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「――っ、お身体は――」


ユリウスと目が合った瞬間。聞きたいこと、信じられないという感情…様々なことが頭を駆け巡った。しかし、そうした思いを一旦抑えて――患者であるユリウスに言葉をかけようと近づけば。


「……ぁ」

「…え?」


完全に回復したわけではなかったのか。そのまま、力尽きるように彼はまぶたを再び閉じ――眠ってしまった。聞こえるのは穏やかな…呼吸音のみで。


「お、お嬢様っ!ど、どうしたんですか…?」

「…閣下が、目を覚まして……」

「えっ!」


彼が起きて、どこか身構えていた身体の力がゆるゆるとなくなって。一方、そうしたナタリーの思いは知らず、ユリウスを凝視するミーナは「…うーん、でも今はまた眠ってしまったんですね」と。ユリウスが起きてないことを、もう一度確認していた。


「重傷を負ったとのことでしたから…また明日、お部屋に行きましょうか。お嬢様」

「え、ええ…」

「お嬢様もお休みになって、身体を大事になさらないと…!」


結局、ユリウスが再び眠ってしまったことによって…話すのはまたの機会にということになった。ミーナからも、「夜更かしは、身体によくありませんからっ!」と口酸っぱく言われ。背中を押されるように、自室へ戻って――ナタリーも就寝することになった。


どこか寝つきにくい――そんな思いを抱えながらも、まぶたを閉じて…ナタリーは眠るのに集中した――。


◆◇◆


それから、幾度かユリウスは…どこかぼんやりとしながら目を開けては――すぐに眠ってしまう状況を繰り返した。おそらく、フランツが言っていた魔力の副作用が出ているためなのか…。お父様やお母様をはじめとしたペティグリュー家の面々は、確かなユリウスの回復に喜んでいた。


ただ、なかなか話すことができないことに――じれったさを感じながら。ナタリーは、ユリウスの万全な回復を切に願った。


そんな祈りが神に通じたのか、それともユリウスの屈強な身体のなせる業だったのか――。三日ほどの時をかけて、ユリウスはしっかりと意識を取り戻していった。そして、ナタリーもまた彼にお見舞いという形で、部屋を訪れに向かったのだ――。


「あ、その…迷惑をかけたよう…だ、な、すまない」


彼が休む部屋に行けば――入ってきたナタリーを見た瞬間。ユリウスは、視線を落として申し訳なさそうにしていた。そんな彼の近くにある椅子に、腰かけながら。


「い、いえ…むしろ、こちらこそお父様の命を助けてくださり…」

「……騎士として、すべきことをしたまでだ……。重く考えなくとも…」


なぜだろう…彼が寝ながらつぶやいた言葉を聞いた日から。ユリウスの側に行くと、手が震えてしまう。抑えようにも難しくて、そんな震えを隠すように両手をきゅっと握り合わせる。ユリウスから、騎士として当たり前だと言われたが…そんなことはないと思うのだ。


だって騎士だからといって、君主でもないナタリーの父を率先してくるのは――あまり考えられない。そもそもナタリーの父も武装していたのだから、自分の身は自分で守らないといけない――それが戦争で。


「いいえ…、閣下の行動は簡単なことではありませんわ…改めて、本当に…お父様を助けてくださりありがとうございます」

「……お父上様には、怪我はなかったか…?」

「…え、ええ」

「そうか…良かった」


ナタリーの言葉に返事をするユリウスは、どこか柔らかい表情になっていて。ナタリーは自分の目を疑ってしまう。寝言の一件もあって、彼に対しては混乱することばかりで。もし以前の彼なら、ナタリーのこと…ひいてはナタリーの家族のことなんて気に掛けるはずがないのに。


現在、部屋にはユリウスと二人きりだ。ミーナは気を利かせてなのか…「お茶を…!お持ちしますね…!」と言ったきり、未だに戻らない。なので、二人の会話が途切れると――無音の空間ができあがるのだ。


彼に聞きたいことはある。それなのに、知りたくない自分もいて。口を開けては、閉じるのを繰り返してしまっている。ユリウスも、話が得意といった雰囲気はなくて――余計、重い雰囲気に。


(…聞かないと分からないままよ…そんなのでいいの?)


