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「そ、それを起動したら…」
「ええ…これが最大の復讐で、最高のお披露目になりませんか?」
無邪気な子どもというには、邪悪すぎる彼の笑みに。ナタリーは返す言葉も失ってしまう。そんな中、「この発明を見せる前に…邪魔されてはたまったものではありませんからね」と彼は言い。
「何やら、私の追跡をしようとしていたのを止めるために…剣を支援したりしましたが…今思えば、さっさと指揮を担う殿下を、拉致すれば良かったですね」
「なっ」
「焦ってしまうと考えが狭くなってしまいますね。しかし、そんな第二王子を釣るために…ちょうどいいコマを使えたので…プラマイゼロですかねぇ?」
「減らず口を黙らそうか」
けらけらと笑う宰相に、冷たい声を浴びせたのは――エドワードだった。その手には、くしゃくしゃの紙が握られており。
「おお、怖い…やっとお読みできましたか?本当は、王家が渡したとされる財宝が欲しくて…金庫を開けたのですが…」
「……」
「殿下の歪んだ顔が見えたので…無駄足には、ならなかったようですねえ」
ナタリーはエドワードの顔をちらりと見やれば、いつもの余裕はなくなっており。沈痛な面持ちになっていた。
(エドワード様が反論されない…ということは)
きっと霊たちが見せた「王家から死を命じられた」文面があったのだろう。しかし、ずっと悲観している時間はない。このまま宰相を放っておくと、王都が国が滅んでしまうかもしれない。
(お父様とお母様、ミーナが危険だわ)
意を決して、目の前の宰相を視界に捉える。そんなナタリーの行動よりも先に、エドワードが動き出した。エドワードが宰相に手を向けて魔法を放とうとした――その瞬間。
「ぐっ」
「不意打ちだなんて、油断なりませんねぇ」
「エ、エドワード様っ!」
宰相はエドワードが魔法を発動するよりも早く。服のうちに隠していた杖を、地面に突き刺したのだった。その杖によってなのか、魔法は発動せず。
むしろ、エドワードは何か大きな痛みが生じたのか――腕をおさえ、苦しんでいる。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「う…っ」
「おやおや、相当な魔法を打とうとしたのですねえ…ですが、残念なことに…ペティグリューの発明を…さらに発展し改良した石が反射したようですねえ」
「反射…?」
ずるずると腕をおさえながら、倒れていくエドワードを支えながら。ナタリーが訝しげに、眉をひそめて聞き返せば。
「ええ、便利でしょう?しかも、受けた魔法を倍にして返してくれるんです」
「そん、な…」
「おそらく、殿下は私を拘束する魔法を打とうとしたようですが…自分の身体を締め付ける結果になりましたねえ?」
ナタリーが宰相の言葉に触発されて、エドワードの腕を見れば。確かに何かで拘束されるように、圧迫されている様子が見えた。
急いで、ナタリーはエドワードに手をかざし。癒しの魔法をかけるものの、すぐには治らない。
(魔法がとけるまで、時間がかかるもののようだわ…)
拘束しようとしたのだから、長時間は締め付けようとしたはずで。その影響が、もろに出ていたのだ。腕の血流を止めんばかりの締め付けを腕から…胸の方にまで受けているようで、エドワードは息が絶え絶えになっていた。
「ふふ、こうして優雅に見ているのは楽しいですねえ」
「あなた…悪趣味ですのね」
「おほめいただき、ありがとうございます」
ナタリーが言い募っても、全く気にしていないようで。
「…すぐに、騎士や兵が来ますわ」
「おや、だから抵抗しても無意味…という説得ですか?」
宰相は眉をぴくりとあげたのち、口角をあげて――にたりと笑った。
「もう、騎士や兵は来ているんですよ」
「…え?」
「どうやら、優秀な殿下のおかげで…ここが分かったのでしょうが…反射をする石の力は遠くの入り口にも届きますからね…。杖の石を起動する前なら、ただ魔法を阻む扉だけでしたが…残念ですね~」
そう言ってから、ナタリーを促すように視線を上にあげた。ナタリーも集中して、上に意識を向ければ…確かに、衝撃音が少し聞こえてきている。
「ほぉ、物騒な音が少し聞こえるほど…攻撃をしている者が…まったく、自分の身をもっと大事にしてほしいですねえ」
