52
エドワードが、声をあげ。
両手を叩いたのと同時に。応接室内に、使用人が入ってきて――てきぱきと、ナタリーたちに席の案内や。飲み物の準備を始めていく姿が見えたのだった。
◆◇◆
「まあ、会合といっても…三人なんだけどね」
「……」
「ああ、公爵は遠くからご足労いただき…感謝します」
「…構いません」
三角を形成するように。各々、ソファに腰かけている状況だ。そんな中、エドワードとユリウスのやり取りに不安を覚える。
(こんなに…仲が悪かったかしら…?)
敬語をお互い使っているものの。どこかよそよそしく…エドワードには至っては。「まるで、お茶会のようだね…本当はナタリーと二人きりが良かったのだけど…」と。そう言って、さらに空気が冷えたような。
そして、エドワードはテーブルに置かれた紅茶を飲み。不敵な笑顔をつくりながら、口を開いた。
「…早速だけど。悪い報せと良い報せがあるんだ」
その言葉を聞き。ナタリーとユリウスの身体がこわばっていく。エドワードは、そんな二人を目にとめながら。「最後に気分よく終わりたいから…悪い報せを話すね」と告げる。ナタリーは、ごくりと息を呑みながら彼に注目していると。
「…宰相は行方不明になった」
「……え?」
ナタリーとユリウスが、エドワードの言葉を聞き。緊張の面持ちになった。そうした反応が来ることを、予想していたのか。エドワードは、特段驚きもせず。
「僕が言うのもだけど…優秀な“影”が、撒かれてしまったんだ」
「…それは」
「面目ないね…どうにも、宰相が使用できる魔法は。予想よりもはるかに…多いのかもしれない」
「……そう言いますが。それくらい、想定できたのでは?」
ナタリーが絶句している中。ユリウスは、エドワードに厳しい一言をかける。エドワードはユリウスの言葉に気分を害さず。逆に、「公爵は、お厳しいですね」と申し訳なさそうにしていた。
「確かに、国家転覆を目論むほどだ。宰相については、もっと対策を練るべきだった…が。問題は、彼が…魔法を遮断する道具を開発してしまったかもしれない点だ」
「…っ!」
ナタリーは、エドワードの発言にぞっと寒気を感じた。その道具を開発したということは、つまり。
「報告によれば。宰相が大きな杖を向けると…。“影”の魔法が一切効かなかったそうだ」
宰相もまた、あの遺跡にあった石柱の“厄介な効果”を手に入れた。そういうことで。エドワードは、自分の責任で取り逃がしたと言うが。あの効果は遺跡に行かなければ、分からない…当日知った事実だった。
対策しようにも、できなかったのだろう。しかも…あの遺跡の事件以降、宰相の魔力反応も途絶えてしまったようで。
ますます、宰相を捕らえることが“困難”になったということが分かった。なにより、悪い報せを聞けば聞くほど。この場の空気は、ずんと重くなっていて。
そんな中でも、エドワードが。「宰相の企みとして、不審者の情報が広まることで。国の不信感を煽りたいようでね」と、冷静な態度で説明する。
「いつまでも、不審者が捕まらず…むしろその情報に王族が振り回されるのは。民にとっても滑稽に、見えるだろうね」
「そ、そんな…」
ひと際、悲し気にうつむいたエドワードが見えて。大丈夫だろうかと、心配になれば。
今までの空気を断ち切るように。パンッと弾ける音が室内に響く。その音源は、エドワードの両手から出ていた。
「だからね、それも踏まえて。良い報せに移ろう!」
エドワードは先ほどの悲しい雰囲気から一変して。いつものように笑みを輝かせていた。
「おや?二人とも、そんなに驚いて…ふふっ。僕はそんな簡単に、諦めたりはしないよ」
「……ふん」
「良い報せには、宰相を捕まえるための布石もあるからね…。具体的に、二つ…君たちに話そうと思っているんだ」
「は、はい…!」
仲は悪いものの…ユリウスは、私情を挟まないように。真面目な顔をしていて。
ナタリーもまた、意気込んで。「良い報せ」を語ろうとしているエドワードの言葉に。注意深く耳を傾ける。すると彼は、「二人には協力してほしいって、部分もあるんだけどね…まあそれは、最後に」とウィンクをして。
「一つ目は…ペティグリューの石柱についてだ」
「……っ!」
「ナタリーも、気になっていたようだね?」
エドワードが言うように、知りたかった感情が顔に出ていたのだろう。その気持ちに応えるように、エドワードは続けて話し出す。
「研究者が、あの石の材質を調べたところ…どうやら魔法が全く効かないわけではないとのことでね」
「そう、なのですか…?」
驚きながら、ナタリーが問い返せば。エドワードはゆっくりと頷き。「どこから生まれたのか…その起源はまだ不明らしいが…。ただ、何度も何度も。石の耐久値を上回る魔法をかければ、壊せると結果が出たんだ」と嬉しそうに話した。
「そうだったのですね…!」
「うん。だから、あの時も。僕と公爵とで…何度も試してみれば良かったかもしれないね。結果論かもしれないけれど」
