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「…お身体は大丈夫ですか?」

「ああ、騎士団の稽古として…木を切ることは良くするからな」


ユリウスが言うには、木を切る程度のことは些細なことらしく。しかし、ナタリー的には…そんな芸当ができないので、感心するばかりなのだが。ただ、どうやら慣れている行動だったためか――ユリウスは苦しくなさそうだった。


身体を無理に使ったわけではないと分かり、ナタリーはホッとする。


「そうでしたのね…初めて見ましたが、すごいと思いましたわ」

「そ、そうか…」


ナタリーがそう褒めると…ちょうど顔が痒かったのだろうか――彼は口元に手を近づけ。咳払いをするかのように、隠してしまう。そんな彼の様子に、何か体調が悪いのだろうか、と目を向けるのと同時に。


「あら~~~!本当に!すごいわっ!」

「ほ、ほんとうに切っていたのか…」


女将と旦那さんが、店から顔を出し。びっくりした声がこちらに届き――男の子をはじめ、ユリウスもナタリーもそちらに気を持っていかれたのだった――。


◆◇◆


ユリウスの剣技が終わったのち。

ちょうどミルクティーも飲み終わったということで、店から出ることになった。その時に、女将と旦那さんから「木を切ってくれたお礼に、お代はサービスで」と言われて。


「扱いにずっと困ってたからねえ…本当に、ありがとうございます」

「少しばかりの感謝になってしまうけども、またいらしてくださいね」


はじめは、「いやそんな大したことは…」とユリウスが遠慮をしていたのだが。店を切り盛りする二人からそう、話され――ユリウスもナタリーも素直に気持ちを受け取ることにした。


「おにーちゃん!…おれ、おにーちゃんみたいに、強くてかっこよくなる…っ!」


温かい三人家族に見送られる形で、店を後にする際に。男の子からの言葉が聞こえて、ナタリーはユリウスの方を見る。すると彼は、優しい微笑みを向け…男の子の頭を撫でた。


そしてナタリーとユリウスは、家族に感謝と別れを告げ。街にある道へ戻っていくのだった。


◆◇◆


「…閣下、どこか気になっている場所はありますか」


道なりに歩きながら、ユリウスに店や街の特徴を話した。夕暮れまでには、もう少し時間がある中で――ユリウスの意向を聞くべく、声をかければ。


「そう…だな。ご令嬢…君が行きたい場所に付いていく…でもいいだろうか」

「…え?」

「あ、いや。その…俺のことは考えず。君の…その」


屋敷から出る前に、お母様との話が聞こえていたのかもしれない。それか、ナタリーのことを思ってなのか。どちらにせよ、ユリウスはナタリーに案内してくれたことのお礼を言い。


「もし、他の護衛…いや、この街で護衛も要らないというのなら――俺は先に戻ったほうがいいだろうか」とさえ、話してきて。


そんな腰の低い態度の彼を無下にするのは――と、罪悪感も生まれ。例え、気まずい思いがあろうとも…。一回案内役として、引き受けたからには最後までしよう、とナタリーは決意する。


「…では、ペティグリューの景色を一望できる高台がございますの。そこへ行ってもいいでしょうか」

「あ、ああ。もちろん」


街の高台――そこは幼い頃から、よく両親に連れてこられ…また観光スポットとしても評判がいい場所だ。久しぶりに街を歩いていると、懐かしさもあって行きたくなったのと…案内する場所として、間違いはないだろうとも思って。


そして、ユリウスからも了解を得たので。そこへ彼を案内するべく。「こちらの道を通りますの――」と、声をかけながら進んだ。その時。


「…すみません、お、お尋ねしたいことがありましてぇ」


しわがれた声が聞こえてきて。ナタリーはその方を向けば、そこには領民たちと似た服を着た――老いた男性が見えた。どうやら、ナタリーの方に近づいてくる様子から、道を聞きたいのかもしれない。


