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迎えた剣舞祭、当日。


「ナ、ナタリーッ、人がたくさんだから…気を付け…」

「まあ、あなたったら。はしゃいじゃって…」

「お父様…」


ペティグリューの馬車に乗って、会場へ向かえば…たくさんの人でごった返していた。それほどまでに、国民がこの祭事を楽しみにしている証拠なのだろう。


お父様は、会場のエスコートをしようとして。張り切ったものの、人の流れに押されてしまいそうになる始末で。急いでミーナが、お父様を引っ張りだし。エドワードから、伝えられていた会場のスペースへと足を運ぶのであった。


◆◇◆


会場は天井がなく。コロシアムを思わせる…大競技場の空間だった。そして、外部にも魔法で映像が映し出されているようで、今回の剣舞祭が大々的に行われる雰囲気が感じ取れた。


王城の使用人の案内のもとに。招待された貴族は、区切られた席があるようで。そこに向かうことになった。観劇と同じソファや机などが完備されていて――不自由はなさそうだ。


隣の席とは、薄いカーテンで仕切られていることが分かる。そんなふうに、設備に目を通していれば。


「ま、まあっ。月の公爵様だわっ」

「…はぁ、いつ見てもステキね」


他にも到着していた貴族令嬢の黄色い声が響く。その声の方向に目をやれば、あの会合ぶりに見る――ユリウスの姿があって。今日もまた、黒い装いをしていた。


そして彼は案内され、歩き。そのまま――。


「あっ、ああ。ご令嬢、久しぶり、だな」

「閣下、お久しぶりでございます。もしかして――」


ペティグリュー家の隣のスペースに案内されていた。ナタリーの視線に気が付いたユリウスは「隣の…席のようだな」と少し上ずった声を出していて。


「あら~!まあ!公爵様、ご機嫌麗しく…!」

「ぐ、ぬぬぬ」

「ほら、あなたも。威嚇しないのっ!」

「うっ、公爵様。遺跡の件ではお世話になり…」

「い、いえ…」


歯ぎしりをするお父様を、お母様が窘める。ユリウスは、そんなお父様の姿に困惑を浮かべながらも。挨拶をしていた。そして、切り出すように…お母様が。


「公爵様、本日は出場されますのよね?」

「あ、ああ」

「時間までは、ここで観戦を…?」

「そうなるな…控室もあるにはあるのだが。医者を待機させてるので…俺はここに」


その言葉を聞いて、ナタリーは。「フランツ様がいらっしゃるのですか?」とユリウスに質問すれば。彼は、こくりと頷いて――肯定を表す。


「あら…!そうでしたのね。でしたら…公爵様」

「…ん?」

「これも何かの縁ですもの…。お嫌でなければ、一緒に観戦しませんか?」

「エ!?き、きみ…」

「お、お母様っ!?」


お母様はまるで名案を思い付いたとばかりに、笑顔でユリウスに提案していた。その提案に、ナタリーもお父様も度肝を抜かれてしまう。


なにより。そんな提案に驚いたのはユリウスも同じようで。時が止まったかと言わんばかりに、固まっていた。どうしてそんな提案をしたのか、思わずお母様を見つめたら。どこか、悲しさを湛えた表情をしていて。


(お母様…いったい何を――)


お母様が見つめる先には、ユリウスの家の使用人であろう執事が一人だけいたのだ。それはつまり、ユリウスが一緒に連れてきたのが…この執事だけということになっていて。


元義母は現在、囚われの身。マルクは騎士団にいるため来られないことは、想像できる――が。


(お母様は…寂しく思ったのかもしれないわね)


祭事や楽しいことは、家族で共有するのが常となっている…ペティグリュー家。どこの貴族も、そんな常識ばかりではないにしろ。家に滞在したことのあるユリウスを見て、せっかくなら一緒に観戦したいと。


楽しい時間を共有したいと思ったのかもしれない。お母様の思いを知ったナタリーは、わなわなと震えているお父様を置いて。口を開く。


「閣下、よければ…私も、お願いしたいのですが。いかがでしょう…?」

「……っ!え、ぁ」

「ナッ、ナタリィー!?」

「あら、娘もこう言ってますので、ね?」


ナタリーから声がかかるのが…そんなに予想外だったのか。さらにユリウスは、カチコチに身体を緊張させているように感じたが。お母様のペースに呑まれてしまった部分もあり。


「そ、それでは。言葉に甘えよう…」


そう言って。ペティグリュー家とファングレー家を仕切っていたカーテンが、開かれることになったのだった。また使用人の働きもあって、座るソファの位置も近くなっていて。


「ハ、ハハ…公爵様。ぜひお話を…したいと思っていたのですよ…」

「そ、そうなのか…」

「やはり、男同士として…ええ、やはりです」

「ほ、ほぅ?」


お父様が、我先にと。ユリウスの隣を占領し。お母様が、「あら…とても、喜んでいるわね」とほほ笑んでいる。


(よ、喜んでいるのかしら…?)