自分を鼓舞するように、気合を入れてナタリーは口を開き――。


「……閣下、お尋ねしてもよろしい、でしょうか」

「…あ、ああ」

「………」


先ほどよりも、強く両手を握り合わせて、ユリウスの顔を見る。そして。


「…リアムという名前をご存じでしょうか?」

「………っ!」

「閣下が、眠っておられるときに呟いていた名前で…私は…私は…」


ベッドに座るユリウスが、息を呑んだのがわかる。ナタリーの回答を目を離さないように、待っていて。


「変かもしれませんが…私は、その名前の子どもを――産んだ記憶がございます」

「そっ…」

「突拍子もありませんが、閣下は――今とは別の記憶をお持ちなのでしょうか」

「……っ」


力を振り絞るように…ナタリーはユリウスに言い募った。そのナタリーの言葉に、ユリウスは答えを言わない。無言で、ナタリーを何度も確認するようにパチパチとまぶたを閉じたり開いたり。とても言いにくそうにしていて。


それが――何よりの答えな気がして。


「…ウソはつかないでください」

「……」

「どうか、教えてくださいませんか」


たとえ、雰囲気で察しても――ユリウスの言葉を待つ。判決を待つ囚人のように…一時も緩まる時がなくて、息苦しいそんな時間。そんな硬い表情のナタリーを気遣ってか、ユリウスは何かを決めたように…「ふう」と一息吐いたのち。


「ああ、俺は――リアムという息子の名前を覚えている。そして…君と結婚した記憶ももちろん…だ」

「………っ!」


その言葉を聞いた瞬間、背筋が凍る。どうして、なんで…そんなことがあるのか…と。あり得ない、信じられないものが目の前にいる気がして。ナタリーの口から出る言葉は、震えてしまう。


「…す、すべて、ですか?」

「……ああ、記憶にいる奴と…同じ人間だ」

「そ、そん、なっ…」


神様の悪戯なのだろうか。ナタリーだけでなくユリウスも記憶を持ったまま、ナタリーが死ぬ前に…過去に戻らせたなんて――。


震えているせいなのか、開いた口がふさがらない。ユリウスもまた、何かに耐えるように。眉間に力を入れて、難しい顔をして――暗い声を出した。


「俺は、君を苦しめた――人間だ」


ユリウスの話した内容は――ナタリーの頭から温度をサーっと奪うようで。自分の意識をはっきりさせるために、歯をきゅっと食いしばり――目の前の彼に相対する。


「……楽しかったです、か?」

「…え?」

「何も分からない私を…っ、掌の上で転がしていたの…ですか?」

「いや、それはっ」


恐怖、疑問、悲しさ、怒り…やるせない気持ちがどんどん溢れてきて。彼は、どうして自分をわざわざ助けたのだろうか。意味がわからなくて、混乱で――そんな感情から目に熱が集まっているような気もする。


「それとも…今更、哀れに思ったのですか…?」

「………」

「何もかもを失った女に、施しを与えて…いい気分になりたかったのですか?」

「……っ」


ユリウスは、何かをこらえるように。黙るのみで。


「…ああ、もしかして…最後に、意思を鑑みないっておっしゃってましたものね。こうやって、助ける素振りを見せて…今度こそ、意のままにしたかったのですか?」

「そんなことは…っ」

「ではっ、どうして、助けたのですかっ!どうしてっ!」


何か言い返してくればいいのに…ユリウスは全くそんなことをせず。むしろ、ナタリーの言葉を受け入れていて。言葉を出しても、すぐに途切れているのだ。そんな彼の態度が、余計にナタリーを刺激した。


「私、言いましたよね。あなたのことが、大嫌いと、憎むと」

「…ああ」

「…っ!ゆるしません…あの日々のことを、私はっ…私はっ」


ナタリーはユリウスが座るベッドのシーツを掴む。彼のことで泣くものか、と涙をこらえ…キッと睨みつければ。ユリウスは、今までナタリーが見たことのない顔になっていて。


「…ああ、俺は…(ゆる)されない」


彼はどこまでも暗く、威勢もなく…そう言葉を紡いだ。


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