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(エドワード様が…泣いていらっしゃる…?)


ナタリーは自分が見ているものが、信じられなくて――まぶたをしきりに何度もパチパチと動かすが。やはり何度見ても、エドワードの目から滴が流れている。


「…エドワード様」

「……っ」


呼びかければ、まるで小動物の様にビクッと身体を揺らす。そうしたナタリーの声によって、我に返ったのか…服の袖口で涙をぬぐおうとしていて。ゴシゴシと顔を拭いたら、痕になってしまうと思い…ナタリーはとっさに歩いて近づき。


「ハンカチを…よければ…」

「…あ、ありがとう」


何か必要になるかも…と腕に掛けて持ってきていたポーチを開いて。その中にあったハンカチをエドワードに手渡す。おずおずとしながらも、エドワードは素直にハンカチを受け取った。


「今日は星が…綺麗ですわね」

「…え?」

「お隣に、座ってもよろしいでしょうか」


第三王子に連れてこられたここが、どこかはわからないが。天井に大きな穴が開いていて…夜空が見えるようになっていた。満点の星々は、煌々と光っていて美しくて。


泣いているわけを、突然聞くのもはばかれるし…。訳を聞かずとも、星を見たりすることでリフレッシュにでもなればな…と思い。特に、エドワードから拒否もなかったので。無言は肯定と捉えて…ナタリーは、芝生に座るエドワードの隣に――少しだけ間を空けて座った。


「……ふ」

「…え?ど、どうしましたの…?」

「いや…本当は、僕がどうして泣いているのか、聞きたそうなのに」

「エッ」


ナタリーは、ギクッとした表情になってしまう。そんなナタリーの顔を見て、エドワードは小さく笑いながら。「弟が…連れてきたみたいだね」と視線を、ナタリーの背後へ向けている。


ナタリーもつられて、同じ方向を見れば。たくさんの獅子様の子どもと、はしゃぐ第三王子の姿が。本当に、エドワードのことはナタリーに任せたようだ。


「えっと…そ、その」

「ここは、城の中で王族が利用する庭園なんだ」

「……っ!」


(な、なんですって…!)


流されるまま連れてこられて、今は堂々と座ってしまっている。もしや不敬罪よりも重い罪になるのでは…と、急いで立ち上がろうとしたナタリーに。「大丈夫だよ…僕や弟の許可があれば…。王族の許可があれば特に問題はないんだ」と言われ。


「あ、そ、そうなのですね…ホホホ」

「ナタリーは、わかりやすいね」


だいぶ表情が顔に出ていたのだろう。焦った顔から、気を取り直して…空を見上げながら芝生に座る。何度か話しているうちに、エドワードも落ち着いたのか涙が少しずつ…おさまっていて。「このハンカチ…」と、手に持っているハンカチを気にしている。


「そのハンカチ…気にしないでくださいませ」

「…え?」

「エドワード様にとっては不要かもしれませんが…差し上げますので」

「……」

「あ、もちろんお礼は不要ですわ!むしろ今日のパンのこともありますし…」


ナタリーとしては、本当にエドワードが使うために出したものなので。そのまま、自由に使ってほしいと思ったのだ。


「その…」


城下町で出かけた時と打って変わって…今のエドワードはだいぶ、よそよそしい。城に帰還する時もそうだったが…。言いにくそうな彼が見えて。なんとなく、思い当たるのは…自分の言動のせいではと感じ。


「エドワード様っ!」

「ん!?」

「私…今日は、自分の考えを申し上げましたが…。それで、エドワード様の考えを否定しようとは、思っていませんの…!」


自分の意見を全部曲げて…エドワードに謝ろうとも思ったが。それは、さすがに自分を裏切っている気がして。加えて、父親譲りの駄々をこねるほどの頑固な一面が…受け継がれているゆえなのかもしれない。


だからといって、エドワードに自分の意見を押し付けたいわけでもないので…。どうにかして、そうした思いを伝えようとナタリーはエドワードに語り掛ける。もしかしたら、ナタリーが強く言いすぎたせいで、彼を悩ませてしまったかもしれないし。


「その…だから、私の言い方が…気分を悪くさせてしまったのなら…」

「ああ…」

「っ!!本当に、本当に…」

「いや、ごめんね。肯定の意味ではなくて…ナタリーの意見で気分は、悪くなってないよ」


何か納得するそぶりがあったものだから、急いで謝ろうとしたら。エドワードから、誤解だと言われ。でもそうしたら…と。頭をひねって、彼を見つめていると。


エドワード自身も、何かをためらっているのか。うーんと悩ませていて…そんな彼を見ている間、獅子様の子どもがナタリーの膝の上に乗ってきて…丸くなる。芝生が冷たくて、避難してきたのかもしれない。


