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ペティグリューの街が一望できる高台は…ゆるやかな坂道を歩いて。少し階段をのぼった先にある。王都とは違い、樹木や花々が多いこの街で――そうした景観を眺め、癒されに来るお忍びの旅行者もいるとの評判だ。


ナタリーはユリウスを伴いながら、目的地へ迷いなく進んでいく。自分の心の迷いなんて、ないのだと再確認するように。


そうして道なりを越えていけば。


(…いつ見ても、綺麗だわ)


レンガの街並みと色とりどりの花々。そして青々とした木々が、夕日に照らされ――穏やかで。ナタリーにとっては懐かしい景色が広がっていた。


幼い頃は両親と一緒に来ていたこの場所。お父様が「ペティグリューは、発展しすぎないのがいいんだ」と満足げに言っていて――当時は、どうしてなんだろうと疑問があったのだが。


今見たら、その理由も納得する。豊かな自然とゆっくりと時間が過ぎる街並みは…かけがえのない価値があるように思えるから。公爵家に嫁いでからは、訪れることは叶わず。


――ずっと、ずっと見たいと願っていた。


思い出の中と変わらない風景は、他の観光客も魅了するようで――ナタリーやユリウス以外にも。ちらほらと人が、ベンチや野原で座ったり、立ちながら…堪能していた。また、ナタリーの隣に立つユリウスは。


「…美しいな」


そう言葉を漏らして。それに加えて、「この景色は、本当に素晴らしいな…案内してくれて、感謝する」ともナタリーに話してくる。


「いえ、満足してくださったのなら…よかったですわ」

「ああ…」

「それと――あそこ…見えますか?」


ナタリーが手でさす方向に、ユリウスも視線を向け。「ああ、見えるが――」と言う。二人が見つめる先には、ペティグリュー領の山があって――その中腹にひときわ、大きな石造りの建物があることがわかる。


「あれは、だいぶ昔の――ご先祖様が暮らしていた遺跡と言われていて…崩れてしまわないように、周りを魔法の膜で覆っていますの」

「…そう、か」

「ええ、他にも天候によって壊れないように…そうした魔法をかけている所もあって――」


ペティグリュー家の癒しの魔法は――争いに向いていない。その代わりに、こうした保護などといった魔法に応用が利いて。遺跡以外にも、魔法をかけている場所はある…例えば、外に置かれている墓地とかだ。


死ぬ前は、時間がなくて――ミーナに両親の墓の整備をお願いしていた。しかし結局、ナタリーがそのお墓を見ることはできなくて。


(でも、きっと…ミーナのことだから、きちんとしてくれたわ)


そうしたナタリーの説明を受けたユリウスは、熱心にそこを見つめて…そのためか、どこか表情も硬くなっていた。彼の心境を伺うことは、ナタリーにはできないが…こうして二人で見ていると。


一度目の人生とは、全く違う時間が流れていると…強く実感する。


両親やミーナが生きていて。ちゃんと、“戦争”という悲惨な過去から変化したのだ。大切な人たちと話して、笑って――そんな何気ない日常が守られたこと。


大切な人の死ほど、辛いものはない。それくらい、ナタリーにとっては…“今、一緒に生きている現実”が尊くて。それは夕日に輝く景色のように、眩しくて。


――なにより、こうした現実があるのは…ユリウスのおかげが大きくて。


「ご、ご令嬢…?」

「…え?」


一緒に景色を眺めていたユリウスがナタリーを伺うように、声をかけてきた。


なにやら、驚きながら視線を――自分の顔に向けているように感じる。そこで、ナタリーは自分の目からとめどなく…涙が流れていることに気が付いて。


「…あらっ、どうしてかしら」

「……」

「日の光が眩しくて…その…」


上手く言葉が出ない。この涙は、戦争が終わって嬉しくて泣いているのだ。きっと…そうなのに。自分の顔を隠そうと、つい俯こうとすれば。


「…俺は、木だ」

「……え?」


ユリウスからかけられた言葉が、よくわからなくて。つい彼の方へ視線を戻す。すると、彼もまた眉を下げて…いつもの彼らしくなくて。


「だから、気にしなくて…いい」

「……っ」

「…俺は必要ないかも、しれないが…」


目の前のユリウスは、悩んでいるように見える。きっと、ナタリーが泣いたことに対して――彼なりにできることを言ったみたいで。だから、ナタリーが泣いているのを。


――…その大きな体で周りから…見えなくしてくれているなんて、知りたくないのに。


ナタリーは、感情のままユリウスの服をぎゅっと掴む。目からは、相変わらず熱い滴が止まらない。


「どうしてっ…!」

「………」

「どう、してっ、その思いやりを、言葉を…あの時の私に、してくれなかったのですか。今日のように、普通に笑って、話して…下さらなかったのですか」


――私は、悔やんでいるなんて、思いたくなかったのに。


もし、ナタリーが死ぬ前に。それか結婚後でも、普通に接してくれたら。使用人や義母からの難癖を調査してくれたら。


いや、それよりも。


食事処の夫婦とまでは言わなくても、ユリウスと話したかった。食事だって共にしたかった。お互い望んだ結婚じゃなくとも、嫌な気持ちなく過ごしたかった。何より――。


自分の息子――リアムと、もっと一緒に暮らしたかった。


彼の成長を見たかった。いつリアムは、立つことができて、言葉を覚えて――そんなありふれた、息子の毎日を見たかったのだ。


そして、今日のようにユリウスに剣を学んだりするリアムを――見守ったりもする、そんな日常が。そんな戻らない幻想が、ずっと頭に浮かんでしまっていて。


一緒に“家族として”笑いあえる日常があったかもしれないと。そこから、どんなに辛くても…前に進む力になったかもしれないと。そんなどうしようもない思いが、溢れてしまうのだ。


「どう、してっ」


ユリウスの前では泣くまいと決めていたのに。それなのに――彼の服を掴みながら、涙が止まらなくなってしまっていて。


頭では分かっているのだ、彼を責めたって…もう戻らないこと。どうしようもないのだと。だから、ずっと彼の服を掴み続けてはいけないと。


自分の感情をギリギリで止めながら――彼の服から手を放そうとした。その時。


サアッと、一陣の風が。高台へ吹き抜けていく。


季節風ゆえなのか、突然の強い風によって…ナタリーの身体がよろけてしまう。バランスを崩したその瞬間。


ナタリーの身体を、逞しい腕が素早く…支え――先ほどよりも、ユリウスの服と距離が近くなる。


「…っ!す、すまない」


はからずも――。

ナタリーはユリウスに、抱きしめられる形になったのだ――。



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