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洞穴の先は…暗闇に支配されていた。
周りを照らすのは、魔法によって灯されているランタンぐらいで。
「足元に気を付けてね…ナタリー」
「え、ええ。お気遣い、感謝しますわ」
「………」
そんな薄暗い空間の中で、エドワードとユリウスと共に。ナタリーは歩いていた。目の前には、エドワードの“影”が歩き。その後ろからついていくことに…なっている。
どうしてそうなったのか。
◆◇◆
事の始まりは、洞穴へ入る準備が完了した時刻に戻る。
エドワードの提案のもと。先入隊が倒れてしまっては、元も子もないとのことで。実力のある二人――エドワードとユリウスが、先に行くことになったのだ。
エドワードは、自身の瞬間移動の魔法もあるので。先陣にいながらも、後続に対応ができるということも兼ねていたようだ。そこで、問題になったのは…癒しの魔法が使用できるペティグリューをどこに置くかであった。
危険が少ない後続に一人。そして先頭にも一人という相談をされ。
「前は、確かに危険が及ぶかもしれないが…いち早く、公爵と僕が対応できる」
そう、エドワードに言われ…先頭の方が。腕に実力がある二人がいるのだ。同盟国と自国で有数の力を持つ二人にかかれば、危機なんて起こらないかもしれない。
だから――。
「そうなのですね…でしたら、お父様が…」
「ぐっ、ぬぬぬ…。うっ」
「お、お父様…?」
ナタリーの言葉に…お父様は呻きだした。すぐさま視線をやれば、苦渋の判断を迫られたとでもいうかのような…お父様の顔があって。
「どうしたのですか…?」
「うっ。父さんは…行ってほしくないけど…野蛮な…あっと…危険な…えっと。要チェックの男ども…ううっ」
何を言っているのか、理解しきれなかったが。きっとナタリーと同じように…互いを思いやるがゆえに。先頭を譲り合っているようだった…たぶん。
「ぐっ、父さんはっ!後続につく」
ずっと言いづらそうにしていたお父様が。何かを決意したように…意気込んで、声を出す。ナタリーは、「で、でも…」と安全な場所である先頭の方がいいと。続けて言おうとしたところ。
「…ナタリーは優しいな。だが、父さんは…剣の訓練もつけているからな…だから、多少の危ないことでも対応できる」
そう、力強く言われ。「むしろ、ナタリーを一番守ってくれる力が…前にあるんだ。どうか父さんの願いだと思って…行ってくれないかい」と。お父様の意思を聞いたナタリーは、頷くことになった。
お父様が、「本当は…本当は、嫌だけど…うっ」とブツブツ、呟いていたのは気のせいだろう。そんなお父様の背後から。同じく、後続で歩くことになったマルクが。
「後ろの指揮は、まかせてくださいね…団長仕込みの腕を発揮しますから!」
「…た、頼みにしていますわ」
「ええ!」
マルクが、明るく笑顔で言うものだから。少し不安になりながらも。戦争の時に助けてくれた彼の力を、信じることにした。
そして一行は、列になって洞穴の先へと進むことになったのだ。
◆◇◆
微かなランタンの明かりを頼りに。
先へと進んでいけば。奥から吹く…ぬるい風の煩わしさを除いて、スムーズに進んでいるようだった。
土壁に囲まれた道から、開けた場所に出てきて。
「こ、ここは…」
「どうやら、遺跡の地下に到達したようだね」
鉱石なのだろうか…青白い光に覆われた空間は。ところどころ、樹木の太い根を生やしながらも。石柱などが見えて…先祖が利用していた形跡があった。
ただ、辺りを見渡していると。目当ての人物がいる気配はなく――まだ先にある薄暗い通路が続いていることだけが分かる。
「人は…いないようですね…」
「そうだね…」
後続と間を空けて歩いていたため。彼らの到着を待っていれば。
「…っ!構えろっ!」
