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元義母が言う“魔力暴走”のせいなのか。
確かに、周囲が崩れ始め。このままだと、生き埋めになってしまいそうなほどである。一方で、道を塞いだ…あの石柱と同質のものが見えた。
そのため、一部の壁面は無事だが…それすらも。まわりの自然物が崩壊してしまったら――元も子もないだろう。
元義母は逃げる気もないのか、狂ったように笑うばかりで。
そんな彼女から視線を外し。身をかがめて、地に倒れ伏すユリウスに近づく。
「閣下っ!私が治し――」
彼の身体に手を置く。すると、意識が辛うじてあるのか。ナタリーの手を握って…まるで制止するように。
「いいんだ…それよりも早く、君は逃げて――」
「なにをっ」
「まだ、大丈夫なはず、だ。きっと、ここに俺がいれば…暴走の影響も外に出ないだろう…だから…」
「………っ」
ユリウスは、自分の魔力暴走から逃げてほしいと。そう、ナタリーに伝えてきたのだ。確かに、魔力暴走に対して…。先祖の石の効果や遺跡の構造が、外に漏れないよう。作用するのかもしれない。
しかし、それはつまり――ユリウスをここで見殺しにするということだった。
「だめですっ!だって、閣下をここに置いていくだなんて――」
「俺のことは、気にせずに――」
「嫌ですっ!ど、どうにかできるはず…」
ナタリーの心情をよそに、相変わらず周囲の崩壊は始まっていて。刻々と、危険なタイムリミットが近づいていることに気が付く。
そうした緊張から、自分を落ち着けるために。深呼吸をしたのち。ナタリーは、ユリウスの身体に手を当てて――癒しの魔力をかけようと試みる…が。
「うっ―――」
「はっ、バカねえ。無駄なのよ…」
元義母の嘲笑が聞こえてきた。それと同時に、自分の手が焼けただれるような感覚を持つ。実際に見てみれば、火傷を負っているわけではないのだが…。
ユリウスの魔力の反発が強くて、癒しの魔法が効かない状況であった。加えてその反発が、自分の手に痛みを出していて。
「頼むから…にげ、て…くれ」
「……うっ…まだ…」
倒れている彼は、苦悶な表情を浮かべながら。何度も、ナタリーを説得するように。「逃げてほしい」と伝えてきて。
(ここで、見捨てられるのなら…あの時だってそうしてたわ…っ!)
命の危機に瀕しているユリウスを治療するのは、これで二回目になるのだろうか。一回目は、敵国との戦争の時で。あの時だって、諦めるのなんて無理だったのだ。
これは、ペティグリュー家特有のお節介なのだろうか。
――わからないわ…でも。
「…閣下!私は、諦めませんからっ!」
「…だが……」
ユリウスは、ナタリーの身を案じていて。「諦めない」という言葉に対して、困ったように眉を下げるばかりで。
そんなユリウスの声とは反対に――彼の身体に手を置いて、癒しの魔法を試みる。何度も、何度も。
「くぅ……」
「はあ…本当に、無様ねえ」
しかし、ユリウスの体内に魔法をかけようとすればするほど。返ってくるのは、痛みと元義母の嘲笑ばかりで。
(あの時のように、力が使えれば…)
ナタリーの脳内には。戦争時に出た…白い光が思い浮かんでいた。しかし、あの光を出すために一体どうすればいいのかが――全く分からないのだ。
加えて。
「ほんと…どうしてそんな化け物を助けようとするのかしら…理解しがたいわぁ」
耳障りな元義母の言葉が耳につき。その声を聞かないように、耳を塞ごうとした――その時。
「早く、もろとも…死んでしまえばいいのに」
元義母が、あざ笑いながら言った――その言葉耳にした瞬間。
ブチッと。
ナタリーの中で何かが切れた音がした。それと同時に、自分の身体からこみ上げるのは強い“怒り”で。その感情のおかげなのか、自分の手から痛みを感じなくて。
乱れた呼吸を繰り返すユリウスに、手を置き。今一度、癒しの魔法をかけ直し始める。
――なんで、元義母のために死ななきゃいけないのかしらっ!そんなの絶対いやっ!彼女の思い通りになってたまるものですか…!
