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ナタリーの瞳は、しっかりとユリウスを視界に捉えた。またそれは、彼も同じだったようで――ナタリーの身体に怪我がない様子を見て。ホッと安心しているようだった。そして彼が手に持つ、鋭い剣が。
――パキンッ
大きな音を立てて、崩れ落ちた。おそらく、剣を何度も使いすぎたせいなのかもしれない。また様子を見たのは、ユリウスやナタリーだけでなく。
「く…この化け物め…っ!よくもっ、よくもっ!」
「……っ!」
衝撃で吹き飛ばされていた宰相が、身体を起こし。ユリウスに対して、憎しみを込めた視線を投げていた。その声に、ユリウスは身構え――剣がないながらも。宰相を捕らえようとするが…宰相がそれよりも素早く。
懐にしまっていた箱を取り出し、そのままスイッチを起動しようとした。
まさにその時。
「ぐぅっ」
「まったく…やってくれたね」
「エ、エドワード様っ!」
ナタリーの背後から、強風が吹いたかと思えば。宰相のもとへ、瞬間移動でエドワードは向かったようだった。そして、宰相の不意をつくように――彼の手元から箱を奪いあげたのだ。
「ナタリーのおかげで、回復するのが早かったよ…ありがとう」
「いえ…お役に立てたのなら…」
石の効力が無くなり、自由に魔法が使えるようになったエドワードは。あっという間に、宰相を拘束し。ユリウスと共に、やってきたであろう“影”たちに引き渡していた。
(これで、もう…大丈夫)
その様子を見たナタリーは、張り詰めていた力が抜け。
「王都は…国は、無事なのですね…?」
「ああ、魔法で無事だと報告がきているよ」
「よか…った…」
エドワードからそう伝えられ、ずっと気力だけで支えていた身体が地面へと倒れこもうとする――その前。
「ご令嬢…君は、よくやった」
「かっか」
ふわりとナタリーの身体を両腕で、受け止める力を感じる。魔力の使い過ぎで、貧血が起きているせいか…思うように身体が動かせなくなっていた。しかし、側にいるユリウスの存在に気が付き…彼を見れば。
(ボロボロだわ…)
剣舞祭で会った時よりも、服も顔も…なによりところどころ怪我をしていて。
「魔力の使い過ぎで、疲れが出ているようだな…しっかり休めば、治るだろう。君に怪我がなくて…本当に…」
「か……っか?」
ナタリーはそっと地面に下ろされた…それと同時に、ユリウスの声がか細くなっているように感じる。目はかろうじて開けてられるが、休息を求める身体が――ナタリーの意識を薄めてくる中。
それは突然に起きた。
「よか…った…ぐっ…ぁ」
「公爵っ!?どうしたんだい!?」
(待って…いったい何が――…)
エドワードの焦った声が響く。それと同時に、ナタリーの近くでどさっと…誰かが倒れた音がした。確認して助けてあげたいのに、力が入らない。思うように、動くことができない。
「おいっ!救護班はまだかっ!急いで伝令を――」
大声で、エドワードの指示が飛ぶ。
「暴走が始まってしまうだなんて…僕は…」
(暴走――…?ま…って、閣下を…たすけ…まだ、はなしも…)
エドワードが口にした言葉が、耳に入り。自分の身体に動くよう指示を送っているのに、それに反してどんどん視界がぼやけていく。したいことがたくさんあるのに――そんなナタリーの意志を自身の身体は聞いてくれず。
(か…っか…)
――ぷつりと。
ナタリーは目を閉じ、意識を飛ばしてしまうのだった。
◆◇◆
――パチ。
ナタリーが再びまぶたを開ければ。
(見慣れた――内装…私の部屋)
良く知っているカーテンや家具が見えてきて。それと同時に――…。
気を失い、たくさん寝たためか。すこぶる身体が軽い。ためしに片手をあげてみれば…グーパーグーパーと力を入れることもできる。そんな確認をしていると。
「お、お嬢様ぁぁああ!」
「ミー、ナ?」
「お目覚めになられたのですね…!急いで旦那様と奥様を…っ!」
そう声が聞こえたかと思えば。バタバタと大きな足音と共に、「旦那様―!奥様―!お嬢様がっ!」と大声が響き渡っていた。その数秒後。すぐさま、両親とミーナが駆け寄ってきて…涙を流しながら。
「ナタリー!よかったぁ…よかったぁぁぁ」
「本当に、本当に…良かったわっ…」
両親の表情を見て、やっと家に戻ってきた実感がわいた。そして、だんだんと意識もはっきりしてきて。
「私――…あれから…」
そう、疑問を口に出せば。
「フランツ様がいらっしゃって、診てくださったわ…短期的な魔力不足だったそうよ。でも休めば治るっておしゃってたから…本当によかったわ!」
「フランツ様が…」
「ええ、あらやだ!話すのに集中してしまって――しっかりと話すためにも、食事をとらなきゃいけないわね」
「お母様――…」
「ふふ、もうまる二日も寝ていたんだから。身体や魔力は休まっても、お腹が空いているでしょう?」
目元に涙を浮かべながらも、お母様は「胃に優しいものを持ってきてちょうだい!」と使用人に命じる。そしてお父様は、ナタリーの意識が戻ったことでいっぱいなのか。
ベッドの側で、およおよと涙を流すばかりだったのであった。
◆◇◆
柔らかく煮込んだ野菜スープを食べ、一息ついたあと。
ナタリーは側にいる、両親に向き直り。拉致された騒動の顛末を聞けば――。
「元宰相殿は、殿下によって捕縛され…今度こそ逃亡が無いように、と。事情を一通り聞いたのち、公爵様のお母上と共に――すぐに刑が執行されたとのことだ」
「そう、なのですね」
「何かしらの事情があったにしろ…彼の行いは罰されて当然だわ」
両親がナタリーの側で、知っている事実を教えてくれた。宰相には思うところがあるものの――やはり、彼が行ったことは人道の道を外れすぎている。そして、元義母の話も出たので。
「そ、そういえば、閣下は…ご無事でしょうか…?私、あの時に助けられましたの…ぜひお礼を…」
「こ、公爵様か…」
「まあ…」
ユリウスの話題を出した途端。両親がなにやら気まずそうに、二人で視線を合わせ――頷いている。
(…え?お父様?お母様?)
「い、いやぁ…そんなことがあったのだな…父さんもお礼を言わねば、ならんな」
「お父様も一緒に来てくださるのですね!それで…閣下は…」
「えっ、あ~、公爵様は、そのな…」
なにやら、お父様は口をもごもごとさせたあと。口早に。
「いやあ、元宰相様の一件で王家側がな…こう…疲れを癒すためにも好待遇で、城の滞在をすすめているようでな」
「まあ…そうでしたのね」
「ああ、そりゃあ…今回の件は、公爵様の功績が大きいからな…今頃、豪華な食事とか…娯楽とか…癒しとかのもてなしを受けているのかもしれないな…」
「まあ!そうでしたのね!」
お父様からそう言われ、ナタリーは少しの違和感を覚えつつも。ユリウスにとって、良い処遇が行われているのなら――それに越したことはないと思ったのだ。
「それなら、王城に行けば…閣下に会えますのね…!」
「えっ、あっ…そ、そうだな…」
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