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「…殿下は、冗談がお好きなようだ」
「そうかい?僕は至って真面目だけれどね」
ユリウスとエドワードが会話をする中。ナタリーはエドワードが言ったことで…頭がいっぱいになる。
(殿下が、剣舞祭に…大会に出るなんて聞いたこともないわ)
王族はあくまで、褒賞を与える側で。参加者と共に舞台に立つなんて…ナタリーの知る歴史の中で聞いたことがない。それくらい前代未聞なことなのだ。
別に王族が出場禁止ってわけではないが…。エドワードの意図を理解しようと、彼を窺い見れば。
「おや?ナタリーは、僕の腕前が心配なのかい?」
「い、いえ」
「ふふっ。なぜ出場するのかってところだよね」
ナタリーの疑問をしっかりと汲み取り。エドワードは余裕そうに笑みを浮かべて。「つまりは…公爵と僕が出ることで。間違いなく注目が集まるだろう?」と話した。
「その注目で、より多くの人を呼びたいんだ。もちろん検問も強化しよう」
「なるほど…」
「あと一週間ほどあるからね。間違いなく、国の魔力量は剣舞祭に集中する」
目をぱちぱちと開くナタリーに、明るく。エドワードは、「こうすれば、宰相の居場所が見つからないってことはまず…ないと思うんだ」と言った。
「しかも、彼は騎士から逃げているからね…対抗力もさほどないのだろう」
「つ、つまり…」
「うん。もし見つかって、囲まれたら…ひとたまりもないんじゃないかな」
そしてエドワードは、静かに話を聞くユリウスに。「だから、出てきたところを叩き潰すのは…無理な話ではないだろう?」と語り掛ける。
「ただ、宰相は…出てこられないだろうけどね」
「え…?」
「王族直属の家臣たちは…魔力を王城に登録しているんだ。王都内を自由に…僕が作った魔法陣で移動可能にするためにね。それのおかげで、王都内であれば…居場所が丸わかりなのさ」
彼は得意げに「宰相の場合、登録は残っているけど…魔法陣は使えないっていう状態だから。検知器具に引っかかるリスクしかないここに、わざわざ来ないだろうね」と言った。
その後、ナタリーのキョトンとした顔を見ると。エドワードは、続けて。
「あ、言ってなかったね…ふふっ。そういう便利な仕組みを…幼い頃、作っていたんだ」と。「宰相から褒められて、乗せられるがまま作ったんだけど…まさか、こういう形で役に立つなんてね」と説明してくれる。
エドワードの話を聞いて。そもそも、彼と共に何度も瞬間移動しているナタリーとしては。エドワードの才能が、優れた発明を実現させたのだろうと感じた。
アクセサリーを媒体に魔法ができるほどゆえに…宰相としても、うかつにエドワードに近づきたくはないのだろう。
やはりそうなると、宰相の居場所特定を急いだほうがいい。という考えに行きついた。
「そういうわけで、漆黒の騎士である…公爵に来てもらいたいんだが。どうかな?」
「………」
「あ~僕に負けるのが怖いのなら…。参加しなくてもいいよ?」
「なに…?」
ユリウスの眉がエドワードの言葉に反応して。ピクッと動いた。その反応を煽るように。エドワードは、嬉しそうに話しながら。「あ」と声を出して、ナタリーを見つめる。
「そういえば。ナタリーにお願いしたいことを言ってなかったね…」
「え?え、ええ。そうですわね…?」
ナタリーはエドワードの目と視線が合い。彼が、本当に楽しみながら話していることに気が付く。そして。
「ナタリーには…僕が優勝した暁に。祝福をしてほしいんだ…だめだろうか?」
「えっ」
「そうだな…ディナーを一緒に食べるのなんてどうだい?」
余裕そうな笑顔から一変して。弟のような、子犬の顔つきになる。端正な顔で、すがるように見つめ。「僕のやる気のための…わがままなんだけど…」と、そう言われれば。
ナタリーの中で、否定の言葉を出し辛くなる。なにより。
(お祝いをして、ディナーを一緒に食べるくらいなら…難しくはないけれども。本当にそれだけで…?)
たしかに、エドワードに褒賞はいらないだろう。しかし、ナタリーの祝福がそんなに価値があるのか…そう、疑問を抱きつつも。
「ささやかな貢献しかできませんが…それで、やる気に繋がるのなら…」
「ありがとう。ふふ…とても、嬉しいよ」
「よ、よかったですわ…」
「いや~もし、公爵が大会に参加するのなら…この祝福を巡って、勝負をしようと思っていたが…運よく、僕とディナーができそうだね」
「え、っと…」
「僕は、“フェア”だからね。独り占めしないように公爵に提案したが、無理なら仕方ない」
エドワードが何を言っているのか。ナタリーは先ほどと打って変わって、理解できなかった。だって、エドワードもそうだが…ユリウスがナタリーとのディナーに釣られたりなんて。
「俺も参加しよう」
「えっ、か、閣下…?」
「ご令嬢…祝福やディナーが、嫌だったら断ってくれて構わない」
「へ?い、いえ。別に…」
ナタリーが慌てて、そう返事をしていれば。エドワードは、面白そうに声を弾ませて…ユリウスに話しかけた。
「ふぅん?無理しなくていいんだよ?」
「ふっ、むしろ…殿下こそ、勝負を取り下げるのは今のうちだぞ」
二人が言葉を交わす中。ユリウスの出場にナタリーは驚いた。それは純粋に、本当に無理をしていないのだろうかという気持ちと。ユリウスが出場を決めた理由だ。
宰相を捕らえる計画の協力のためだろうか。もしくは…めったに戦うことができない。エドワードと剣を交えるチャンスに惹かれたのかもしれない。
(き、きっと、考えた結果の理由なのよね…)
自分とのディナーで決意をするなんて…まさかそんなこと。
「出場を決めてくれて…心から、嬉しく思うよ」
「ふん……」
「ああ、あと。副団長のマルク殿から、手紙を預かっていてね…“団長がいないだけで騎士団内の安らぎ…いや、メリハリが生まれるから。気兼ねなく行ってきてね!”だそうだ」
「……マルク」
「良い部下殿をもったようで?」
懐から紙を取り出し。満足げな笑顔のエドワードとは対照的に。苦虫を嚙み潰したようなユリウスは、「そうだな」と暗い返事をしていた。そんな会話の中ずっと、二人の視線は鋭く交わされていて。
(だ、大丈夫かしら…?)
剣舞祭で二人が怪我をしないようにと、ナタリーは祈るのであった――。
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