47
エドワードの腕から離れ。
やっと地面に立ち、ナタリーは歩く。離れる際に、何やらエドワードが名残惜しそうにしていたが…。そこの理由はあまり、深く考えないようにした。
「…コ、コホンッ!では、行きましょうか」
ナタリーの声を合図にして。一行は、塞がれていない――暗く開かれた通路の先へと足を向けるのだった。
◆◇◆
先へ進んで行けばいくほど、ランタンの優しい光とは違う。青白い光が、見えてくる。この色は、先ほどの奇妙な物体と戦った空間にもあった光だ。
「もうすぐ道の先のようだね…分かっていると思うけど。注意深くいこうね」
「え、ええ」
エドワードの言葉に対し、自分に気合を入れるように返事をする。そしてユリウスもまた、彼の言葉にしっかりと頷いた。
“影”の先導のもと、先へ――開けた遺跡の地下部分へ辿り着けば。
「こ、ここは…」
「……とても、快適に暮らしていたようだ…ね」
「……」
目に映ったのは、広く大きな…木造の床だった。床に覆われていない部分には。またさらに地下部分があるのか――深淵につながるほどの谷になっていた。
なにより、その木造部分は古めかしい土器がある一方で。たくさんの生活品が備えられていたのだ。まるで誰かの部屋のようなそこには。
遺跡には似つかわしくない…今発行されている本から、魔法器具があって。研究室をイメージさせる造りになっていた。そしてその部屋の中央に。
「…おや、おやぁ?客人を招待したおぼえは…なかったんですけどねぇ」
ナタリーたちを出迎えるように。宰相が身ぎれいな格好で、うやうやしく挨拶をしてきた。その挨拶に対して、まともに返す者はおらず。口を切ったのは、エドワードだった。
「……ここで何をしていたのか…捕まえてじっくりと問い詰めるとしましょう」
「おやぁ!せっかくの再会ですのに、エドワード殿下は性急で、いけませんなぁ」
「ふふ、お前と会話をするたびに不愉快になるよ」
エドワードは、鋭い眼光を宰相に向ける。そしてボソッと。「こんなやつを野放しにしていた…自分にも不愉快になってしまうね」と呟いていた。
そんなエドワードを見た宰相は、「おお、怖い、怖いですねえ」と。余裕があるのか、ヘラヘラと笑っていて。そうした二人のにらみ合いの時間に、突然。
「ちょっと!うるさいのだけど…いったい…」
「………っ!」
「あら…」
宰相の背後から。ゆったりとした足取りで、赤いドレスを身にまとった――元義母が現れたのだ。その姿を見た瞬間、ナタリーもそうだが…。ユリウスは、驚きで目を見開いていた。
「…母上」
「どっ、どういうことなのかしらっ!あなたが言うには、ここは見つからないって――」
「ええ、そのつもりでしたが…お相手が、予想以上に優秀だったようです」
「…そ、そんなこと知りませんわっ!あたくしは、あたくしは…完璧な計画だからと…」
元義母は宰相に詰め寄り、言い募っていた。しかし、宰相は肩をすくめるばかりで。
「まあ、まあ。そこのご夫人――前公爵夫人も、事情聴取が必要なようだね?」
「なっ!そ、そんな…っ!」
エドワードが、宥めるように。そして、元義母を追い詰めるように言葉を発する。その言葉を聞いて、彼女の顔色がみるみるうちに青白くなっていく様子が分かった。
「さて、お喋りはここまでだ…“影”よ」
エドワードが、そう命じれば。屈強な騎士たちが、宰相の方へ走っていく。
「おやぁ、困りますねぇ…実験はまだ続いているというのに」
「ちょっと!あんた、どうにか――」
「ああ、ご夫人がいましたねぇ?」
騎士たちが、手を伸ばし捕まえようとしたその瞬間。
「――え?」
「代わりにこの女を捕まえておいてください…それでは」
宰相はそう、言い捨てると。元義母の背中をドンッと押し…彼女は前に滑り転んでしまう。そしてそんな彼女に、騎士たちの意識が向いた――その一瞬。
ボフンッ
宰相は、すばやく床に何かを投げつける。それと同時に、大量の煙が生まれて。宰相の姿を消してしまったのだ。
「くっ、ずるいことを…追いますよっ!」
エドワードは、すぐさま体勢を立て直して。騎士たちに呼びかける。そして、ナタリーには「ここでしばしお待ちを」と言って。そのまま走り出した後、ユリウスの方を見ると。
「あなたの母君なのですよね?逃げないよう…頼みますよっ」
「あ、ああ」
素早く言い終われば、“影”と共に。エドワードは、煙の向こうへと走り去ってしまった。
そうなると――今ここに残っているのは。ナタリーとユリウスと…元義母だけ。
元義母は、捨て置かれたことに…まだ頭が追い付いていないのか。「ウソよ…だって、あんなにも協力したのに…どうして…?」とブツブツ、言うのみで。
