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「そん、な――」
「真実をすぐに言わなかったのは、本当に悪かった。しかし、公爵様の魔力は国を滅ぼしてしまうほどのものだ。ナタリーも、宰相様の一件でみたのだろう?」
「それは……そう、ですが、そうだとしてもっ!」
「そんな魔力に近づくのは、危険だ――思いは分かるが……、ナタリーを危険な目に遭わせることを、父さんは、許可できない」
聞こえてきた言葉には、お父様の気持ちが吐露されていた。切羽詰まるように、一言一句話していて――ナタリーを思いやる気持ちがひしひしと伝わってきたのだ。
しかし、ナタリーは……それで素直に引き下がる――なんてできない。
(地下墓地に囚われた私を、なにより剣舞祭で助けてくれた時も、魔力をたくさん使っていたわ。閣下は――閣下自身を犠牲にしていたというのに、私が、私だけが見ないふりなんて)
頭によぎるのは、いつだってナタリーを助けてくれたユリウスの姿だ。もちろん、昔は冷たい眼差しだってあったが――今の彼は、ずっと自分を、家族を助けてくれて。温かい彼の心を、よく知っているのだ。
「それなら、お父様の許可はいりませんわ!私が、一人で――」
「ナタリー……。誰か!来てくれないか!」
「は、はいっ…旦那様、いかがなさいましたか?」
「お父様…?」
ナタリーが言葉を言い切る前に、お父様は大きな声を出し。執事や使用人たちを呼びつけ――。
「ナタリーを自室へ連れていきなさい」
「え?」
「そこから、何人たりとも……ナタリーを出すことは許さない。いいか、これはペティグリュー家当主としての命令だ」
「お父様……っ!?」
そして、周りの使用人たちが一瞬――お父様の雰囲気に驚いたものの。「当主としての命令」の内容を聞き、即座にナタリーを拘束するように動き始める。
ナタリーの抵抗も空しく、すぐさまつかまってしまい。お父様の部屋から連れ出される直前。
「……ナタリー、頼むから、父さんの言うことを聞いてくれ。そして頭を冷やすように」
「お父様っ!お父様っ!」
ナタリーは必死に、お父様を呼び掛けていたが――その声は届かず。
そんな中。ミーナだけが、お父様とナタリーの間で、行ったり来たりをし、おろおろと戸惑っているのであった。
◆◇◆
使用人に丁重ながらもこうそくされ、自室へと閉じ込められてしまった。ナタリーが、中に入り切れば。外からは、鍵をかける音が響いて――ナタリーがドアノブを回そうとしても。
「あか、ないわ……」
ナタリーの力ではうんともすんとも言わない扉があるだけで。よろよろとその場にへたり込んでしまった。
(やっぱり、もう……閣下とは、会えないの……?)
彼は魔力暴走のこと、ファングレー家の事情を、どうして何も言わなかったのだろうか。もちろん、今のナタリーとユリウスは夫婦ではなく……赤の他人で。なんなら前世では、酷いことを言われ…憎しみを抱いていたのだ。
ユリウスがナタリーに事情を言う――そしてナタリーがそれを聞く義務や義理なんてなくて。
それなのに……頭に埋め尽くすほど、反対の気持ちでいっぱいになっていく。同時に、目頭も熱くなっていって――ぽろぽろと、滴が流れていった。
どうして自分は、こんなに泣いてしまうのだろうか。ユリウスが言ってくれなかったから――それもある。でもそれ以上に、彼の優しさに触れて……。
彼をもっと知りたいと思った。
あのころとは変わった彼と話をしたいと思った。
意外と、甘いのが苦手だったり、子供に微笑む彼を見て……目が離せなかった。
もう、ユリウスと話せないという現実を考えたことがなくて。自分は彼の優しさに何かを返せたのだろうか。
(返す――いえ、そんな義務感じゃなくて)
ナタリーは涙が溢れてくる瞳を大きく開け。
(私――閣下と離れるのが嫌なんだわ……優しい彼ともう会えないなんて……でも、それは――)
自分の心をよくよく頭で理解をしようと思った矢先。
――コン。
軽いノック音が、目の前の扉から響き。
「可愛いナタリー、入るわよ……あら、用心深いわね。私が入ったら、鍵を閉めていいわよ」
優しく、聞きなれたその声は、間違いなくお母様で。きっとそばには、使用人もいるためか。他に向けての声も聞こえてきて。
ナタリーが動く前にガチャっと目の前の扉が開き。お母様が部屋の中に入ってきて、ナタリーと目が合う。すると、お母様はナタリーよりも大きく目を見開き。
「まあっ!まあ、まあまあ……っ!ナタリー、大丈夫っ!?」
「おかあ、さ、ま」
「可愛い顔が、涙を流していると――私も悲しくなるわ」
お母様は、ナタリーにすぐさま近づき。視線を合わせるように、しゃがみ込む。そして。
「……でも、そうした、ナタリーが泣いてしまう思いがあるのも。事実なのよね……ずっと床で座り続けるのは、身体に良くないわ。さあ、一回ソファに座って――」
ナタリーは相変わらず、涙が止まらぬまま。お母様にうながされる形で、自室のソファに腰かけていく。そしてお母様は、ナタリーの隣に座り――ナタリーの頭をゆっくりと撫でながら。
「ナタリー、いったいどんなことがあったの……私に話してくれないかしら……?」
「……っ」
「あら、あら、急すぎたかしらね」
「い、いえ……」
「ふふっ、言いたいことを言うのも大切だし……あくまで私の独り言だけど。お父様には秘密のお話とかもステキよね……?」
お母様は、ナタリーの目元にハンカチを優しくあて。溢れて流れる滴を、拭いながら――チャーミングにウィンクをする。その笑みは、ずっと不安で埋め尽くされていたナタリーに安心感をもたらしてくれて。
「う…っうぅ。おかあさま…っ」
「はい、はい……ナタリーのことが大好きな母ですよ」
余計に涙が、止まらなくなりながらも。勢いのまま、お母様に抱き着き――お母様もそれにこたえるように。ゆっくりと背中をさすりながら、声をかけてくれるのであった――。
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