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赤い瞳と視線が合い。
時間が止まったと思うほどに、頭が真っ白になった。
――どうして閣下がここに。
「おや…?ファングレー公爵が、ここにいらっしゃるなんて。なんて偶然なのでしょう」
沈黙を破ったのは。エドワードの言葉だった。彼は、ユリウスに不敵な笑みを浮かべながら…探るように、見つめる。すると、エドワードの言葉にハッとしたユリウスが。
「…殿下。お久しぶりでございます…今日は、所用があってここに来たのですが…」
「ほう…?」
「おそらく、殿下の用事とは別件でしょう。その…急を要していたので…。ペティグリュー家にも、此度の用事で…朝に、伺いを立ててから来たのですが…」
ユリウスが言うには。ナタリーたちが、出発した後に屋敷へと訪れていたようで。手には、お母様が書いたであろう…領地の滞在許可証があった。
「そうなのですか…僕は全くあずかり知らぬことでしたから。警戒をしてしまい…申し訳ございません」
「い、いえ…」
同盟国の公爵といえど、エドワードは遠慮をしない。ユリウスが来た目的を、早く知りたいのか。「それで、公爵は…どのような用件で――」と話し始めた時。ユリウスの後ろから。
「ふぅ…それは、俺の方から説明しましょう。うちの団長は口下手ですから…」
「マルク…」
「やっと追いついたと思ったら、なにやら殿下と――あっ!麗しのご令嬢~!」
ユリウスに睨まれながらも、マルクは飄々と言葉を紡ぐ。急いで歩いたようで、首元には汗が滴っていたが――それをものともせず、ナタリーに手を振ってきて。
「マルク様も…いらしたのですね」
「うん~!ご令嬢の家の山…すごく、歩きがいがあって…鍛えられましたっ!」
「そ、そうですか」
マルクの声によって、ようやっと…ナタリーも。ユリウスがこの場にいることに、理解が追い付いてきた。そして、ナタリーに対して声をかけたマルクを…エドワードは鋭い瞳で射抜き。
少し目を見開いて。
「おや…副団長殿……」
「…殿下。熱い視線、ありがとうございますっ」
「いや、貴殿は…」
「あっ!そうそう!漆黒の騎士団が、どうしてここにいるかってことですよね?」
「あ、ああ」
なにやら、言葉をごまかすような態度だったが。マルクのそんな態度を、エドワードは気にしていないようで。むしろ、楽し気に…ふふっと笑っていた。
そしてマルクが。本題に入り――ここに赴いた理由を話し始める。彼が言うには…。
ユリウスの母親が、ファングレーから除名され。隠居していたにも関わらず。隠居先から忽然として、姿が消えてしまった事件を追って。ここまでやってきた…ということだった。
ナタリーにとっては、元義母にあたるあの人が。どうして――それよりも、除名されたとは。
聞きたいにも、聞く理由がなく。伺うように、マルクを見つめていたら…急に。「うっ、ご令嬢の麗しい上目遣いがっ、俺の心臓に…っ」と、よく分からないことを話し。
ユリウスが…すかさず肘をマルクの身体に入れ。「ぐふっ」と言葉が詰まっている様子が分かった。そして、マルクは息を整えて。
「そのまあ、ユリウスの母上は、他国で暮らしていたところ…」
「え、ええ」
「急に行方不明になりまして。その消息を追ったら…まあ不思議!魔力の痕跡が…ご令嬢の領地。ここから出ていると、分かったんですよ!」
マルクの話した内容に。ナタリーは大きく目を見開き。宰相の一件もそうだが、普段では起きない“奇妙さ”が生まれていると感じた。
軽薄な声を出すマルクが話すには。魔力の検知器具を用いて、痕跡を辿るように向かったら。ここに到着した…とのことだった。
「ユリウスの母上から事情を聞くべく…漆黒の騎士団が来たってわけです」
「俺は、来なくていいって言ったんだが…」
「もうもうっ!本当は来てほしいって思ってたくせにっ!戦争も収まったから、騎士団で、暇を持て余してるやつらが多いってことも…知ってるくせにぃ~!」
「………」
マルクに執拗に絡まれ…ユリウスが無言で耐えている姿が見えた。確かに、マルクの言う通り。エドワードが率いる小隊と、同数程の団員がいることが分かった。
おそらく、戦争の時に見た多くの他の団員は。同盟国内で警備などに勤しんでいるのかもしれない。
「なるほど…事態は把握しました」
「聞いてくださり…感謝します」
主に、ユリウスの感謝は…。マルクの愉快な喋りに、ということなのかもしれない。
真面目な顔つきを崩さないユリウスに対して。エドワードは、おもむろに口を開いた。
「…むしろ、好都合だと思いまして」
エドワードは、マルクから受けた説明をもとに。自国の騎士たちでは、到着に遅れが生じ。このままだと機会を逸してしまうかもしれないこと。そして、今いる人員であれば。
ほぼ安全に、遺跡の中へ行っても問題がないだろうと述べ。漆黒の騎士団――主に、ユリウスを見て。
「魔力反応が、この…洞穴の先、地下に多くあると分かりました。おそらく、貴殿らの探し人がいる可能性が高いと思います」
「……確かに」
「そこで、提案なのですが。ここから先、共に来てくれませんか?漆黒の騎士団なら…これほどに、心強いものはないので」
エドワードから提案を受けたユリウスは…少し思案したのち。
「…こちらとしても、魔法の才がある殿下がいるのなら。助かります。この先、共にいきましょう」
ユリウスはそう、エドワードに返事をすれば。他の団員たちに向かって、「団員に告ぐ、今から殿下に続いて…この先を進む」と言葉をかけていた。
一方、ユリウスの対応に満足を示したエドワードは。これなら、大丈夫と…自身の騎士たちに。出発の準備を行うように命じていた。
「ああ、加えて――ペティグリューの二人も、来てくれるので…支えでもありながら。護衛も念頭に入れていただけたら」
「……っ!」
ユリウスは、ナタリーも共に向かうとは思ってなかったようで。眉間に力を入れて、こちらを見ていた。その表情からは「本当に、いいのか?」と言っているみたいで。
「ええ、私も行きます」
「そ、そうか」
「お邪魔にはなりませんので…癒しのサポート面を任せてくださいませ」
「…そう、か。頼りにしている」
ナタリーの強い意志を瞳から感じ取ったのか。ユリウスは、こくりと頷き――ナタリーには聞こえない小声で。
「怪我一つ…君には、負わせない」と言っていた。
◆◇◆
順調に洞穴へと。ペティグリュー家の遺跡の地下へと。そこに向かう準備が進む中。
「ナ、ナタリーの周りに、父さんが要チェックしている男ばかり…だ、と!?」
まだ現実に戻りきっていないお父様の…悲痛な独り言が。そんな時に、出ていたのだとか。
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