ユリウスが、突然腰から剣を抜き。部隊に声をかける。その声を聞いた瞬間、その場にいた全員が身構えはじめ。
――ウィン…ヴヴヴ
奇妙な音がする方向へ、全員が視線を向けた。そこには。
「シ、シン、シンニュウシャ、ヲ、ハイジョ」
茶色い錆が付き、きしむ音を立てながらこちらにやってくる。箱型の物体が、数体現れたのだ。一つ目のレンズ部分からは、光を照射し。周りを壊していて――どう見ても危険だった。
「なんだい…あれは?物騒なものが出てきたね…」
「君は、後ろに下がっていてくれ」
「……っ、は、はい」
剣を相手に向けるユリウスと、魔法を使用する構えを見せるエドワード。そして、エドワードは「君たちは、後続にこの状況を伝えてきて」と隊員に命じる。
「は、はいっ!殿下、お気をつけて!」
「ええ、君たちが帰ってくる頃には――終わってますから」
そう不敵に笑った。ナタリーは、前衛にいる人たちの邪魔にならないように…。攻撃が届かないであろうやってきた道の手前に立った。
「ふむ…僕は、レンズを壊しましょう。公爵は…あの硬そうな物体を薙ぎ払ってくれますか?」
「ああ、承知した」
二人の身体に、魔力が宿った――その瞬間。繰り広げられたのは、圧倒的な力だった。
エドワードが、燃え盛る炎の玉をレンズに打ち付け。光が出る前に、レンズを割る。そしてその隙をつく形で、ユリウスが剣を用いて一閃を切り結ぶ。
剣の速さに敵は追いつけないようで、一体、また一体と。箱型の敵は力を無くし…その場に山となって重ねられていった。
ナタリーが数度、瞬きをした後には。
全ての決着がついていたのだった――。
◆◇◆
「ふぅ…公爵。やりますね…?」
「殿下ほどでは…」
「ふふっ、ご謙遜を…。“影”が、剣を振るわず終わるなんて…驚きですね」
奇妙な音が止み。静寂が生まれた空間で、ユリウスとエドワードは構えを解いていた。
――お、お強いわ…。
ナタリーの想像以上に、早く片が付き。二人の実力に、呆然と見ているだけだった。あまりに早いと、思考が追い付かず…むしろゆっくりに感じてしまう程に。彼らの実力は、壮絶だったのだ。
「あ、お二人とも。お怪我は――」
ナタリーが、ハッと我に返って。ユリウスとエドワードに声をかけようとした。その時。
――ゴゴゴゴッ
「…え?」
頭上から地盤が揺れるような音が聞こえ。ナタリーは、パッと上を見れば。大きな石柱の塊が、こちらに倒れてきそうになっていて。
(…に、逃げなきゃ…っ!)
そう思って、早く走ろうとするものの。落ちる石柱の塊のスピードはすさまじく。
「ナ、ナタリーっ!」
「……っ!」
エドワードが声をあげる一方で。ユリウスはすぐさま、ナタリーの方へ走ろうとする――が。エドワードが手で制止をかけ。そのまま、指をパチンと鳴らせば。
エドワードはその場から、瞬間的にナタリーの場所に移動をし。
「失礼するね…」
「えっ?」
近くにエドワードが来た…と思った時間も少なく。彼の腕に抱え込まれるように、持ち上げられ。エドワードは足で地面をたたくようにコツンと、音を出す。
その瞬間、先ほどエドワードが立っていた場所に移動をしていて。
――ゴゴ、グシャ…ッ
その場所を確認するのと同時に。大きな石の塊が、衝撃音を出して…ナタリーがいた床を。大破している様子が分かった。
「…危なかったね。まさかあの石が落ちてくる、なんてね。…大丈夫かい?ナタリー」
「え、ええ」
あまりの出来事に、心臓がバクバクと鼓動をする。一方で、身体はあまりの緊張に冷えてしまったのか…指先から体温が無くなったように思えて。エドワードの体温が熱いくらいに、感じてしまう程だった。
なにより、落ちた石の塊を見て――。
(来た道が…塞がれてしまったわ…)
厳しい現実を目の当たりにして、また身体から。体温がスッと冷えていく感覚を持ったのだった――。
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