「……母上、罪を受け入れましょう」
「ユ、ユリウス――?」
ナタリーが後ろで見守る中。ユリウスが、元義母…自分の母を捕まえるため。彼女へ近づいていく。
「ねえ…ユリウス。あたくしは悪くないのよ…だから」
「……っ」
「どっ、どうして、あたくしを睨んでいるのっ?あたくしは、家のために――ファングレーのため…」
へたり込んでいた元義母はズルズルと…後退するように動く。しかし、ユリウスの歩みよりもずっと遅いため――追いつかれてしまい。
「…母上。あなたは、もうファングレーではない。ただの罪人だ」
「…っ!う、ウソよっ、ウソよ!」
叫び声を出しながら、元義母はユリウスから視線をずらして。ナタリーの方を見れば。
「あ、あんたのせいねっ!すべて、あんたがきっかけで――」
そんな言葉をナタリーに言い放ち。まだ言い足りないのか、もっと声高に言おうとしている彼女を。ユリウスが掴み上げようとした…その時。
――ザシュッ
「くっ…」
ユリウスが、元義母から一歩離れる。
「え――」
「ふ、ふふふっ、ユリウス…あなたも悪いのよ」
「か、閣下っ!」
ユリウスは腕から血を流していたのだ。そして元義母の手元には血に濡れた短剣があって。自分の母親が武器を向けるはずがないという、ユリウスの不覚からだったのか。
いずれにせよ、元義母がユリウスを刺したのは明白だった。
ナタリーは、すぐさまユリウスのもとへ駆け寄る。そして傷口に、素早く癒しの魔法をかければ。
幸いなことに傷が浅かったため、すぐに縫合できて――血がにじんでいた傷が、綺麗になくなっていく。
「か、閣下、ご無理は――」
その様子を見たユリウスは、ナタリーに感謝を告げ。そのままナタリーの前に出て、元義母に立ち向かおうとしていた。
「傷が浅いから…なんてことは…」
怪我が治ってもう大丈夫だと思っていたユリウスが。
「…っく」
「閣下…!?」
突如として、地に足をつけてしまい…そのまま倒れてしまったのだ。
顔色もだいぶ悪くなり、呼吸が乱れている様子が分かる。ナタリーが、「ど、どうして…」と焦っていると。
「ふんっ、あの宰相も…少しは役に立ったようね…」
「……?」
元義母の話す内容が分からず。彼女をキッと鋭く見れば。元義母もまた、不愉快さを隠さず睨み返してくる。
「癒しの魔法だか、なんだか知らないけれど…もうユリウスはだめよ」
「……どういう」
「はっ、何も知らずに楽しく暮らす令嬢には、分かるわけがないわよね…」
「だから何を…」
義母の言葉がいったい何を指しているのか。皮肉だけではなく、憎しみのような感情を噴出していて。
「あんたも死ぬだろうから、優しいあたくしが…教えてあげるわ」
余裕が戻ってきた元義母が。ナタリーに対して挑発的な態度で、話し始める。
「ふんっ…ファングレーは、化け物ってことよ」
「…そんなこと――」
「人間の皮を被った化け物よ…知らないかしら?魔力暴走って」
「魔力、暴走…?」
義母の言葉にキョトンとすれば。彼女は、ナタリーに対して嘲笑をし。「本当に何も知らないのね…」と、暗い声を出した。
「魔力量が多いと、身体が耐えきれず…爆発するのよ。そんな呪われた体質を持つのが、ファングレーなの」
「………」
「あら、信じてないって顔かしら?」
ナタリーが怪訝な顔をしたのが気に食わないのか。また鋭くこちらを睨みながら。
「別に信じようが信じまいが、関係ないけれど。あの腕の立つ――あんたの国の宰相だったかしら?」と、ナタリーを見下ろすように、口を開いて。
「あの男が作った、この剣には…魔力暴走を誘発する作用があるの」
「なにを――」
「ほんと、大した才能よ。他人の魔力を溜めて、ユリウスに注ぐ。だなんて――あたくしは反対したから…この剣を渡さないように、持っていたのだけど」
そこまで言い終わると元義母は、口角を釣り上げて。
「でも、仕方ないわ…ユリウスが反抗的なのが、すべて…悪いのよ」
元義母の発言に、ナタリーは眉間に皺を寄せる。彼女の話は、信じがたいが――もし本当なら。
そんな不安が的中するかのように。周囲から。
――ゴゴゴッ
地面が揺れ、むき出しの岩面からは石がポロポロと落ち始めていた。
「ほら…魔力暴走が始まって…この場所が耐えきれなくなっているようね…ふ、あっはは…すべて終わってしまえば、いいんだわ」
元義母の邪悪な笑い声が、この空間で響くのだった――。
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