あまりの積極さに、ユリウスは引いているのではないのだろうか。なにより、お父様は…まるでけん制しているような。


(でも…男同士の友情ってこうなのかもしれないわよね…)


そんな様子を見て、少しの違和感を持ちつつも。ナタリーはやっぱり、お父様の甲斐あって――ズレた感想を持つのであった。


そして着席したのと同時に、ラッパのファンファーレが鳴り響く。


「あら、始まるみたいね」


お母様の声と共に。王族のために造られた――会場のひと際上にある場所から。エドワードの父――国王が登場し、「ここに剣舞祭の開催を、宣言する」と堂々と声を出した。


その瞬間、会場のボルテージは高まり。貴族、平民といった区別なく。会場は歓声が響き渡ったのであった。


(あら…?)


そんな歓声に包まれている中。国王の隣に控えるエドワードと目が合った気がして。そのまま、ウィンクをされたような。


「きゃあ…!殿下と目が合っちゃったわ」

「違うわよっ!私よっ!」


別の席から聞こえた令嬢たちの声に。ハッとなる。


(そ、そうよ。私とは限らないもの…勘違いしちゃっていたわ)


自分を叱咤するように。また、試合を集中して見られるように。ナタリーは、開始された剣舞祭に視線を戻していくのであった。


◆◇◆


剣舞祭は、剣の腕に自信のあるつわものが集まってくる。参加の仕方は、推薦であったり。評判からであったり。はたまた、都市によって独自に開催されている大会の優勝者だったりするのだ。


――ガキンッ


そう、鋭い斬撃を繰り出し合う様に。どの試合も、目が離せなくなってしまう。なにより、怪我をしないかハラハラしてしまうというか。


「ふむ、あの者…筋がいい」

「確かに…わが領に来てくれないものだろうか」


そんなナタリーの心配をよそに。ユリウスとお父様は、最初はギスギスしていたのが――気づけば、試合に熱中していて。なんだかんだ…お互いに感想を言いあい、楽しんでいる様子だった。


そうして二人が褒めていた方に、勝ちが決まり。他の席からは、応援や励ましといった温かい歓声が響き渡っていた。その熱も、冷めやらぬまま。また一段と歓声が強くなったかと思うと。


「エドワード殿下―――ッ!」


周りからは、次の出場者の名前が叫ばれている。そして、言われていた通りに。燃えるような赤い髪と新緑の瞳を兼ね揃えた。端正な顔立ちのエドワードが、剣を片手に優雅に登場してきたのであった。


歓声を受けたエドワードは、周りにひらひらと手を振って応える。それくらい余裕な雰囲気が生まれていて。一方のエドワードの対戦相手も、そんなオーラに立ち向かうように。


気合十分といった様子だった。


「…殿下と言えども、手加減しないぜ?」

「ええ、かまわない。君の本気で来てくれ」


エドワードがそのように返すと…相手もまた、闘志に火が付いたようで。大ぶりの剣を取り出して、エドワードに構えていく。


二人が場に着いたところで。試合開始のラッパが響き――。


「ふっ、座ってばかりの王子様に、俺の剣が受け止められるかっ」


開始音と同時に、先手必勝とばかりに。大柄な男が、大剣をエドワードに振り下ろしにかかる。


(だ、大丈夫かしらっ)


会合では、余裕な笑みを浮かべていたが。エドワードには、剣よりも魔法が得意なイメージがあったので。やっぱり怪我をしてしまうのではないのか――と思わず目をつむりそうになった。その瞬間。


「え…?」

「ふん…言い張るだけの実力は、あるようだな」


ナタリーが驚きの声を出す中。ユリウスが淡々と感想を述べた。なぜなら、大きく振りかぶった剣に対して。魔法を用いずに一回り小さい剣で受け止め、はじき返したのと同時に。


男が体勢を崩したのを見逃さず。エドワードは、そのまま猛威の身体スピードで…相手の首手前に剣を突き付けていたのだ。


あまりに華麗すぎる技に、相手も驚きが隠せず。そのまま剣を手放して、ぺたんと座り込んでしまった。そして響くのは、会場を揺らすほどの大歓声で。


「我が国の太陽に栄光あれ―――!」


ものの数秒で、勝敗が決し。笑顔のエドワードが周りの歓声に再び応えていた。その様子に、ナタリーはエドワードが魔法だけではなく、本当に剣の腕前が強いのだと認識を改めた。


「俺も心して、挑もう…では、失礼する」

「あ…!いってらっしゃいませ」


ユリウスが真剣な声色で、ソファから立ち上がり。彼もまた試合のため、エドワードがいた場所へと向かっていった。


「ううむ…殿下がこれほどとは…」

「お父様も初めて知ったのですね?」

「あ、ああ。すさまじい剣さばきだった…うーん、このまま行くと…」


ナタリーがお父様の方を振り向き。父の言葉に耳を傾けると。


「優勝決定戦は――殿下と、公爵様になるかもしれない…な」


そう、呟いたのであった。



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