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「…えっと、ご案内いたします…ね…?」
「……あ、ああ。ありがとう…お願いする」
場の空気がヘンテコになりながらも。ナタリーは、ユリウスをペティグリュー領にある…牧歌的な街へ連れて行くべく、一緒に歩きだす。
ナタリーと少し距離を取って歩くユリウスは…おそらく、いまいち状況を理解しきっていないのかもしれない。もちろん、ナタリーも流されるままに街へ向かっているわけだが…。
(お母様に言われた通り…気分転換も大事よね…?)
ユリウスとこうして歩くなんて、夢にも思ってなかったためか。どこか現実味が薄く感じる。思考も曖昧な中、ユリウスを案内するのが無難なことだと自分に言い聞かせて。
どこかぎこちない空気感があるが――深く考えすぎないように、歩き続けるのだった。
◆◇◆
「…ペティグリュー領は、街…というよりも村な側面が強いかもしれませんが…ここが街への入り口です」
「そうか…俺の領地とは雰囲気が違うから、どこも目新しく感じるな」
「それは、よかったです…?」
「あ、ああ…」
ユリウスが統治する領地は、王都と遜色がないくらいに――整備された街だったように思う。あくまで、ナタリーが輿入れの際に…窓から少し見ただけの記憶なのだが。
一度見ても覚えているくらい――それほどまでに、公爵領は発展していて…豊かな印象を持ったのだ。だから、ペティグリュー領の街を見て…ユリウスが満足するのかは不明で。
窺うように彼の方へ顔を向ければ、言葉通り「目新しく」感じているのか…辺りをキョロキョロと見回していた。何か気になるものでもあるのだろうか――とナタリーが見るより早く、元気な声がかけられた。
「まあ!お嬢様、お久しぶりです」
「…あ、久しぶりね。女将さんもお元気そうで」
振り向けば、そこにはエプロンを腰に巻いた活発そうな女性がいて。彼女は、ナタリーが幼い頃から…家族でよく利用していた食事処の女将だ。噂では、子宝に恵まれて…毎日にぎやかなのだとか。
「ちょっと…!しかも、かなりの色男を連れてるじゃない…!」
「…へ?」
「目の保養の為にも、うちの店にいらっしゃい!最近、カフェっていうスタイルも取り入れ始めたから…!」
「そうなのですね…?」
かなりの食い気味で、誘ってくる女将さんにナタリーはたじろいでしまう。しかし、散歩と言いながら…まだ案内しきってないし。それでも、店に行ってもいいのだろうかと。ユリウスの方へ、目を向ければ。
どうやら、女将さんのオーラに圧倒されたのか。「俺は、構わない…むしろ日差しが強いから、歩くのは疲れるかもしれない…先に休憩しようか」と言ってくれて。そうした彼の意見もあって、嬉しそうな女将さんを先頭に店へと足を向ける。
確かに今日は日差しが強かったので…ナタリーの首元や額には、じんわりと汗が出ていた。少し涼めるのは、ありがたいかもしれない…それに。ユリウスと街に来てから…多くの女性たちの視線を感じる。
(今日は騎士というよりも…お忍びで旅をする美青年のようだわ…)
いつもは、上げている前髪を…下ろしてる部分も大きいのだろう。少し幼く、加えて憂えている感じが色気を出していて――。
「…どうかしたのか?」
「えっ」
「こっちを見ていたような…気がして」
「そ、そんなことは…」
言葉を濁して答えたところ、ユリウスは「そうか」と納得したようだ。しかし、しっかりとナタリーは彼の姿を見ていたので…どこか心にやましさを感じながらも。他の女性たちの視線を追ったゆえだからなのだと、自分に言い訳を心の中でしておく。
そうしたユリウスを見つめる熱い視線から離れるように…レンガ造りの店へ到着したのであった。
◆◇◆
「お客様よ~!しかも、お嬢様も来てくださったわ~!」
「お!本当かい…!って、君好みの色男が…!」
「ふふっ、腕によりをかけてね!あなた」
「お嬢様はいいが…いや…待てよ、お嬢様のツレということは…」
お店に着くや否や、広い席に案内され。ユリウスと向かい合う形で座る。窓からは、綺麗に手入れされた庭が見え――また店の夫婦のやり取りも聞こえてきて、明るく楽しい雰囲気を感じた。
「牧場のミルクを紅茶と混ぜたミルクティーがお勧めだけど、いかがでしょうか?」
「では私はそれで…えっと…」
「俺もそれを頼む」
「は~い!わかりましたわ…!少しお待ちを~!」
ユリウスに伺うまでもなく、彼が先に注文を言ってくれて。元気な女将が、旦那さんに注文を伝えれば。厨房からは、作業音が響く――それが落ち着いた効果音として、ユリウスとナタリーの耳に届いた。
(どうしましょう…話題がないわ…)
二人は注文を終えると沈黙になっていて。ユリウスが目覚めた以降…記憶の一件を抜いて――会話という会話をしていない。今日はたまたま、お母様の提案に巻き込まれる形になったが。
