32
(どうして――)
ユリウスは“自分は赦されない”と言い、眉をひそめて…変な顔をしている。まだ万全ではないため、顔に力が入っていないのか。まるで泣くのを堪え…そして下を向いて隠すのに…必死になっているように見えて。
泣きたいのは、こっちなのに…。そう感情的になりながらも、ナタリーは頭では分かっていた。赦せないことと――助けてくれたことは別だと。
分かっているのだ――彼の行動によって、助かったこと。でも、それ以上にどうしようもない、行き場のない感情が渦巻く。そしてユリウスは、罪を受け入れているのか――謝らないので…素直に感謝もしづらくて。
ユリウスの言葉を最後に、二人の間に沈黙が訪れる。そんな沈黙を破るように、軽快なノックが響いて――ガチャっと扉が開かれた。
「お嬢様~!お茶の準備が完了しました…!それと公爵様には、消化のいいものを……え~っと」
入ってきたのは、ミーナだった。いつものように、準備ができて忙しなく行動していたのだろう。だが、その行動がナタリーにとって救いになった。どこか、部屋の中の雰囲気に戸惑いを見せるミーナに。
「ミーナ、準備ありがとうね」
「は、はいっ!」
「ただ、私はちょっとお腹がいっぱいで――閣下に、おもてなしをしてあげて?」
「えっ、ええっ!」
ナタリーの言葉に、困惑が止まらないミーナに反応はできず。無理やり作った笑顔を向け。
「…では、閣下。私はこれにて失礼いたしますわ」
「あ、ああ」
とてもじゃないが、ユリウスと楽しくお茶なんてできる自分は考えられない。ミーナには申し訳ないが、ナタリーの笑顔とあとで謝るので…許してほしい。…そう考えて。
「お、おじょうさまぁ~~!」
明らかに待ったの声を上げるミーナとは別の方向へ、足を向ける。そうして扉から出て行く――そんな出て行く間際に見たユリウスが。
まるで叱られている子犬のように見えたなんて、そんなはずがないと。どこか心にチクチクとした違和感を持ちながら、自室へ帰ったのだ。
◆◇◆
あれから、微妙な別れをした閣下と顔を合わせるのは気まずく。ナタリーは無意識のうちに遠ざけてしまっていた。
自室に戻ってから――その後のナタリーは、考えがまとまらず。悶々とした気持ちに支配された。というのも、冷静になってみると。重傷で眠っていてから…起きて間もない相手に言い過ぎたと感じるのだ。
そんなナタリーの思いは知らない、ペティグリュー家の面々は不思議な顔をするばかりで。気づいたらユリウスを避けて過ごし…数日の時が経ってしまい――。もう彼のことは忘れるべきか…いや、本当にそれでいいのか…という思いに急かされていた。
今日も自室で、頬杖をつき…行き場のない「はあ」というため息をつく。ペティグリュー家…主にナタリーの両親から、ユリウスは身体が良くなるまではゆっくり過ごしてほしいと言われているだろう。
そしてきっとユリウスは、日に日に体力を回復していって――手紙にあったマルクの迎えによってなのかは、分からないが。そのまま国に帰るはず。
(…いいじゃない、お互い傷つかなくて済むし――)
そんなことを考えては、ナタリーに責められて暗い顔を浮かべたユリウスが思い出され――胸がまたもチクッと痛む。それは、今まで助けてくれた彼に対する罪悪感のようなもので。
ぐるぐると矛盾した自分の感情と戦っていれば――。
「ナタリー?入ってもいいかしら」
「お、お母様…!は、はい」
部屋のノックと共に、お母様の声が聞こえてきた。そしてナタリーの返事を聞いたのち。中へ入ってきたお母様は、「あらあら!まあ…」と驚いた様子だった。
「ナタリー…。元気がないわね…?」
「…うっ、心配をかけてしまい…ごめんなさい」
そんなナタリーを元気づけようと思ってか。お母様はゆっくりと近づいてきて、ナタリーの頭をよしよしと撫でてくれる。
「今日は、こんなにいいお天気なのに…ナタリーの所だけ雨が降っていそうね…ふふ、冗談だけれども」
「お、お母様…」
「やっぱり、こんなお出かけ日和に何もしないなんて…もったいない気がしちゃって…」
「…へ?」
お母様はナタリーの頭から手をずらして、今度はナタリーの両手を包み込むように持って。花が咲いたようににっこりと笑い…「ミーナっ!支度の手伝いを~!」と声を上げたかと思えば。
