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「なんだ?」

「その…信じられないかもしれませんが、この会場内の魔法を無効化することができるかもしれません…あの地下遺跡の石と同じように」

「…それ、は」


ユリウスが目を大きく見開き。ナタリーに驚きの感情を向けていることがわかった。しかしそれも一瞬で、すぐにいつもの眼差しに戻り。


「もしそれができるのなら、被害は出ないが――ご令嬢の身体に支障は…?」

「私は特に問題ありません。…が…その、周りの目が…」


きっと相当な魔力を使うことになりそうだが――永続した効果ではなく、一時的な無効化なら無理はないはずだ。しかし、不安がよぎるのは…魔力をたくさん出そうとすると光が出てしまうことだ。


(もし光が出たら…)


不安は、自分だけでなく家族にまで迷惑をかけてしまうのではないか。それは、王家からくる圧力といった――。


(いえ、でも…このままでは、閣下が助けに行っても万全とはいいがたいのだから…)


すくむ気持ちがどんどん膨れていって――気づけば、ナタリーは足元を見ながら…うつむいていた。そんな時、ふわっと何かの布がすっぽりと身体を覆った。思わず、見上げれば…ユリウスが、真面目な顔をして。


「気分を害させてしまったのなら…すまない。ただ、俺の外套があれば…ご令嬢を隠せるだろうと思って…」

「……え?」

「それと…衆目が気になるのなら。ご令嬢の力を信じて、俺があの場へ…ド派手に飛び込もう…そうすれば、気づく者など現れるまい」

「それは…」

「ご令嬢がしたいのにできない意図を感じて、言ったのだが…ど、どうだろうか?」


しゅんとした犬耳が、彼の頭に見えた…そんな気がして――ナタリーは思わず。


「…ふふっ」


あたふたとするユリウスは、いつもより数段と幼く見えて。そのギャップに、思わず笑ってしまった。そして、ナタリーの心にも変化が訪れ。


「なんだか、ふっきれた気がしますわ」

「そ、そうか…?よ、よかった…のか…?」

「ええ」


そうしてナタリーは、席の前にある手すりに身体を向ける。近くにいる両親をはじめとした観客は、みな試合に夢中な状況で。


「合図を出します…その瞬間、この会場に魔法の被害は及びませんわ」

「わかった」


ナタリーからそう告げられたユリウスは、こくりと頷き。周りから見て不自然にならない範囲で、構え始めた。


スーッと息を吸い。ユリウスに巻かれた外套に身を包みながら。ナタリーは、手すり――試合の建物に手をかざした。


集中をして、元義母に立ち向かった時の記憶を思い出す。あの時と同じように、そしてあの時の魔力をこの会場全体に行きわたらせるように。


身体が熱を帯びる感覚があった。そして同時に、自分の中で膨れ上がった魔力と――あの光が助けてくれるようなイメージが頭をよぎり。自身の手が少し、発光したところで。


「閣下っ、今です…!」

「承知した」


準備をしていたユリウスが、身を乗り出し――大きく上空へ跳躍する。お父様が、驚いたように「えっ、こ、公爵様っ!?」と大きな声が聞こえたその瞬間。


ユリウスは、風を斬るように剣を上空で振りかざす。それによって、天高く大きな風の音が響き――会場にいる観客が一斉にユリウスを見た。


「はっ」


注目を一身に浴びながら、掛け声を上げた彼はそのまま。猛スピードで、会場の中心へ向かう。またナタリーの手からも、溢れんばかりの光が生まれ――外套から微かに漏れている中。一瞬でけりをつけるように、ユリウスはエドワードと視線を合わせたのち。


地面に着地をして、エドワードの対戦相手が持つ剣をすぐさま弾いてしまう。周りが驚く暇もなく。歪な剣をユリウスがそらすことによって、魔法がぶつかり合った衝撃なのか。


「お、おい…変な剣から風が…!」

「なんで魔法がっ!?」

「キャアアア!」


周囲の悲鳴と共に、怪物の唸り声に似た大きな地響きが鳴る。そして剣を巻き上げるように、天高く渦巻く竜巻が会場に衝突した…が。


(良かった…!)


