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歯切れの悪いお父様に、首を傾げ。見つめれば。
「ほらっ、そのためにも早く良くならないと、な…今日は起きたばかりだから、ゆっくりと休んで明日また考えよう、な?」
「そうですわね。あなた……」
「は、はい……?」
疑問は残るものの…ナタリーは、両親の言う通り。今日一日は安静にした方が、得策のような気がして…そのまま、ゆっくりと休むことにした。
そうして両親がナタリーの部屋から出て行く際に。
お母様が、暗く気遣わしげな視線を向けていたことに…反応を返そうとしたものの。休むことにした手前、聞けないままであった――…。
◆◇◆
太陽が再び上った正午。
ナタリーの身体は気だるさもなく、万全と言ってもいいほどであった。もう元気と言っても遜色ないほどで。
(閣下にお尋ねしなければ…暴走のこと、死ぬ前の――以前のこと)
ナタリーは、地下墓地で見たことに疑問が尽きなかった。特殊な公爵家の事情もそうだが――それ以上に、死の戻る前に結婚していたあの頃も。もしかして、魔力暴走に苦しんでいたのか。本当は、ナタリーを気にかける余裕なんてなかったのか。
――そして、あの頃は大丈夫だった身体の状態が、今はどうして……。
そうした疑問が尽きないからこそ。ユリウスにお礼がしたいといった……お父様の部屋に向かい、王城へ行く手筈を揃えようと思ったのだ。
「お父様、入ってもいいでしょうか…?」
「ああ、もちろんだとも!ナタリー、身体はつらくないかい?」
控えめにノックをし、声をかければ。こちらを心配するお父様の声が返ってきた。静かに扉を開けて中に入れば、暖かな室内がナタリーを出迎える。
「すっかり体調もよくなりましたわ…昨日も、おっしゃってたように…早速、閣下に挨拶をしに行きませんか?」
「っえ、あ、あ~いや、だが……まだ念のためということも、あるし……」
「そうでしょうか……?お父様は心配し過ぎですわ。あ!もしかして今、お忙しいのでしょうか?それなら私が一人で…」
「いやっ、それは…」
ナタリーの目の前に立つお父様は、なんだか昨日と同様。相変わらず歯切れが悪い喋り方だった。さすがに、長く返事を窮している父の姿に。ナタリーはその態度について、問うべく声をかけようとした――すんでのところで。
「だ…旦那様ぁあああっ!」
バタバタと駆けてくる大きな足音と共に。遠慮知らずの手によって、お父様の部屋の扉が開かれる。そこにいたのは、想定通りの。
「あら……?ミーナ?」
「あっ!お嬢様もいらしたんですね!ちょうど、よかったですっ!」
「ちょうど……?」
「ええ!その…」
焦った様子のミーナは、お父様とナタリーに素早く目線を向けてから。自身が握る紙――新聞を取り出し。良く見えるように、開きながら。
「こ、公爵様が…公爵様のお家が、同盟国で取り潰されたとのことですっ!」
「……え?」
ミーナが話す言葉に、頭の理解が追い付かず。思考が止まる――だって、ファングレー家は大きな公爵家で。漆黒の騎士として栄誉ある地位にいる……あの家が、短い期間で取り潰しだなんてありえない。
しかし、そうしたナタリーの考えを覆すように。ミーナが見せてくれる新聞には、大々的な見出しとして。
――軍神の家・ファングレー公爵家、陰謀に染まる!?地に落ちた噂により、我らの王が取り潰しに動く!
そこには、同盟国・セントシュバルツの内情を書き記していて。セントシュバルツの王が、直々にファングレー家が無くなったと広めたらしい。その言い分としては、地下墓地で怪しい実験に手を染めていたとのことで。
(そんな……閣下は、実験に協力なんてしていないのに……っ!)
ナタリーが信じられない思いで、新聞を見つめていれば。お父様の方から声が上がった。
「そうか、はあ……ミーナ」
「旦那様の御申しつけ通り、公爵様に関する新聞が出たら……とのことで、いち早く知らせに来たのですが……あれ?」
「そのな、こっそり持ってくるよう昨日言ったはずなのだが…」
お父様が、ため息をつき。頭を抱えるしぐさをする――いや、それよりも。
「お父様……なぜ、こっそりとなのでしょうか……?」
「……っ」
「どうして驚きよりも……諦めの表情をされているのでしょうか…っ!」
「く…そ、それは…」
「閣下は、王城に……王城で、豪華なもてなしを受けているんですのよね?」
ナタリーの言葉に、お父様は完全に押し黙ってしまう。その様子に、ナタリーは段々と頭に熱がこもっていき。
「お父様っ!どうか、どうか真実を言ってくださいっ!閣下は……」
自分が想像していた現状と全く違う――閣下の状況が新聞に書かれていること。これが真実なのか、お父様に詰め寄るように……言葉をかければ。
「公爵様は、もう……戻らないだろう」
「え……?」
「王家で治療の手を尽くすと聞いたが――殿下から聞いたのは、魔力が暴走し、周りに被害を及ぼすようなら……」
お父様は、言いにくそうに一度――下を俯いてから。決心したように、顔を上げて。
「公爵様を、王家の魔法によって処分する……と」
「……ぇ、う、うそ…」
ナタリー、そして近くで聞いていたミーナも。まるで時間を忘れてしまったように、息をするのを忘れてしまっていた。それほどの衝撃で。
「それが、同盟国・セントシュバルツと――我が国・フリックシュタインの約束、なのだそうだ」
「そん、な…」
「同盟国が公爵家を潰す動きをしたということは。手を尽くすことができなかったと、報告がいったのだろう。だから、公爵様は――もう、だめなんだ」
「……でもっ!宰相様の事件からは、日も浅いですし。新聞は今日出たばかりですわっ!まだ、まだ……私が魔法を、魔法をかけに行けば……っ、もしかしたら……!」
そうナタリーは、すぐさま浮かんだ思いを――気持ちのまま口に出し。
「だから、いますぐ王城へ……!王城へ私は向かいますので、馬車を……っ!」
そうナタリーが、お父様に訴えかけるように言葉を紡ぐ。しかしその言葉とは裏腹に、お父様の厳しい顔が見えて。
「ダメだ、馬車は出さない」
重く暗い声が届く。その表情、声からみて……いつもナタリーに甘い顔をするお父様は、いないのであった――。
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