「はいっ、奥様!お出かけの準備ですね!」
「ええ、動きやすいようにお願いね」
「承知しました!動きやすく、綺麗にお嬢様の準備を手伝いますっ!」
「ミ、ミーナっ!?お、お母様…!これはいったい…」
ミーナは待ってました!と言わんばかりの勢いで…。すがるようにお母様を見ても、ナタリーの疑問には、笑顔でしか返ってこず。そのまま、他の使用人の手も加わってあれよあれよという間に出かける格好ができあがってしまう。
「え?え?」
「さっ!お嬢様…!こちらです~!」
「ちょ、ちょっと~!」
ミーナに背中を押されるように、案内されれば。玄関に着いてしまい…そこでナタリーは目を瞠ることになる。なぜなら、お母様以外にずっと避けていたユリウスが立っていて――。
「あら~!今日も素敵よ、ナタリー」
「お母様、えっとこれは…」
「ふふっ。公爵様にも今、ご提案して…承諾を貰ったばかりなの~!」
「そ、そのご夫人…案内人というのは…」
お母様と話しているユリウスは、ナタリーの登場は予想外だったのか…かなり慌てている。あの怪我からだいぶ回復したのか、ユリウスは歩けるようになっていて。
しかも、本日はいつもの鎧姿ではなく――品のいいブラウスを軽く着こなしていた。まるでこれから出かけるような…。
「公爵様が、だいぶ回復されたようだから…気晴らしやリハビリも兼ねて、ペティグリュー領の観光をご提案したのよ」
「そ、そうですの…」
「そうなの~!その時にね、私閃いちゃって…!」
ナタリーは、悪い予想が頭をよぎり…背中に冷や汗を流す。どうか違っていてと願う思いも空しく。
「ナタリーはペティグリュー領を幼い頃から、見て回っていたでしょう?」
「え、ええ」
「ね?だから、公爵様を案内する人としてぴったりだと思ってね…!」
「ご、ご夫人…その、俺は別に…」
「しかも、公爵様はお強いから護衛の心配もなく…まあ、ここは…のどかな街ですから要らない気もするけれど」
お父様の暴走ではなく、お母様の暴走に…ナタリーの思考は追いつかなくなる。そんなお母様の後ろには…なぜか満足げなミーナがいて。その瞳は、舞踏会前によく見たもので…。
「あら…公爵様、うちのナタリーでは…ご不満でしたかしら…」
「い、いえっ!そんなことは…っ」
「まあ!よかったですわ」
お母様の表情はどこか確信犯なそれになって…ユリウスの了解を得たのち。ナタリーの方へ、抱きしめるように近づき。耳元で小さな声をかけてきた。
「ナタリー、公爵様と何かあったのよね…?モヤモヤしたことは、ため込んでは毒よ…」
「え…」
ナタリーは、お母様の気遣う声にハッとなる。どうやらお母様が分かるほど、ナタリーはユリウスを避けてしまっていたようだ。…ただ、もちろんお母様の後ろでウィンクをしているミーナの報告もあるのだろうけど。
(本当に、ミーナは…できる侍女ね…)
ミーナに対して変な感心をしていれば…お母様が最後に、と言葉を伝えてきて。
「堅いことを言ったけど、ナタリーも領地を散歩して…気分転換してきてね」
「お母様…」
「もし本当に嫌だったら、いつでも帰ってきていいわ…だから、構えず気楽にね…?」
そうしてお母様に応援されるように、扉の方へ送られるユリウスとナタリー。加えて用意周到な使用人達も扉を開けてくれて。暖かな日差しの中へ、二人は歩みだす。
「いってらっしゃい~!」
「いってらっしゃいませ」
「…ん?ナタリーと公爵様、どうして外へ…」
見送りの挨拶が終わった後に、何も事情を知らなそうなお父様がひょっこりと階段を下りてきていた。
「あら、あなた…私たちはテラスでお茶でも飲みましょうか」
「えっ、それはもちろん…いや、それより…二人はどこに…えっ」
お母様と使用人の守りによって――お父様は遠ざけられて行き。「どういうことなんだ…あああ、ナタリ~~、やだよう~~やだ~~~」という、いつものお父様の叫び声が聞こえて。
ペティグリュー家の扉はバタンと閉じられた。
あまりの怒涛の勢いによって――ユリウスに対しての思いは頭から抜け。ナタリーは震えよりも先に。ユリウスと共に…ポカーンと、閉じられた扉を見つめていたのだった――。
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