そして、少し残念そうな表情を見せつつも。エドワードは「でも、終わったことは仕方ないからね」と言って。「王城の研究室で、効率よく石を壊せるよう…随時研究しているから」と笑顔で語り掛けてきた。
「…優秀な研究者に、期待するとしよう」
「ふふっ。僕も尽力するからね」
不気味な宰相に対する策がある…そう聞くと。まだ、ぬか喜びはできないが。明るい気持ちにしてくれるのは確かだった。そんな雰囲気の中。
エドワードは、姿勢を正して。「彼は、実験だとか言っていたからね。国を揺るがすほどの…計画があるかもしれない」と、神妙な顔つきになる。
「だからね…彼に、時間を与えたくはないんだ」
「それは、そうですわね…」
「だが、いったいどうやって…」
ユリウスと一緒の疑問が浮かび。二人して、エドワードの顔をじっと見つめる。すると彼は、「良い報せ、二つ目だ」と、ゆっくり言葉を紡ぎ。その後、高らかに宣言した。
「剣舞祭を…開催するよ!」
「……え?」
「……」
宰相の計画を止めるために、調査の協力かと思ったら。エドワードの口から出てきた言葉に、肩透かしをくらった気持ちになってしまう。
(…剣舞祭って、確か。毎年…今頃に開催されているわよね)
「剣舞」という文字通り。このお祭りは、剣を使って催される。いわば、武力自慢のような。国随一の剣技を競う大会で…盛り上がる祭りなのだ。魔法は使用禁止の大会で、一対一の試合の優勝者には。賞金が贈呈される。
「おや、なぜって顔をしてるね?」
「そ、それは…」
「その疑問は、分からないでもないよ。今この時期に、開く意義はどこに。とそう、思うだろうからね」
エドワードは、そう言いつつも。全く、言葉に乱れがなく。「もちろん、この大会を開くのには。宰相を恐れる故に、国を委縮させたくない意図もあるけど」と前置きを話し。
「彼がどこにいるのか、まだ不明だけど…“影”から。そう遠くまで、逃げられないと…思ってね」
「……それで?」
「ああ、だから。本当は、宰相の魔力を検知したいのに…。他の魔力反応だったり、あの石のことであったり。彼の魔力は検知しにくい状況だ」
「…ふむ」
つまり、エドワードが言うには。宰相は自国のどこかに潜んでいるということだった。そしてナタリーの遺跡然りだが。魔法を使う場所や施設は、国の中ともなれば…たくさんあって。意図せず“宰相の隠れ蓑”として、機能してしまっているかもしれない。
「剣舞祭は、毎年国内から。見物客が殺到するからね…雑多な魔力反応も。少しは収まると考えたんだ」
「なるほどな…」
「そこで、王城で控えている…家臣たちに検知器具を使用してもらおうと。そう思っているのさ」
ナタリーは、エドワードの話を聞いて。目を見開く。もし本当にそれが上手くいけば、宰相を捕まえるチャンスがやってくるわけで。
「しかも、宰相が持っている石は小さく…なんなら、何度も魔法を使用すれば。ダメになるものらしいからね…?」
にやっと。エドワードは不敵な笑みを浮かべていた。一方で、その言葉を聞いた瞬間。ナタリーは頭の中で、考えがよぎった。
(そういえば、エドワード様の騎士…“影”の魔法攻撃を受けているはず。それなら…宰相の持つ石が、脆くなっている可能性だって…あるわよね)
彼の話を聞けば聞くほど。無理な話ではない気がしてきて…そんな中。ユリウスが、口を開き。
「…もし、そうした状況に。焦った宰相が襲ってきたらどうするんだ?」
エドワードに視線を合わせながら。ユリウスは、疑問をぶつけた。その疑問に、エドワードは目をぱちくりとさせ…その後すぐにほほ笑み。
「そうなったら、願ったり叶ったり。…出てきた宰相を叩き潰す。それまでだよ」
「…ほう」
エドワードの顔は笑っているのに。彼の瞳は、すごく冷えているように感じた。
(あら…?さっきまで、知略を使って捕まえるとばかり…)
そう考えていたナタリーだったが。思いもよらず、物騒な単語が聞こえ…なにより、ユリウスもその言葉に納得している様子に。何も言い出せなかった。
しかも、いつの間にか敬語も取れていて。なんだか…意気投合しているような。そんな二人の様子をナタリーが見守っていると。エドワードが、ひんやりとした雰囲気を変えて。
「そこで、公爵。貴殿に頼みたいことがあるんだ」
「……なんだ」
最初の話に出ていた…ここにいる人にしかできないこと。きっとそのお願いなのだろうか、と。聞いていれば…エドワードは、いたずらっ子のように歯を見せて。
「剣舞祭に、出場してくれないかい?」
「………へ?」
思わず、ナタリーは声が口からもれる。なぜなら、エドワードは突拍子もないことを沈黙するユリウスに、言ったのだ。そして極めつけは。
「僕も出るから、ぜひ楽しもうじゃないか」
「……ええっ!?」
ナタリーは開いた口が塞がらなかった。
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