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公爵家で見た時よりも、目の前の医者は少し若く見えた。白髪交じりの金髪、そして人の良さそうな目尻には皺が刻まれている。そんな彼の方へゆっくりと歩みを向けながら、入った扉を閉めた。


「ふむ…わしの知り合いでも、紹介でもなさそうじゃが…」

「…ええ、お初にお目にかかります。ナタリー・ペティグリューと申します」

「おや、ペティグリュー家…貴族の方とは…」


この時代でお医者様と出会うのは、“はじめまして”になる。その当たり前に、少し寂しさを感じながらも…未来と変わっていない彼の雰囲気に懐かしさを持つ。


公爵家専属の医者でありながら、住まいは敵国と同盟国とペティグリュー家領地の境界…国同士の牽制によって中立が成り立つ僻地に置き、不自由な人々の診療を行なっているのだ。彼自身、実は貴族だった。


しかし身分を捨てーーこうした医者になったという思い出を…公爵家にいたナタリーを問診する際に話してくれた。


「…身分など、お気になさらないで下さいませ。気軽にナタリーと」

「ほっほっほ…ここまで、わしに気を遣って下さるとは…何か口止めでもされそうじゃのぅ…これは冗談じゃがね、ほっほっ」

「ふふ、決して口止めなんて意図はございませんわ」

「そうか…ではお言葉に甘えて…ナタリー嬢は、どんな目的でここへ?」


話口調は柔らかいが、視線には鋭さがあった。そこに含まれるのは、疑問と見定め。ナタリーは軽く握り拳をつくり、意を決して口を開く。


「…涙露草(なみだつゆくさ)を求めていらっしゃると伺いました」

「ほう…?」

「その草を支援致しますので、それでお作りになった薬を頂けませんでしょうか」


お医者様の視線が先程よりも鋭くなった。それもそうだろう、未来で聞いた話をもとに提案したのだから。


公爵家に嫁いでから数年後、彼が涙露草を用いて、黒点病を治療する薬を作った。マイナーな薬草のため、流通があまりなく入手が困難で遅れてしまったと…お医者様から聞いた時、歯がゆい思いをしたことをずっと覚えている。


もっと早ければ、お母様を救えたかもだなんてーー。


しかもその涙露草、ペティグリュー家が所有する山に群生してるのだ。幼い頃、両親と山の麓の景色を見に行った際、目に入った…白く小さな花がそれだった。


(こんなに身近にあったもので、お母様が救えたことに…いいえ、未来のことはもう仕方なかったのだわ)


ナタリーの提案から、一向に口を開かないお医者様に、お腹が痛んでくる。もし彼が、私の言葉に頷かなかったら…優しい彼を知っていたナタリーは、大丈夫だと思って嘘や言い訳をつかず話をしてしまった。


でもよく考えたら、いきなりすぎたかもしれない。


(…どうしましょう)


ナタリーが暗く、俯きそうになったその瞬間。


「ほっほ…そんなに泣きそうな顔をしなさんな…わしが怖い顔をしてしもうて…すまんのぅ」

「…いえ、私こそ…戸惑わせてしまって…」

「そうじゃのぅ…確かに、どうしてわしがその草を欲しがっていることを知っているのか…疑問はあった」


ナタリーが俯きそうな顔をあげて、医者を見れば…そこにはいつもの優しい彼の顔があり。


「でも、ナタリー嬢がわしを陥れようなんて思えんからのぅ…あくまでわしの勘ってやつじゃがね」

「……」

「…きっと、知ってる訳を知りたいと言ってもナタリー嬢を困らせてしまいそうだからのぅ。支援は願ってもないことじゃ、ぜひお願いしたい」

「…お医者様、本当にありがとうございます」

「ほっほっ、美人さんを泣かせてしまうなんて、わしの信義に反するからのぅ」


(…本当によかった)


一時は暗雲が立ち込めていたが、彼の笑顔とお願いを聞き、ナタリーはようやくほっと息をつくことができた。


「ああ、そう言えば…わしの名を言うておらんかったな、失敬。わしはフランツと言う。ただのフランツじゃ」

「…フランツ様、このご恩忘れませんわ」

「おや、様なんてこそばゆいのう…まだ恩は出しとらんよ。ナタリー嬢のため、薬を作らないといけないのう…」


お医者様…もといフランツの言葉は、ナタリーの心を確かに明るく照らしてくれる。彼の受諾をもらったので、草を手配するために動こう。


「聞くまでもないと思うが…ナタリー嬢は黒点病に効く薬がほしいで、合ってるかのぅ」

「はい、そうです…お母様の治療に」

「なるほどのぅ、自分ではなくご家族の方であったか…」


実は黒点病は、薬でしか治らない。ペティグリュー家の癒しの魔法が、身内に効かないからというわけでもなく。原因が魔力の詰まりのため、体内の免疫でしか治らないのが特徴なのだ。


「フランツ…なにやら、騒がしいようですが…」


フランツと今後の話を進めている中…突然、彼の背後にあるカーテンがシャッと素早く開けられた。そして、聞き馴染みのない声と共に。


「ほっほっほっ、起きられましたか。エドワード様」

「…ああ、ゆっくり寝られましたけど、どこかのご老人の笑い声が耳に…おっと、お客様がいらしたのですね。レディ、失礼しました」

「い、いえ」


その男性をしっかりと見たナタリーは目を大きく見開く。なぜなら。


(どうして、第二王子がここにいるの!?)


燃え上がるような赤い髪が、猫の癖っ毛のようにふわふわと肩上までありーー新緑の瞳を持つ、背の高い美丈夫。


彼こそ、ナタリーの国で王位継承権を二番目に持つーーエドワード・フリックシュタイン王子なのだから。


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