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ふと目線をやれば…輿入れの時に持ってきた鞄の隅に手紙があったのだ。シンプルながらも、丁寧な宛先の筆跡にピンときた…ミーナからの手紙だと。


公爵家から私以外の人を連れて行くことを許されず、ミーナはペティグリュー家に残ることになった。ただ輿入れした数年後、病によって倒れたと連絡がきてーー。


ナタリーが去った後のペティグリュー家がどうなったかは知らないが、きっと楽しかったあの頃とは違うのだろう。


しかし、ミーナのことを思うと…なにもかもが億劫だった手が本能的に、その手紙を取る。



「親愛なるお嬢様へ

鞄の中へ不作法に入れてしまい申し訳ございません。別れの日に、渡す時間が取れそうもなく…このような手段を強行しましたことお許しください。


突然の戦争にペティグリュー家は巻き込まれ、全てが変わってしまいましたね。あの日がなければ、きっと皆様で笑い合える日常があったかと思うと…悔しくてなりません。

そしてお嬢様も、同盟国へ行ってしまい…。


しかし、ずっと後ろを向き続けてはいけない…できることをしようと、私は思います。

お嬢様が最後に命令して下さった…旦那様と奥様の墓石を作る手配が完了致しました。


お二人の墓石を、私はずっと守っております。だから、もし生活が落ち着きましたら墓参りに来てくださいませ。


きっと天国にいる旦那様も奥様も…お嬢様にお会いしたいと思ってらっしゃいます。


どうかナタリー様に幸せが訪れますよう。

愛を込めて ミーナ」



(…会いたいよ、お父様、お母様、ミーナ)


ナタリーの頬を熱いものがつたう。とめどなく、溢れるように止まらなかった。近くにあった窓を見やれば、庭先の風景が見える。秋空に寂しく咲くコスモスがあってーーそういえば、お母様はコスモスが好きだったとーー懐かしさを覚える。


手紙をぎゅっと握り、ナタリーは決心した。ユリウスに離縁を申し込もうと、どうせ愛などなく…こちらを悪者にする公爵家にとってナタリーなど要らない存在なのだから。


(身分なんていらない。あの故郷に帰りたい。そこで死のうが関係ない…大切な人たちが待つあそこへ)


そう思えば、ナタリーの行動は早かった。納屋のような部屋の扉を開けて、ズンズンとしっかりと踏み出す。目指すべきは、もうほとんど顔も合わせないあの男の元へーー。


◆◇◆


十数年も住めば、覚えたくなくても屋敷の間取りはわかるようになった。だから、この時間に必ずいるであろう執務室へ向かう。


ノックをせずにバンと勢いよく扉を開いた。礼儀などもう、どうでも良いと思ったからだ。むしろそれを理由にさっさと離縁してくれるのであれば、儲け物だと思うくらい。


「……無礼だな、なんだ」

「……」


室内には二人の存在。一人は目当ての公爵でもう一人は、きちっとした礼服を着込むジュニアだ。ジュニアは、見ない間に随分とユリウスの美貌と似てきていた。


「その…っ!」

「はぁ、まあちょうどいい…お前のことについて苦情がきている。改めるように今から伝えよう」

「私の話を…!」


ユリウスの口から出たのは、ナタリーの行動を制限する言葉だった。栄養失調ぎみだったナタリーの声を遮るように、今後屋敷で暮らすためのルールを命令される。


部屋から決して出ないこと、子どもの教育に文句を言わないこと、公爵家の資産に手をつけないこと…もうどれもナタリーにとって目新しくないことばかりで。公爵家の人間たちが、ナタリーを敵視しユリウスに言ったのかもしれない。


しかし、そんなことはどうでもよかった。自分の言いたいことを言おうと…声で遮られないように…ユリウスの言葉が終わるまで待ったのだ。


そして待ちに待ったその瞬間ーー。


「ほら、今後の生活に関する予定表だ。お前の意思など考慮に値しない。口答えは決してするな」


窘めるようなその視線に、ナタリーの中でプツンと何かが切れる音がした。しかしナタリーの表情なんておかまいなしに、ユリウスは続ける。


「公爵家のものを与えすぎたから、お前は礼儀も弁えない人間になったのだろう。…このままの暮らしが、どれだけ優遇されているか理解しているのか」


私の意思は見ないーーそれは、離縁をしてくれない…どころかナタリーを縛り付け、両親、ミーナのところへ行くことなんて…夢のまた夢になる。もう我慢がならなかった。


「…死んだほうがましですわ」


だから…そう、言ったのだ。そして、短剣で自分の胸を一思いに…刺した。


◆◇◆


(あれほど切望していた…お父様とお母様の笑顔がこんなに近くにあるなんて…)


そして、朝食を食べるナタリーの側には…微笑むミーナがいる。


本当に夢みたいな瞬間だと思った。しかし、先程感じた頬の痛みや一口ずつ噛み締めて食べる食事が…ナタリーが確かに“ 生きている ”という実感を与えてくれる。


談笑しながら食事ができる大切な時間…この時間をもう無くさないように。自分で守りたいーーなにより、もうあの地獄のような日々は勘弁なのだ。


(だからこそ、お母様の不調と戦争をどうにかしなければーーいけないわね!)


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