宰相のおどけた声が耳に聞こえてくる。そんな彼を睨みながらも、ナタリーはどうすればいいのかを逡巡し始める。
(エドワード様は動けないわ…私が武力を出したところで…効くともおもえないし…)
全ての根源は、あの杖にはめ込まれている石だということはわかっている。いるのだが…打開策が思いつかず、周りをキョロキョロと見渡す。
そうすると。
(あれは――ヒビ、かしら)
宰相が刺した杖にはめ込まれた石に、小さくだがひび割れがおきていたのだ。先ほど発動したエドワードの魔法や外の攻撃が影響を与えているのだろうか。
それを見た瞬間、いくつかの出来事が頭をよぎる。剣舞祭で建物に、魔力を注いだこと。そして、ペティグリューの先祖は意思に魔力をこめていたこと。また宰相が「器が耐えきれないと壊れてしまう」という魔力の話をしたこと。
そこまで考えて、ナタリーはエドワードを横たえて。スッと立ち上がる。
「おや?座りつかれましたかなぁ?」
「……」
茶化してくる宰相を無視して、杖の方へしっかりと歩みを進める。すると、宰相は「しつこいですねえ。あなたも挑戦したいのですか?」と半ば嘲笑しながら、見つめてきた。
宰相はナタリーが自分の脅威にはならないと…高を括っているようで。壁にもたれながら、にやにやと笑うばかり。
そんな中でも、自分を落ち着かせるように。ナタリーは深く息を吸って、吐き出す。そして、目の前の杖――特に石へ手を近づける。
(魔法は反射するようだけど――魔力なら…っ!)
自分の魔力を石へ注ぎ込めば、特に弾かれているようには感じない。石にも特に変化は見られず――それを見た宰相が、「諦めも肝心ですよ?」と言ってくる。
そうした彼の声を耳に入れず、ナタリーはありったけの魔力をこの石に注ぎ始める。
「まったく…聞こえていないようですね…はあ、装置の準備完了が待ち遠しいですね…お、もうあと数分のようですよ…楽しみですねえ」
(急がないと―――っ!)
宰相はどうしてもナタリーを挫きたいのか、嫌なことばかりを言う。しかし、ここで諦めれば…それは様々な犠牲を容認することになる。
(お父様、お母様、ミーナ、国の人々…それに閣下の体質…)
犠牲を生みたくない、しかも聞きたいことだって山ほどあるのだ。ここで、終わるわけにはいかない。
「ううっ…お願い…!」
自分の全力を込めて、剣舞祭の時以上に魔力を石へ注ぎ込む。そうして力を込めれば、だんだん頭の中…そして手から白い光が漏れ出し始めた。
「なっ、そ、それは――」
宰相がぎょっとした声を漏らした瞬間――ピキピキと石が割れ始める音が響き。
――パキンッ
硬い金属を割った衝撃とともに、ナタリーが触れていた石は。ナタリーの手から離れるように、砕け散ったのだった。
「ふ、ふぅ…」
「そ、そんな…ペティグリューの石が…というか、お前のその光は――」
「これでもう、終わり…ですわよ…」
「ああ、長年の夢が…ああ…もう…」
宰相が肩を震わしたのち。打ちひしがれ、顔を下に向け――また顔を上げれば。
「終わるとおもいましたかぁ?」
「え――?」
「杖はあくまで反射をする力を付与しているだけ。入口は相変わらず、魔法を阻んでいるのをお忘れのようだ」
「そん、そんなこと…」
宰相の残忍な笑顔がそこにあった。茶化して余裕綽々な宰相を打ち負かすために――石の効力が無くなれば、どうにかなると思っていたのに。
(もうどうにも、ならない…なんて…)
剣舞祭と続けて、魔力の大半を思いっきり出した影響で――身体がふらつく。頭も酸欠状態のようで、うまく回らない。へなへなと身体を支えていた力が無くなり、地面に座り込んでしまう。
(でも、まだ…まだ…何か)
ない力を振り絞って、こちらを見てあざ笑う宰相に手を向けようと――少し動かしたその瞬間。
「さて――もうそろそろ、準備が――っ!?」
――ドゴオォォオオン
「…え?」
宰相が背を向けていた壁が――ド派手に吹き飛ぶ。そしてその衝撃を受けて、宰相も反対側へ吹き飛ばされてしまう。
圧倒的な力を出した…その方向に目を向ければ。
漆黒の鎧に、夜を想起する艶やかな髪――が今は、乱れていて。
瞳は宝石のルビーを思わせる…赤い輝きを放っている。
「ナタリー!大丈夫か!?」
必死に声をあげ、こちらにやってきた…その人物は。
――漆黒の騎士ユリウス・ファングレーだった。
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