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「ミ、ミーナ…」


思わず、取り乱して。この場所を伝えたミーナの名を呼べば…ちょうど扉を隔てて、待機していたようで。


「お嬢様っ、どうかしましたかっ?」


聴覚が鋭いのか――ミーナは、ガチャっと勢いよく扉を開けて…応接室へやってきた。もちろん、できる侍女である彼女はノックをしない。


「うちの使用人は…元気だな…」

「ええ…そうね、あなた。少し、殿下の前なのが…心配になりますけどね…オホホホ…」

「いえ、お気になさらずに」


両親とエドワードのそんな会話がある中。ナタリーは、取り乱したことの非礼を詫び。せっかく、ミーナが来てくれたので。そのまま、涙露草を採りに行かせたときの話。


採取班とのやり取りについて――彼女に聞く。そうすると、ミーナはそんなことを聞かれるとは思っていなかったらしく。「えっ、その時のことですか?」と驚きながら。うんうんと唸り、考え込みだす。


「うーん、お嬢様のご指示通りに、採取班…ペティグリュー領に住む精鋭を集めて、依頼したのですが…」

「…え、ええ」


ミーナはきちんと、ナタリーの指示通りに動いてくれたようだ。では、やはり自分の思い過ごしで…宰相がたまたまペティグリュー領を知っていて――。


「……あっ!」

「えっ、どうしたの?ミーナ」

「大したことはないと思って、お嬢様に報告してなかったのですが…」


何かを思い出したように…ミーナは、声を上げた。その声につられて、応接室内の視線がミーナに向く。


「ペティグリュー領に住んでいる顔見知りの人ばかりだったのですが…一人だけ、最近越してきたばかりだって言う人がいたんです…!」

「……そう、なのね」


血の気が引く感覚がナタリーの身体に走る。あの不気味な老人も確か…「最近、引っ越してきたばかり」だと言ってなかっただろうか。似ている理由を続けて聞くだなんて…できすぎている。


「しかも…!確かに、身体つきは良くて…頼りになりそうって、思ったんですけど…その…」

「……何か、おかしなことが…?」

「気にしすぎかもしれないんですけど…笑い方がおかしくて…物騒な言葉が耳についたんです」

「……え?」


ミーナが言うには、「へっへへ」と笑いながら周りを舐めるように見渡していた様子や。「他の仕事で、大金が手に入るんだ」と自慢げに話されたこと。聞けば聞くほど、怪しい点が出てきたのだ。


「ほ、報告が遅れてしまって、も、申し訳ありませんっ!」


彼女は自分が大きな失態を犯してしまったと感じ、地べたに這いつくばるほどに腰を低くして――頭を下げながら謝り続ける。


(そもそも、私もペティグリュー領で怪しい人物を見かけるなんて…思いもしなかったから…)


そして、あの時は“お母様の身体を治すこと”で頭がいっぱいで。とてもじゃないが、不審な人物がいると聞いても対応できたか定かじゃない。


ナタリーは、謝り続けるミーナに「…叱りたくて、呼んだわけじゃないから、顔をあげて?」と声をかける。


「お、お嬢さまぁ…」

「ミ、ミーナ…」


顔を上げたミーナは、涙と鼻水を大量に流していて。そこまで、泣いているとは思わず…ナタリーはぎょっとしてしまう。


「だ、大丈夫よ…私も、ペティグリューで不審人物が現れるなんて…考えが至ってなかったわ」

「うぅ…おじょ、う、さまぁ」

「だから、これからは気を付けていきましょうね――私も気を付けるから」


そう…ミーナを励ますように言葉をかければ。感極まったのか、余計に涙が止まらなくなったようで。ずびずびと水分を出しながら、「絶対、これからは気をつけますっ!」と言った。


誰だって失敗はあるものだから…と。泣いているミーナを元気づけるべく、ソファから立ち上がって、彼女の頭をよしよしと撫でた。


普段のミーナは、要らないことすら察してしまうほど“できる侍女”なのだから…。


「ほら、もう泣く必要はないわ…」

「うぅ…ありがとうございます…取り乱しました」

「ふふ……あっ、エドワード様、失礼しましたわっ!」


視界から消えていたエドワードを思い出し、慌てて姿勢を正す。ミーナもハッと気づいたように、涙を引っ込めていて。


「ふっ、大丈夫だよ。こういった…いつものナタリーの姿は、見ていて楽しいから…」

「そ、そうですか…?ほ、ほほ」

「むしろ、僕もナタリーに頭を…撫でてほしいな」

「ん?」

「へ?」

「ふふ」


一瞬、エドワードの口からとんでもない言葉を聞いたように思うが。きっと気のせいだろう。お父様の眉も、ぴくっと動いた気もするが…それも気のせいだ。


そう思いながら、不敵な笑顔を見せるエドワードに。ごまかすようにナタリーは笑顔を向けていた。


「だけど、その体つきのいい人物は、ナタリーの言う“老人”とは違うようだ」

「そうですね…」

「ふむ…ペティグリュー領に、王家直属の騎士たちを派遣して、足取りを辿ろう」

「ま、まあ」


騎士たちを動員するまでしてくれるなんて。予想以上の力の入れように、目が見開く。しかも、彼は続けて「瞬間移動魔法を使うから、きっとすぐに…わかるはずだよ」と言って――急に手を持ち上げたかと思うと。


パチンと指を鳴らした瞬間。部屋の中に、小さな風が起こる。


――魔法を…使われたのね。


おそらく、遠くにいる騎士たちに命令でも送ったのだろう。風が収まると、エドワードはニコッとほほ笑んで…「もう、大丈夫だよ」と言葉を告げる。


「お心遣い、感謝いたします」

「ふふ、君だけじゃなくて僕のためも含まれてるからね…」


そうエドワードは、話しながら優雅に…テーブルに置かれた紅茶を飲んでいた。そして、カップから口を離したのち。


「そうすると、ペティグリューの山には行かないといけないね」

「そう、ですわね」

「ああ、それで――明日にでも、向かおうと思っているんだけど…」


眉間に少し皺を作りながら。彼は。


「その山を案内する人がほしくて、ね」

「ええ…」


ペティグリューの山は、ミーナに領内に住んでいる人を雇うほどには…少し入り組んでいる。だからこそ、迷わないために…そういった案内役の人手がほしいのだろう。彼の気持ちがわかり、続きの言葉に耳を傾ければ。


「ただ、もし危機が迫ったら…その案内人だけでも無事な場所に移動する魔法を、使おうと思っているんだ…」

「そうなのですね…」

「ああ…それでだが…魔力に耐性がないと…」


そこまで話すと、エドワードは申し訳なさそうな表情を浮かべる。彼の言葉の真意それは。


(領民や…うちの使用人は魔法が使えないから、瞬間移動なんてしたら…命が危ないわね)


領民の命を犠牲に案内をさせるなんて、お節介な性分もそうだが…それ以上に、癒しの魔法で人を助ける生業のペティグリュー家として許せるものではない。


なにより、涙露草の場所を教えられて――魔力の耐性があるぴったりな人物は…もういるのだから。


「…エドワード様、私が案内しますわ」

「ナ、ナタリー!?」

「お嬢様っ!?」


両親とミーナが、ナタリーの言葉を聞いて。驚いたように声を上げる。一方、エドワードは予想していたのか…眉を八の字にして。困った様相だった。



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