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夫にいきなり呼び出され、向かえば。

あびせられたのは…冷たい声だった。


「ついに、居候では飽き足らず…家の資金にまで手をつけたのか」

「…え?」

「とぼけるな、宝石やアクセサリーを買い漁ったのだろう。執事や使用人たちから聞き及んでいる」

「わ、わたしは、まったく…」

「言い訳をするなっ!はぁ、母上。申し訳ございませんが、これからは金庫の管理を」


まさに針のむしろ状態だった。決してナタリーは、ユリウスの資産に手をつけてはいなかったが、誰もそれを証明するものは現れない。やつれたナタリーの様子に、わざと悲しげに演じるユリウスの母が「まったく…女主人がしっかりしないといけないのに…。あたくしが今後しっかりしますからね」と堂々と言う。


ひと目見れば宝石をつけておらず、化粧すらしていないナタリーを疑うなんてあるはずもなかったのに。


しかし、この事件があった以降。たびたび資金がなくなる騒動が起きれば、ナタリーに疑いが向くことになった。


◆◇◆


そうして月日が流れ、1年経ち――ナタリーに月のものがこなくなった。


「…おめでとうございます。ご懐妊ですな」

「そう…ですか」


何度も痛みを耐えた賜物なのだろう。公爵家付きの医者が診断してくれた。


「しかし…奥様、どうしてこんなボロ屋みたいな部屋に…」

「どうして…なの…でしょう」


医者は哀れみの視線をナタリーに向けた。しかし、ナタリーにも医者にもこの状況をどうにかする術はなかった。また、この報せをユリウスは聞いたのだろうか…出産するまでナタリーの元へ彼が来ることはなかった。


◆◇◆


出産は苦痛、大変さを極めた。

尋常じゃない汗と痛みは、なんども医者に「殺してください」とつい口に出してしまう程だった。しかし、医者と使用人一人に見守られながら…元気な男の子をナタリーは産んだ。


「男の子ですぞ!出産ご苦労様でした、奥様」

「ありがとう…この子が…」


しわくちゃながらも、立派な産声をあげる我が子の姿に涙が止まらなかった。そのまま疲労のためか、ナタリーは瞼を閉じ寝息を立てる。


まさか、その姿を最後に我が子と会えなくなるなんてナタリーは思ってなかったのだ。


翌日、体力も回復して使用人に我が子のことを聞けば「別室におります」と伝えられた。


(さすがに公爵家の跡取りだから、きっと良くしてくれるわ。ああ、なんて名前を)


そんなふうに、一人我が子の名前にうきうきしていたら、ナタリーの部屋がガチャっと不作法に開けられた。


「ふんっ、ちょっといいかしら?」

「お、お母さ」

「あなたに母と呼ばれる筋合いはありません」


扉から入ってきたのは、ユリウスの母親だった。そして彼女の腕の中には、我が子の姿があり、ナタリーは目を見張る。


「その、腕の中には…」

「ええ、やっと義務を果たしてくれましたので、あたくしがこの子を立派に育てますわ…だから、お前はこの子に近づかないように」

「…そ、そんな…」


出産後の体だったため、ナタリーが抵抗することもできず…そのまま我が子とは離れ離れになった。ここから、ナタリーの精神はますます摩耗していくことになる。


◆◇◆


「のう…奥様、旦那様に相談されては…」

「ごほっごほっ、お医者様…いいの。もうどうにも…」

「…老いぼれは…薬を処方することしかできず…」

「いつも…ごほっ、ありがとうございます」

「きっとこのお部屋にいることが、病を長引かせておりますから…たまには散歩してみてはいかがですかのぅ」


ナタリーは出産後の肥立ちが悪かった。体調が回復せず、薬を飲んでも治らない咳すら患ってしまっていた。病にふせっているうちに、あっという間に4年という時が経っていた。


「そうね…久しぶりに歩こうかしら」

「ええ、ええそれがいいです。また診療日に来ますな」

「どうもありがとうございます」


長年の友にもなりつつあった医者の勧めで、ナタリーは部屋から出ることに決めた。散歩でもすれば、気分が良くなるだろうと…。それが悲劇に繋がるとは知らずに。


◆◇◆


「あ、悪い奴だ!」


散歩のため、部屋から出たばっかりに出くわしてしまった。ユリウスに似た髪色に…彼よりは薄い瞳の赤がこちらを睨む視線。


敵と言わんばかりに、見ていてーーその後ろには、ユリウスの母親の姿。


「えっ…と…」

「ふふふ、やんちゃでございますことで…教えましたでしょう?アレは、仮にもあなたのお母様なのですよ…」

「でも〜僕、あんなの…」


小さなユリウスは、きっとナタリーを悪とする教育を受けているのだろう。勝ち誇った義母の瞳は雄弁に語っていて…。


子どもに罪はないってことは重々わかっていた。わかっていたが、自身の子どもから悪意を向けられたことにーーナタリーの中で今までの忍耐の積み重ねが、バラバラと崩れる音がしたのだ。


「そう…」


反論も、抵抗心も湧かなかった。きっとこの頃の自分は、何もかもを諦め始めていた。夫に縋ることも。子どもを取り返そうとすることも。無理だと…そう思ってしまった。


ナタリーがこの機会を最後に、自分の部屋から出ることは…あの夫に離縁を言いに行くまで全くなかった。


なにより、「笑う」ことすら彼女の中から消えてしまう程のダメージで。再起不能になりつつあったナタリーを突き動かしたのは、彼女の両親だった。


それは、幾ばくかの年月が経った…秋も深まった頃―――。



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