頭にも、怒りの熱が行きわたっているのか。今まで以上に、自分を叱咤する――強い憤りが生まれてくる。
そもそも、ナタリーが知らないことが多すぎるのだ。魔力暴走ってなんだって話だし。あの元義母は、どうして宰相と手を組んでいるのかってところもだし。なにより。
元義母が言うように、他の人をなおざりにして。遊んで暮らしたつもりはないのに。ぽんこつな令嬢扱いをされるなんて――。
どんどん頭に熱がこもり、意識がかすまないように。ナタリーは自分の唇をかみしめる。どうか、ユリウスの魔力暴走が鎮まるように。そう願いを込めながら。
そして目を閉じれば、見えてくるのは。魔力の波形で。いくつか、波となってあるようだが…ひと際大きく波打ってる部分が見えてくる。
ここだけでも、抑えなければ。集中をして――力をこめるように気合を入れると。
「え――?」
「……ご、れいじょう…?」
ナタリーの手から、まばゆいばかりの光が溢れる。それは、ユリウスを包むように。そして、ナタリーの脳内すらも…真っ白に染め上げるように。
そんな真っ白に染まっていく中――目を閉じているはずのナタリーは、誰かと目が合った気がして。
(あら…?)
あれは、あの薄い赤色は――。
「そ、そん、な…そんな…」
元義母の放心した声と、共に。
ナタリーはパチッと目を開いて、現実に戻ってくる。まだ身体は熱いが、ユリウスの身体を確認するために。彼へ視線を向け、手をかざせば。
「…暴走は、とまった…?」
癒しの魔法で見れば、まだいくつかの波形はあるものの。あの大きな波はなくなっていて。それが分かったのと同時に、周囲にあった揺れや崩壊もピタッと止んでいた。
ユリウスは、まだ身体に力が入っていないのか。倒れているままで、呆然としている様子が見えた。
「な、なによ…あんな光…あ、あんたも、化け物なのねっ」
元義母は取り乱しながら、ナタリーをなじるように。声をかけてきて。
彼女の方へ視線を向け、しっかりと。元義母の姿をとらえたナタリーは、本能のままスッと立ち上がる。ユリウスに魔法をかけたばかりだが、不思議なほど身体は熱く、軽かった。
「ご、ご令嬢…?」
意識はあるものの。相変わらず、地面に身体を付けたままのユリウスが目を見開いて。ナタリーを見つめている。
そしてナタリーは、力強く元義母の方へズンズンと進む姿を見て。彼は、「あ、危ないから…」とナタリーを心配する声をあげる。
そんな彼の声に振り返って、ナタリーは安心させるようににっこりとほほ笑んだ。そして、また元義母に視線を戻して。
「…なっ、なによ!こっちに来ないでよっ!」
わめく元義母は、手にあった短剣に魔法をかけ。あろうことか、ナタリーの方へ飛ばしてくる。
ビュンっと。
しかし、その短剣を見ても。不思議と恐怖は感じなかった。そして勢いよく来た短剣に、ナタリーは手をかざす。自分の身体を守るために、咄嗟に出た行動だったのだが。
刺さると思った短剣は、予想を外れ――ナタリーの手の前で。まるで力をなくしたかのように…カランと落ちてしまって。
「そ、そんなっ」
「……」
「お、おかしいわっ!」
元義母は、諦めずにその辺に落ちている。鋭利な石にも魔法をかけて、再度ナタリーへ飛ばす…が。手をかざしたナタリーの前に、それらの石ころは全て落下してしまって。
まるでナタリーは、あの石柱と同じような性質を纏ったかのように。元義母からの魔法を受け付けなかった。
「……」
「ひ、ひぃ…」
ついに、魔力が切れてしまったのか。元義母が、悪あがきで後ろへ引き下がるものの。ナタリーがそれに追いつき…。彼女の目の前に立つ。
そして。
「…ぐっ」
息を詰まらせる…元義母の胸元――ドレスの布をひっつかんで。
「これが何か、わかりますか?」
「…ひ、ひぃ」
真っ赤に染まった手を、彼女の前に突きつける。その手は、ユリウスが短剣で怪我した際に――癒すためについたもので。
確かに傷は浅かったものの、それでもナタリーの手を染めるほどには出血していた。
「あなたが、刺した際に出た血です」
「そ、それが…」
「化け物、化け物と言いますが――人を平気で刺すあなたの方が、よっぽど…化け物ですよ」
ナタリーは、彼女を睨みながら。力を込めてそう言い放った。そして、ナタリーの言葉の後…少し放心していた元義母が。ハッとなったように。小刻みに、震えながら声を荒げ始めた。
「う、うるさいわっ!」
「………」
「あたくしは、あたくしは、被害者なのよ!変な家に巻き込まれて、問題にも巻き込まれて…それでも、守ってあげようと……あんたにっ。何が分かるのよっ」
ナタリーに言われても。負けじと言い返してくる元義母に…うんざりとしながら。息を整えて、ナタリーは言い放った。
「分かりませんっ!」
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