ナタリーの魔法が会場にきちんと行きわたったことにより。大きな竜巻によって、建物が壊れることはなかったのだ。竜巻にのまれそうになった観客は、自身が無事なことに頭が追い付いていないのか。ポカーンとしている一方、ユリウスとエドワードは。


「ご無事そうで…殿下」

「ふっ、遅いじゃないか…公爵」


不敵な笑みを浮かべあって、話しているのが分かった。こころなしか、エドワードは息を切らしていているようにも思える。


「そ、そん…な」


エドワードの対戦相手は膝から崩れ落ち、呻いているようだった。周りに魔法の被害は、これで出ない様子がわかり。ナタリーは人知れず…会場にかけていた魔法を解く。


そして会場では、ユリウスが試合に介入したことで観客に混乱が起きていた。会場から疑問の視線が降り注ぐ中、いち早くエドワードが立ち上がり。


「対戦相手の不正があった」


そう素早く宣言したのち。


「この剣に膨大な魔法がかかっていて――あわや大惨事となるところを…漆黒の騎士殿が助けてくれたのだ…公爵よ、感謝する」

「いえ…」


ユリウスは、自分のおかげといった誇らしげな顔はせず。むしろナタリーを気遣うように…視線を送ってきたが。ナタリーは、気にしないようにと手を軽く振って反応を返した。


(エドワード様も、閣下も無事で本当に良かったわ)


ホッと安心を覚えていれば。


「く、くそっ。この剣はバレないって、言われていたのに…」

「ほぅ…それは気になるね。じっくり、後で聞かせてもらおう…騎士よっ!この者を捕らえよっ!」

「ひ、ひぃ…」


エドワードの対戦相手は、悔しそうに声を漏らし…そのまま、王城の騎士たちによって。連行されていく様子が見えた。そして、観客が一連の騒動を見守る中。


「…えっ!」


ナタリーが思わず声を上げ、目を大きく見開けば。その視線の先に、身体をふらつかせ倒れそうになるユリウスが映ったのであった――。


◆◇◆


ユリウスが試合会場の床に倒れこみそうな一歩手前。


「おや、大丈夫かい?」

「く…す、すまない」

「ふっ、いいさ」


その寸前で、ユリウスの身体をエドワードが支えてくれていたのだった。ナタリーは、一瞬ヒヤリとしたものの。どうにか体勢を立て直して、話し合う二人の姿に胸をなでおろした。


(あんな動きをしたら…疲労が生まれて当然だわ)


ナタリーが見守る中。ユリウスは少しの間、エドワードに支えられたのち――すぐに姿勢を正して立っている様子が見えた。そして、エドワードもまた服の皺を伸ばしたと思えば。


「民よ。此度はアクシデントが起き――心配をかけさせてしまい…申し訳ない」


そう会場に、声を響かせた。また続けて。


「このような問題にいち早く対応してくれた…漆黒の騎士・ユリウス公爵を此度の功労者として。剣舞祭での栄誉を受けるにふさわしいと思うのだが…どうだろうか?」

「お、おい…」


ユリウスが焦りを浮かべ、エドワードに声をかけるも。その声を制すように、会場から小さくパチパチと拍手が生まれはじめ――そのまま、拍手は大きな音へと変化する。観客が皆、エドワードの声に賛同するように拍手をしていたのだった。


そして、拍手の音の中には。


「殿下と公爵様っ!ありがとうございますっ!」

「お二人に栄光が輝かんことを…!」


そう二人を称える声が観客から出され。ナタリーもまた、二人の行動を祝福するように拍手をしていた。


「ほら、公爵よ…民からの賛辞は素直に受け止めねば、ね?」

「く…だが、殿下を称える声も聞こえるようだが…?」

「おや…、嬉しいね…ふふ」


そうした二人の軽いやり取りがなされた後。試合を観戦していたエドワードの父・現国王が声をあげた。


「魔法の衝撃によって…試合会場の整備が必要なようだ…ゆえに此度の剣舞祭の続行は不可能である」


厳かな陛下の声が響き渡れば、会場はシーンと静まり返り。


「しかし、不測の事態にも対応してくれた…わが息子と公爵に栄誉を与えようと思う。のちほど、要望を聞こう…ふむ…せっかくわしも楽しみにしていたのだが…二人はどうだ?」

「ええ、本当に…僕としても不完全燃焼ですね」

「あ、ああ…」

「そうか…それなら。来年も二人は参加してくれるのだろう?」


そうお茶目に陛下が、エドワードとユリウスにウィンクを送ったかと思うと。二人は顔を見合わせて、不敵に笑い。


「ふふっ、だそうですが…公爵殿は、どうお考えで?」

「ふっ、愚問だな…殿下が逃げ出さぬことを祈ろう」


二人の間に火花が散った様子がわかり、会場内でも「来年も二人の姿が見える」ことに大きな歓声がわき上がった。そうして、今年の剣舞祭はエドワードとユリウスが受賞することで幕を閉じることになった。


「来年もまた…見たいのぅ…」


試合会場から少し離れた場所で、フランツがそう呟く。そして、ユリウスの翳りがある顔に――誰も気づかぬままだった。



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