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剣舞祭の盛り上がりは、日にちが近づくにつれて。大いに、賑わっていった。開催地の王都だけでなく、ナタリーがいるペティグリュー領の住民ですら。
外に出歩けば…あちこちで。「太陽と月はどちらが強いのだろうか」といった話題で、もちきりになっていたのだ。この勢いでいくと、間違いなく――歴史上でも、一番の賑わいが生まれるだろうなとナタリーは思った。
また、そんな楽しい記事の一方。新聞の片隅には、相変わらず「不審人物」の目撃が絶えず続いているらしく。そのことに、不安を感じながらも。
ナタリーは開催日まで、剣舞祭を楽しみしている両親と共に――過ごしていたのだった。
◆◇◆
ペティグリュー家も総出で、祭りへ向かう準備の中。
開催日が明日に迫った頃だった。自室で、少し休憩している最中に。廊下から、ノック音が聞こえてきたのだ。
「ナタリー。いるかい?」
「あら、お父様…!どうぞ…!」
お父様の声が聞こえて返事をすれば。そのまま、お父様は部屋の扉を開き。ゆったりとした足取りでこちらへ向かってきたのだった。
お父様は、剣舞祭に向かう準備と共に。相変わらず、ペティグリュー家の遺跡調査の協力もしていて。父の体調を気遣いながら、ナタリーは対面の空いているソファに案内する。
そして、お父様がソファに腰かけたのを見て。ナタリーは伺うように声をかけた。
「お父様、お疲れではないですか…?」
「大丈夫だよ…むしろ、明日久々に――みんなで出かけられるからね」
ナタリーの声に、嬉しそうな返事をしたのち。お父様は、「明日が楽しみ過ぎて、眠れなくなってしまったら…どうしようかな」なんて、冗談めいたことも言った。
「ふふ、お父様が言うと…本当に聞こえますね」
「おや?父さんは、いつでも本気――いや、じょ、冗談だよ。そんな母さんと似た視線…うっ、胸が」
本当に眠らずに…徹夜をしそうな父の反応に。疑問の視線を向ければ。予想以上のダメージが入ったようだった。ナタリーの視線に、過剰な反応を見せつつも。お父様は、一息をついてから。
「話は変わるんだが…ずっと、父さんは遺跡に行っていただろう?」
「え、ええ。そうですね」
「殿下から派遣された者と共に――資料とかを読んでな…その」
「…何か、わかりましたの…?」
歯切れが悪そうなお父様は、少し下を向いたのち。ゆっくりと顔を上げて、ナタリーと視線を交わす。その表情には、どこか暗い影があって。
「どうやらな…我々のご先祖は――魔法で攻撃ができない代わりに…。兵器であったり、相手の魔力をはじく魔法の習得に力を入れていたようだ」
「…ま、まあ」
ペティグリュー家は、癒しの魔法ができるイメージが先行していて。攻撃といった部分は、魔法以外の武芸に頼っているため。武力面では、期待されていない家なのだ。
癒しの魔法と環境を保護する魔法――あくまで、人体に害を及ぼさない魔法を得意とする。
しかしご先祖は、そうした部分を乗り越えて。さらなる発展を目指していたのかもしれない。それなら、喜ばしいことなのではないか…とお父様を見ながら。
「つまり、国に貢献していたってことなのでしょうか…?」
「う、ううむ…それがな」
「…?」
「結果としては…手放したそうだ」
「え…?」
大きく目を見開いて。思わず驚きの声をあげてしまう。発展の可能性をあきらめるなんて、どうして――と。そんな疑問を持ってしまったから。その疑問は、お父様も感じていたようで、続けて。
「父さんもな、おかしいと思って――先祖の意図を読み解いていったら…分かったことなんだが。つまりは…過ぎる力は…消されてしまう、とのことらしい」
「それは――」
「ああ、きっと…“国に”だろう。そこは濁して書かれていたが、見当はついたよ」
お父様が言うには。先祖が書き残した資料から。ペティグリュー家とは別に、発展を公にした家があったようだが。まるで見せしめの様に、力をはく奪されて。
そのまま王家が管理していった顛末が書かれていたのだとか。
そんな惨状を見たご先祖様は、遺跡の地下に隠すように――すべてを封印して。そして、身につき始めていた魔法すら。その魔力を石柱に注ぎ込んで、遺伝しないように。葬り去ってしまったということだった。
それなら、ナタリーのあの力は――。お父様と、視線が合う。お父様は、気まずそうな顔をしながら。
「ナタリーの光や魔力を消す――といったものは、もしかしたら。隔世遺伝…先祖返りなのかもしれない」
「先祖返り…?」
「ああ…それと。なにより…現在もあるなんて――王家に知られていない力だ」
「………っ」
「王家、その側近など…だな。そこに見つかってしまうと…」
そう言ってから。お父様は、悲しそうに眉をひそめて。「どうなってしまうのか…父さんも分からないんだ」と、苦しそうに話した。
「ナタリーの話を聞くに…公爵様の母君にしか見られていない、で合っているか?」
「は、はい」
「うむ…彼女は、罪人として宰相に関する証言は聞き取られるだろうが。ペティグリュー家の話をしても。妄言として取られる可能性が高い…」
そして、「公爵様の母君にしか見られていない…というのは。幸いだった」とナタリーに優しく言う。そのまま、お父様は自身にも言い聞かせるように。
「あの光に関しては、あくまで父さんの見立てで――先祖返りと言ったが。資料にも載っていなかったことだから。公表しなければ、大事はないだろうと…思っているんだ」
「お父様…」
「父さんは…ナタリーが嫌な目に遭うことは。耐えられないんだ…どうか、バレないように…」
きっとお父様にとっても。隠し事を続けていく事態に、胸を痛めているのだろう。そんな様子を見て、ナタリーは決断したように口を開いた。
「…わかりました」
「ナタリー…」
「私も、ペティグリューにとって。辛いことに…繋がってほしくありませんもの」
ナタリーの言葉を聞いたお父様は。そのことで、ほっとしたように肩から力が抜け。「ありがとう…それと不安に思わせてしまって…すまないな」と言葉を紡ぐ。
「お父様、謝る必要はありませんわ…むしろ、ちゃんとお話をしてくださって、私…嬉しいんですの」
「ナ、ナタリー…」
お父様は、えずき始めたかと思うと。「ううっ。こんな、立派に成長してくれるなんて…嬉しいけど…もっと甘えてくれたって…」とブツブツ言いだして。
「ほ、ほほ…」
「ううっ、いつでも父さんの胸はあいているからな…!」
いつもの調子に戻ったお父様に、愛想笑いを浮かべながら。ナタリーは、お父様との会話のおかげで、魔法の危険性を知った気がした。だからこそ、今後――魔法を使うときは用心しなければ…と思いつつ。
現在は目の前の、泣き虫なお父様をあやすことに注力するのだが――結局、お父様の喚き声を聞いたお母様によって。お父様は回収されていき。
明日の剣舞祭に向けて、ナタリーは眠りにつくのであった――。
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