そんな獅子様をあやすように、撫でれば…満足しているのか、ゴロゴロと鳴きながら寛いでいるようだ。エドワードは、ナタリーが獅子様に構っている間に決心がついたのか…口を開いた。


「その、ナタリーの言葉を聞いて。僕は…」

「……?」

「僕は、非情な人間じゃないのかって…思って、ね」

「…え?」


エドワードから言われた言葉にぽかんとする。そんなナタリーの顔を気にせず…エドワードは、眉を下げながら。


「だから、ナタリーの発言のせいってわけではなくて…その僕が…」


隣にいる彼は、泣いたことも言った言葉も…すべての責任は自分だというように振る舞う。そんなエドワードを見て、ナタリーは思わず。


「…そんなことありませんわ!」

「……え…?」

「エドワード様は、優しい心を持っていますわ!」


ナタリーはエドワードがいかに優しいかを知っている。確かに腹の奥底が読めない…難しい王子だなと最初は思っていた。しかし、実際に話したり、出歩いたりしてみて。


「街で見た“エディ様”は、民たちが楽しく暮らしているのを見て、本当に嬉しそうな表情をしていましたわ」

「……」

「なにより、何度もお店に通う程…街を視察して、国民のことを思いやっていて」


ナタリーの顔を見るエドワードは、呆気に取られていて。そんなエドワードに、言葉が届くように心を込めて。


「もし、エドワード様が本当に非情なら…私やあの店主は笑顔になったりしません」

「それは…」

「…確かに、私たちの意見は違いましたが…ひとつだけの考えが全てではありませんもの」


そうした言葉を聞いたエドワードは、考え込むように下を向いて。そして、ゆっくりと顔を上げ。


「…でも、僕は…救えそうな人を見殺しに…そんな汚れた人間性で…」

「……」


エドワードの悩みはだいぶ根深いようだ。ふう、と息を吐きだして、ナタリーは目を向ける。


「もしかして、エドワード様は無暗(むやみ)に人を殺めたり…人を殺すのがお好きとかなのですか…?」

「いや!それは違うっ」


その答えを聞いて、ナタリーは分かっていたが…ホッとする。そして、こちらを見るエドワードの視線をしっかりと見つめ返して。


「それなら、エドワード様を汚れているだなんて…私は思いませんわ」

「え…」

「誰しも、取り返しのつかないことや仕方のないことはありますもの。完璧な人間なんて…いません」


ナタリーの頭の中には、公爵家で暮らしていた様々な思い出が浮かんでくる。エドワードがいったい何をもって見殺しと言っているのかは、あくまで想像になってしまうが。それでも、あの母子の件だって――彼なりに最善を考えたまでで。


「もし何かやり直したいのなら、今からでも遅くありませんし…何より、私から見て…エドワード様は輝いておりますわ」

「……本当かい?」

「ええ!私、これでも視力には自信がありまして…!ほら、あそこに光る星も見えますのよ!」


夜空に浮かぶ星をナタリーは指さす。そこには、様々な色を放つ星があって。エドワードもその星に目を向けたのか…「ふふっ」と笑う。


「ナタリー、ありがとう…」

「…大したことはしておりませんわ」


エドワードの感謝に言葉を返すため、彼の方を見れば。彼もまた、星を見終わったのか――ナタリーの方を見ていて。お互いの瞳がお互いを映していた。またエドワードの瞳が、今まで感じたことのない熱を帯びているような気がする。


それは決して、泣いたから熱をもったという訳ではなく――。


「…ねえ、ナタリー」

「は、はい…」


少し空いていた隙間を埋めるように、エドワードがこちらに詰めてくる。気づけば彼と至近距離に。端正な顔立ちと、綺麗な…エメラルドのような瞳がこちらに近づいて――。


「…僕は君が…好きだ…もし嫌なら――」


ふわっとした毛がナタリーの顔に当たり――ああ、どうしよう、どうしようと思っているうちに。彼の唇がナタリーの口へ向かって落とされ――。


「にゃっ」

「……っ!」


彼の唇が落とされることはなかった。なぜなら――。


ナタリーの膝で寛いでいた獅子様が、気まぐれに…立ち上がって。エドワードの顔に、二本の前足にある肉球を――押し当てていたからだった。


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