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ユリウスの疑問の声と共に…。
ナタリーは、「あら…?」と声を出し視線を向ければ。ユリウスの席の方へ…近づいてくる子どもが現れたのだ。
そこには、女将さんと旦那さんに似た男の子がいた。まだ成長しきっていないのか声も高く――目を輝かせながらユリウスへ話しかけている。
「なあなあ!その剣、使っているところ…おれ、みたい~!」
無邪気な彼の言葉に思わず、ナタリーは「ふふっ」と笑みがこぼれる。きっとユリウスの近くに置いてある剣が目に入ったのだろう。お願いしている彼に気を取られて、ついユリウスのことを忘れてしまっていて…ハッとなる。
(…あ、閣下は…気分を害されてないかしら)
貴族の礼儀は、領民に強制されていない。だから、女将さんや旦那さんは気兼ねなく接してくれていたのだが…あくまでそれは大人の対応で。
しかし、今は…夫妻二人とも厨房で仕込みに集中しているのか…こちらに気づいていない。線引きを知らない子どもに対して、機嫌が悪くなる貴族も多いので…大丈夫かなと恐る恐るユリウスを見ると。
(え…?)
「っふ。剣が好きなのか」
「うんっ!かっこいい騎士になりたいんだっ!」
「そうか…」
ユリウスは不機嫌になることもなく…柔らかく笑ったのだ。彼が笑うところなんて、珍しくて凝視してしまう。そんなナタリーの視線には気が付いていないのか、ユリウスは続けて。
「しかし、ただで見せてやるわけにはいかないな…」
「え~~っ!そんなあ!」
男の子は、駄々をこねるように不満をいって。彼の側で、ふくれっ面だ。そんな彼にユリウスは、悩むそぶりを見せて…皿を指さし。
「そうだな…では…このクッキーを食べられたら、いいぞ」
「…えっ!そんなのでいいの?」
「ああ」
男の子は、「やりぃ~!しかもクッキーが食べられる~!」と。とても嬉しそうに、はしゃいでいて。そんな中…ふとユリウスを確認するように、男の子は見つめて。
「でもさ…本当にいいの?おにーちゃん、クッキーなくなっちゃうぞ」
「ああ……俺はまだ修行不足でな…甘いものが難しくて、な。実は条件というより…俺を助けてくれないか?」
「…え!そうなのか…!」
男の子はびっくりしたように、目を開いたのち。「騎士って人を助けるよな…!うん。おれ、クッキー食べるね!」と…どこか納得した様子でユリウスに声をかけた。
そしてユリウスの隣に、喜々として座り。男の子はお皿にあるクッキーを、手で掴んで美味しそうに食べている。それを見たユリウスは、どこか安心したように…胸を撫で下ろす。
そしてナタリーの視線に気が付いたようで。顔を上げ、口を開くと。
「その…このことは騎士団でも、バレていないんだ」
「え?」
「だから…どうか内密に」
真面目な顔をしながら、彼はそんなお願いをナタリーにする。表情と言葉のギャップに、ナタリーは笑いを堪えきれず。
「……っふ、ふふ」
「ど、どうしたのだ?」
「いえ、閣下の秘密…ちゃんと守りますね」
ユリウスが甘いものを苦手としているよりも…そこまで隠したいという気持ちにお手上げだった。そして念を押すように、「特に副団長…マルクには、どうか秘密にしてくれ…」と縋る顔つきで。
「ええ、わかりましたわ」
(…きっと、マルク様に話したら一日で…広がりそうだものね)
そんな愉快な想像をしながら、ユリウスと男の子を見て…ナタリーは温かい気持ちになった。そうして男の子がクッキーを完食すれば、女将さんが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「まあ!この子ったら、目を離したすきに…!」
「へへっ!食べたから。おにーちゃん、約束のやつ…!」
「もうっ、何を言ってるの!」
女将さんは、息子を咎めるように声を出そうとしていたところ。ユリウスが待ったをかける。
「いや、この子とは約束をしているんだ」
「え…?」
「その庭を借りても良いだろうか…」
「え、ええ。構いませんが…」
