症状はナタリーが良く知っている。身をもって味わっていたから…。あの時は、薬で治らなかったためナタリー自身の魔法が自分に使えれば良かったのに…と後悔していた。だからこそ。
「私が…エドワード様のお体を診てもよろしいでしょうか」
「…君が…?」
室内の温度がヒヤリと下がった気がする。何より、二人以外の目線すらも感じ…恐ろしさがナタリーを襲う。でしゃばり過ぎたかもしれない…もちろん、お節介で言葉をかけた。しかしそれだけでなく…第二王子が亡くなった理由もわからず、このまま放置すれば、あの時と同じことにならないだろうか。そんな不安もあったのだ。
「…これこれ、“友人として”とさっき言ったじゃろう、そんな怖い顔をするでない」
「ああ…ご、ほっ、失敬。怖がらせるつもりはなかったのですが…、周りをやすやすと信じられる環境でもなくてね」
「まあのぉ…そんな不便なとこにおるから、こんな遠くまでわざわざ医者を見つけに来たからのう…」
「フランツ、それは秘密の話ですよ」
「ほっほ…そうじゃったか、もう年でのう。すまんかったな。でものぅ、癒しの魔法が使えるペティグリュー家のお嬢さんがいるから…いい案じゃと思っての」
「君が…ペティグリューの…」
先ほどよりかは…幾分か鋭さが減った視線になった。しかし、依然としてナタリーに対する不信感がなくなったわけでもなさそうだ。
「私の魔法に不安を感じられるのはもっともです…ですから、無理にとは言いません」
「……」
「なにより、私の魔法を使ったからと言って治る保証もございませんので…」
「…ごほっ、いや…正直、体調の悪さには辟易していたんです。レディ…失礼ながら、お願いしてもいいでしょうか」
「…!はい」
王族に対する軽率な発言で、取り締まられるかもしれない…と思っていたが。どうにか、その危機は来なさそうだ。エドワードはカーテンの先にある医療用の白いベッドの上に座り、「ここで、僕は仰向けに寝るのでしょうか。それとも座ったままでも?」と問うてくる。
「あ、仰向けで、お願いします」
「…わかりました」
「わしも側で見ておるから、そんな怯えた表情は…」
「怯えてなどおりません!レディ、よろしくお願いします」
ナタリーの隣で、フランツが「ほっほ」と楽し気に笑う。その中、ナタリーは自分の手に集中し…癒しの魔法を発動させながら、エドワードの頭部から足先にかけて手をかざしていく。悪いものを取り除くように、ゆっくりと。そうすれば、ピタッとナタリーの手が止まった。
止まった場所は、エドワードのお腹――胃の場所だった。癒しの魔法を重点的にかけていく…またこの処置法には覚えがある。それは、ペティグリュー家でも毒見係が倒れた時の――。
(エドワード王子は毒の症状にかかっていたのだわ!)
「…終わりました」
数十分ほどの魔法による処置をし、エドワードの様子を窺えば。
「…喉の不快感、いや全体的な怠さが消えた――」
自分の体調を今一度確認したエドワードが、ぱっと身を起こし身体を動かし始める。ずっとあった咳もなくなっていて――フランツも自分のことのように、「本当か…!よかった…!良かったのう」と嬉しがっていた。
「レディ、先ほどは疑ってしまって…本当に申し訳ございません」
「いえ、そんな」
「ほんとうじゃ!」
フランツに対して、冷たい視線を送り――エドワードはそのままナタリーの目の前で跪く。その姿は、絵本に登場する王子様そのもので。
「どうか、家名だけでなくお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「えっと、ナタリーと申します。その、エドワード様お立ちになってくださいませ」
「ふふ、お優しい方なのですね。ナタリー嬢…ナタリーと呼んでも?」
「え、ええ。構いませんが…」
あまりの積極的な態度にナタリーはたじたじになる。しかしそんなナタリーに畳みかけるように…立ち上がったエドワードは、ゆっくりと近づき。
「ナタリー、少し失礼しますね」
「えっ?」
「…王家のペンダントをあなたに」
ナタリーよりも背の高い彼は、首に手を回し…カチリと何かを付ける。ナタリーの首元には、金属のヒヤリとした冷たさ。
「あの、これは…」
「あなたに持っていてほしくて。あわよくば、ずっと付けてほしいと、そう思っていますよ」
「そのエドワード殿下の物を頂くなんて、恐れ多く…」
「“殿下”は不要ですよ…ナタリー」
いつも癒しの魔法を使っていたナタリーとしては、そんな大したことをしていないと思っていたのだ。しかしエドワードの方はまるで、長年の重い石が外れたかのように幸せそうで。
「ここ数年、ずっと不調で身体を動かすにも苦労していた自分がウソみたいだ…本当に感謝します」
「そ、それは良かったです」
「ええ、ナタリーのおかげですね。そういえば、しきりに僕のお腹の上に手を置いていましたが…もしかして何か意味がありましたか?」
「……その、エドワード様、常に食べているものなどはございますか」
「食べているもの…まあ、いくつかありますが」
「…どれがそれなのかは、わかりませんが…エドワード様の症状は毒によるものです」
「……ほう?」
今日一日で見たこともないほど――凶悪な視線になった。それほどまでに、エドワードの目は人を殺められそうなほど鋭くなったのだ。
「…どうやら、躾が必要なものがいるようだ。たとえば宰相…ふふ、ナタリー、僕は用事ができたのでこれにて失礼しますね」
「は、はい。お気をつけて」
「ええ…影よ」
エドワードの「影」という言葉に反応したのか、今まで見えていなかった場所から屈強な騎士たちが3名ほど現れたのだ。魔法で身を隠していたのだろうか――きっと彼らは、エドワードの護衛なのかもしれない。
「…ナタリー、また会いましょう」
エドワードは去り際、ナタリーの耳元で楽し気に言葉を囁く。そして騎士たちと共に、出口の扉から颯爽と出て行った。――首にある金属を返しそびれてしまったと、そこではっと気づくナタリー。
(も、もしかして、私…やらかしちゃったかしら)
ひとまずナタリーは思考するのをやめようと決め、未来の自分に考えるべき問題すべてを託したのであった。
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