二人きりになると…和気あいあいとした雰囲気から離れているので――ミルクティーが来るまで黙って待とうかと考えていれば。
「お嬢様~!この色男は、領主様公認の…恋人なのかしら?」
「えっ、ちが…」
「あのお嬢様にべったりな領主様を…なんとかするなんて、色男さんやるわね~」
「いや、俺は…」
「でも、領内みんなの天使…お嬢様を悲しませたら、ただじゃおかないからね?」
にぎやかな女将さんが、ユリウスとナタリーに近づいてきた。本日は、他のお客さんがまだ来ていなかったようで。手が空いていたのか、声をかけてきたのだった。
ペティグリュー領は、お父様の影響もあってか。領民とペティグリュー家の交流が活発だ。ただ、最近は戦争があったので、通う頻度が少なくなっていたが。
それでも、いつ訪れてもナタリーや両親を見つけると…こうして親しく話してくれるのだ。女将さんもその一人で、彼女の言葉を聞いたユリウスは何かを考え込むように黙ってしまい…。
「あら~~!もう!ちゃんと真剣なのね?」
「へ?」
「……」
「心まで、いい男だなんて…はあ、あたしがあと十くらい若ければ…」
女将さんは何かを想像しているのか、身体をくねくねと動かして。「まだ旦那と出会っていない頃なら、アタックして…」とつぶやいた時。
「そうだとしても、僕は君をあきらめないからねっ!」
「あら、あなた…早かったわね」
「お待ちどおさま…妻のお喋りに、付き合ってくれてありがとうございます」
旦那さんは、ティーカップを持ってくると――慣れた手つきで、茶菓子と一緒にテーブルへ置く。そこには、優しい香りがするクリーミーな紅茶。そして、砂糖がまぶしてあるクッキーがあった。
「わあ…美味しそうですね。ありがとう」
「ええ、腕によりをかけましたからね…ゆっくりしていってください」
「…ありがとう」
美味しそうな香りに、ユリウスもホッとしたのか。彼の眉に入っていた力が抜けたように感じた。そして旦那さんは、女将さんに「ほら、まだ…今日の仕込みが終わってないだろう?」と言い。
「あら!すっかり、いい男に目がいってたわ~」
「はあ…まったく」
「では、お二人とも…失礼しますわね~」
旦那さんに急かされるように、女将さんは厨房へと戻っていった。その時、旦那さんはしきりに後ろを見ないようにガードしていた気もするが。それよりも。
(どんな味かしら…?)
このお店で出される紅茶は初めて飲む。いつもは食事処として、軽食を食べてばかりだったから…ゆっくりとカップの取っ手を掴み。飲んでみれば…口の中全体に控えめな甘さが広がって…。
「……!美味しい…!」
「美味いな…」
ユリウスと口を開いたタイミングが一緒で。二人して、顔を上げ…目が合ってしまう。そうすると、言葉を漏らしたのが恥ずかしかったのか…ユリウスは目元が赤くなりながら、視線を逸らす。
「閣下は、この味がお好きなんですね」
「…あ、ああ。ミルクティーは飲んだことがなかったが…うちの領でも提供してほしいな…」
「まあ…!そこまで気に入ってくれたのなら、女将さんも喜びますわ」
今まで、会話する時にあった緊張の糸が…少しほぐれた気がする。それくらいに、自然と言葉が出てきていて。美味しい食べ物のおかげなのだろう…と、ナタリーはお店に来てよかったと思った。
そうしてお茶を楽しんでいると、ふとユリウスの手元に目が行く。
「あら、閣下…どうかされたのですか?」
ユリウスは、クッキーが置かれたお皿に手を伸ばしては…ひっこめていたのだ。ナタリーに言われて、ビクッとしたのち。言いにくそうに、言葉を出して。
「その…」
「…なんですか?」
もしかして、何か重大なことを言い淀んでいたのか…と息を吞んで、彼の顔を見れば。
「…俺は、甘いものが…苦手なんだ」
「…え?」
とんでもないことを話されると思ったのに。別に大したことではないと、彼の顔を見れば。
「…甘いものが…苦手なんだ…すまない」
「いえ、聞こえましたが…」
だいぶバツの悪そうな顔をしていて。重大機密を話したくらいには、恥じらっていたのだ。
「その…誰しも、苦手なものはありますし…」
「…すまない」
確かにユリウスは、紅茶に砂糖を入れてなかった。クリーミーな味わいは大丈夫だが、クッキーにまぶしてあるような…砂糖の甘さがダメなのかもしれない。そんなに、恥じ入らなくてもナタリーは気にしないのに。
「君の…行きつけの店みたいだから…」
「え、ええ。そうですね…」
「紅茶も美味しかったし、クッキーも…」
おそらく、ナタリーの顔を立てて…苦手なクッキーを食べるべきか悩んでいるようだ。それか、ナタリーの味覚を信じて甘いものを克服したいのか…。
変な方向の気遣いをしているみたいで。いずれにせよ、無理はしなくていいと伝えようと…口を開きかけたその時。
「おにーちゃん、体おっきいね!しかも剣…!かっけー!」
「…ん?」
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