どうやら事情が分かっていないらしく、目がぱちくりとしている。そんな女将さんの背中を押すように、男の子が「お母さんも一緒に見ようよ~!」と声をかけていて。
いったいどうなっているのか――気になっている女将さんの視線を受けて。ナタリーは、ユリウスが男の子に剣技を見せる約束をしたのを説明する。
「まあ!本当に?」
「ええ、私の方からも…腕前は保証しますから、庭に出てもいいかしら」
「あら~いいですわよ!むしろ…この子のお願いを頼みますわね。…はあ、私も見たいけれど…夫を手伝わないと、彼すぐ拗ねちゃうから…」
女将さんは、やれやれといった雰囲気を出しながら。それでも旦那さんのことが好きなのか、庭に出ることを許可した後は…厨房に戻るようだ。
「女将さん、庭の…あの木は薪のためか?」
「え、ええ。でもなかなか丈夫で…ずっと放置しててねぇ」
「そうか…なら、俺の剣で切ってもいいだろうか」
「え…そ、それはいいですが…」
ユリウスの腰にある剣を見て…斧じゃなくて本当にできるのか?と疑っているようだ。しかし、できなくとも構わないと思ったようで。「できるようでしたら、切ってくださいね」と言って、笑顔を見せた。
「では、庭へ行こうか」
「うん!楽しみだっ!」
「君も…」
ユリウスは、ナタリーの方に視線を向けて伺ってきた。彼の身元保証人…案内役として見たほうがいいだろうとナタリーは判断し。「ええ、いきますわ」と返す。そして男の子と一緒に外へ…庭へ向かったのだった。
◆◇◆
「おにーちゃん!あの木…すごく大きいけど…大丈夫か?」
「ああ、まかせろ」
ナタリーは、彼らの後方で見守る。ユリウスと男の子の前にある木は、男の子が言うように…だいぶ大きい。大人が三人でやっと…周りを取り囲めるほどの太さで。
(大丈夫かしら…)
ユリウスの腕を信じてないわけではないが…彼は、まだ回復したばかりということもある。無理をしていないだろうか、そもそも剣で木を切ることに慣れているのだろうか。
そんな心配事を考えているナタリーをよそに、ユリウスは剣に手をかけて。
「はっ」
一息、声を漏らしたのと同時に。剣に彼の魔力が注がれたのか…風が巻き起こり。鮮やかな一太刀を、木の幹に与えたその瞬間。
バキッと、衝撃音が鳴り響く。
音が聞こえたのと同時に…メキメキときしむ音を出しながら。大木は横に倒れていく。その倒れている最中に、彼はまた素早く剣を構え――今度は、木全体に何度か斬撃を加えたのだ。
風を切る音と共に、その斬撃によって大木は元の形から一変してしまい――木材として庭の片隅に積み重ねられていた。
「…っわ――――――!すげ――!」
男の子は、興奮が高まったのか――ユリウスの周りをピョンピョンと飛びながら、はしゃいでいて。それを見たユリウスは、剣を腰に仕舞いながら。男の子の様子に対して…楽し気に受け答えをしていた。
剣の扱い方や、そのコツなど他愛もない話をしている二人を見ると―――。
(まるで…仲のいい親子のようね…)
歳的には兄弟なのかもしれないが…ナタリーの記憶しているユリウスが今よりも…年上だったので。どうにも親子をイメージしてしまっていた。
そんな姿を見ると…微笑ましいと思う反面。胸がチクリと痛むのだ。
――もし、ユリウスとこじれていなければ…家族として、他愛もない時間を過ごせたのだろうか。
もう戻らない記憶が、ナタリーの脳内で思い出されてしまう。そう…どうしようもない記憶で、気にしても仕方ないのに。それなのに。
(あの生活に戻るのは、もう嫌…そうでしょう?)
自分を叱咤するように、感じていた思いを振り払う。そんなナタリーの心情を知らないユリウスは、こちらを窺うように見てきて。
「ああ、魔法で風が強く出てしまったが…大丈夫か?」
「え、ええ」
自分に対して気を遣ってほしくないのに…いや、どうして気を遣ってほしくないのだろう。そうした――変な自分に戸惑いながらも、ナタリーはユリウスに不器用な笑顔を向けるのだった。
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