しかし、これほど老いているということは一度くらい見かけたこともありそうだが…ナタリーは初めて見る顔だった。戦争後に引っ越してきたのかもしれない。


「え、ええ。どうかしましたか?」

「いやぁ、領主さまのお屋敷はどこにあるのか…ご、ご存知でしょうかぁ」

「お父様の…?失礼ですが、何かご用事でも」


ナタリーが「お父様」と言ったのに対して。目の前の老人は、おおげさなくらいに驚き。「おや~、領主さまのお嬢様でしたかぁ…これは無礼を…」と申し訳なさそうにしながらも、ナタリーの方へ歩みを止めない。


それは、ナタリーが一歩下がると…彼もまた一歩近づいてくるのだ。


(異国の礼儀なのかしら…それにしても)


人を見かけで判断してはいけない、と思いながらも…正直、この老人に不気味さを感じる。


「領主さまにご挨拶を、と思いましてねぇ…最近、ここに来たばっかりですからぁ」

「そ、そうでしたの…」

「いや、いやぁ、今日は本当についてましたぁ…聞いてはいたので場所はなんとなく、思い出せそうなのですが…」


彼が言う行動は…領主に挨拶をしたい程、律儀な領民ゆえなのだろうか。それとも実は父の客人なのか…。


そう考え事をしていれば。


気づけばだいぶ近い距離になっていて――ナタリーの目の前で止まったかと思うと。


「ああ!そうでしたぁ。お嬢様にも、ご挨拶を…」


突然、大きな声を出して。ナタリーの手を掴んでこようとした――その瞬間。


「…ご老人。こちらの国の礼儀を知らないのかもしれないが――ご令嬢に、無礼だ」


逞しいユリウスの手が、老人の腕を遮るように掴んだ。それによって、ナタリーは触られずに済んで。老人は、ユリウスに気が付いてなかったのか。


掴んできた彼を見て、「ひ、ひぃっ」と何かを恐れるような声を出す。


そして、ユリウスの顔を確認すると――目を大きく開けた。


そのまま素早く、謝罪を言い…ナタリーとユリウスから距離を取ろうとする。その動きに対して、ユリウスは特に邪魔はせず。老人の腕を解放した。


「いやぁ、歳をとると…うっかりが多くて、あ、ああ~場所をなんとなく、思い出してきましたよぉ」


急にそんなことを言った老人は、挨拶も告げず――すぐさま足早に歩きだして。まるで、二人から逃げるように…違う方向へと立ち去った。


「…怪我は、ない…な?」

「え、ええ」

「あの老人の身体から、魔力を少し感じて――間に入った…もし、彼と話すつもりだったら…すまなかった」

「ま、まあ。そうでしたのね。いえ…むしろ戸惑っていましたから…その」


ユリウスは、老人が去った後。眉間に力を入れながら――ナタリーの身を案じてくる。その言葉に、「ありがとうございます」と声をかけて。一息をつけば。


ナタリーは、自分の鼓動が速くなっていたことに気づく――おそらく、それは老人に対して無意識に不安を感じて…緊張していたからなのだろう。


しかし、そんな時ユリウスが間に入ってくれたおかげで、どこか安心していた自分がいて。


――安心していた自分…?


(閣下が近くにいたら、嫌になる…でしょう?)


ナタリーは、自分に喝を入れるように唇をきゅっと引き結ぶ。


そんなナタリーの様子に、勘違いしたのか。ユリウスが、「何か魔法を受けて体調が悪いだろうか。今日はもう屋敷に…」と提案してきて。


「いえ、魔法を受けた感覚はありませんから…大丈夫ですわ」

「そうか…」

「それと、まだ時間はありますから。高台へ行きましょう…案内しますわ」

「え、その、本当に大丈夫な――」

「大丈夫ですわっ!」


ユリウスに気遣われてばかりなんて、どこか癪で。彼に守られてばかりな自分も嫌になってきてしまう始末で。


だから案内をこなすことが、彼に対して返せる…誠実な態度であり――ナタリーの気持ちを奮い立てる抵抗に繋がると。


そう思って。ナタリーは強気に、声を出して――道案内を続ける。そんなナタリーに、ユリウスはたじろいでいるのか。「そ、そうか…頼む」と言葉を返すだけだった――。


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