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「…ま、まあ」
「いつもは、気兼ねなく街への外出を許可していたが――そうも言ってられない…かもしれないな」
お母様が、不安げな声を出す中。ナタリーは、不審な人物――と聞いて。この前、ユリウスと外出した時に出会った…あの不気味な老人のことを思い出していた。
(結局、お父様の所に来ていないようだし…)
あれきり、あの老人とは会っていないが――。
「どうやら…王城でもその人物の情報を集めているようでな」
「……そうなのですね」
「ああ…遭遇したとの報告はあるんだが…会った者、全員が…どうしてか顔を全く思い出せないようでな…」
「え…?」
何かの魔法の影響かもしれない――とお父様が話す。しかし、ナタリーは訝しげに頭を捻ってしまう。なぜなら、あの老人と出会ったら…間違いなく、忘れるはずがないのに。
しかもお父様の話では、「魔法の影響」だとも言っていて。そういえば、ユリウスがあの時…魔力を感じたと言っていたが。
「お父様…私、その不審な人物を知っているかもしれません」
あの時は、不気味ながらも客人かもしれないと思って…報告せずにいた。しかし、こういった話で現状、あの老人が屋敷に来ていないということは。そんな不可解な点から、お父様に声を掛ければ。
見るからに、大層驚いた表情になって。
「なっ!なんだとっ!大丈夫だったのか…!あああ~ナタリィ~、怪我はないかっ。これからは、父さんがずっと側に…」
「あなた…」
ナタリーのことになると、表情が保っていられないのか。お父様は、アワアワした様子になり。お母様は、子どもを窘めるような視線を送っている。
そうして、お父様に促されるまま。街で出会った不気味な老人のことを話せば。
「そうか…公爵様がいてくださって本当によか…っ、た…」
「本当に、そうねえ。あの時、一緒にいてくださって良かったですわね。あなた」
「ぐっ、ぬっ」
どこか、納得しきれない気持ちと戦っているようで。お父様は、「おほん」と、咳払いをしてから。
「うちの領地に来ていたことは、報告したほうがよさそうだな…早速、王城へ行ってくる」
「お父様…」
「ああ、心配はいらない。王に…この件を奏上して、すぐに戻ってくる。ペティグリューでも警戒を強める、とな」
そうして、お父様は立ち上がり。出かける準備を終えると。ナタリーとお母様に見送られながら、すぐに馬車へ乗り込み――王都へと向かうのだった。
◆◇◆
その日の夕方。
「すぐに戻る」という言葉通りに、お父様が屋敷へと帰ってきた。父の帰宅に際して、大きな馬車の音も聞こえ。ナタリーは、父を迎えるべく――玄関へ行けば。
バンッと、大きな音を立てて。扉が開く。そこにいたのは、焦った顔の父で――背後の御者は父に追いすがるように…息を切らしながら後に続いている。
早く帰宅したい父の意向があって、こうも汗を流しているのかもしれない。御者のことを気の毒に思いながら。
「お父様!おかえりなさいませ」
「ナタリ~~!父さん、早く帰ってきたぞ…!」
「お、お父様…」
ナタリーの顔を見れば、お父様は顔を緩め…破顔する。態度からも、本当に嬉しい気持ちが伝わってくるのだが。
「あら、あら…」とナタリーの背後から、呆れたお母様の声も聞こえてきて。そんな父の願いを聞いてくれた…御者に、あとでねぎらおうと心に決めた。
そして、ナタリーは王城への奏上に問題がなかったか…と伺うように。お父様へ視線を向ければ。
「はっ!忘れるところだった…」
「ど、どうかしましたの…?」
「そのな…実は…な、いや、父さんは、心配に及ばないと言ったんだがな…」
「え?」
なんだか言葉の歯切れが悪いお父様を目にして――お母様もナタリーも、頭をかしげる。そんな二人の態度に、促されたのか。「いやっ、それがな――」とお父様が口を開こうとしたその時。
黄金の光が、お父様の懐から輝いたかと思ったら。そのまま、慌てたように。お父様は光るネックレスを取り出したかと思うと――。
パリンとそのネックレスが破裂する。そして、その破片が柔らかい光に変わったかと思うと。玄関の床に…その光は吸い込まれてしまった。
息を呑みながら、その奇妙な現象に目を向けていれば。誰かが、口を開く時間もなく。すぐさま、光が吸い込まれた場所から。魔法陣が浮かび上がってきたのだ。
「…え?お、お父様…これは…」
「…あ、あなた…?」
ナタリーとお母様が、疑問の視線をお父様に向けると。お父様は、アワアワと焦りながら光を凝視し。「仕事が早いというか…なんというか…」と説明に頭を悩ませているようだった。
そうして、魔法陣からより一層強い光が輝きだして。思わずその場にいた全員が目を閉じた…その後。
「…申し訳ございません。もしかして、早すぎたかな」
(え?この声は――)
知っている声が聞こえた気がして、ゆっくりと目を開けば。光が収まり、魔法陣があったであろう場所の上に。太陽の様に輝く――赤い髪と。新緑の瞳が見えて。
「エ、エドワード様…!?」
「やあ、ナタリー。デートの日ぶりだね」
優雅に手を振るエドワードがそこに立っていたのだ。そんな声につられて両親も、エドワードの方に、視線を向け。
「エッ、デ、デートだって…!?」
「まあっ!まあ」
お父様は、「王都への案内は、王からのご厚意だったはずで――街の説明以外に、いったい何が…」と呟いていて。お母様は、何を想像したのか。嬉しそうに、ニコニコとする。
しかし、そんなことよりも――おそらく魔法で現れたエドワードに対して。
――エドワード様が、来ないといけない程…もしかして。
もしかして、厄介な問題が起きているのでは――と、急に頭が痛くなったナタリーであった。
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