28◇
◇Side:エドワード◇
――戦争が始まる前、事態は良くない方へ動いていた。
それは、獄中にいた宰相が…敵国の支援を受けて逃亡したことだ。城内におそらく内通者がいて――宰相の亡命に手を貸したようだった。
宰相は国の中枢にいて、仕事を行っていた。だから、重要機密が流れる可能性もあった――が。エドワードは、この事態をチャンスだとも感じていて。なぜなら。
王城内に巣食う異分子を排除できるいい機会だと――考えたからだ。
しかし、敵国に対して手を緩めないということは…戦争に発展することを意味していた。つまり、戦争になったらナタリーがいるペティグリュー領が…狙われるのは必至で。
エドワードの脳内に、舞踏会で見た――家族と笑いあうナタリーの姿が思い浮かぶ。しかし自分は王族であり、国の顔でもある。私情は、身を滅ぼすということを痛いほど経験したのだ。だから、もしナタリーを守りたいのなら、戦争になった瞬間に…相手をすぐ打ち負かせばいい。
幸い、エドワードは瞬間移動魔法に関して才があったから。直属の騎士団と連携すれば、間違いなく敵国を圧倒できるはずで。
――だから、大局的に考えねばならない。
◆◇◆
敵国に対しての監視や戦争準備に取り組む中で。第一王子、自分の兄の容態がいよいよ悪くなった。彼は、協力者であった宰相が消えたことによって。いや、そもそも裏切られていたという真実に気づいた部分も大きいだろう。
元からの身体の弱さに加え、精神面も疲弊してしまって――兄は権力争いから脱落したも同然だった。
そんな兄に、別段報復などはせず――ただ監視という名の放置をして。彼がこれ以上生きていても、益にはならないと踏んだのだ。それは兄にとっても、王家にとっても、自分にとっても。
なぜなら、王位を争って、負けるということは…王族という存在意義を失うことでもあり。長い目で見れば、彼の立場はますます悪くなるばかりだろう。
それは、兄自身も痛感していたようで。
「…はっ、俺が負け…たか」
「…兄上」
「兄と思っていないくせに、ごほっ、いい子ぶるなよ…エドワード」
彼が息を引き取る数日前――。エドワードは、兄を見舞う形で訪問した。可哀想で…といった感情はなく。ただ王族として、すべからく周りに目をやるべきと思ったまでで。
「…もう、すぐ死にそうって時に、お前の顔を見るなんてな」
「……」
「うっとおしい見舞いなんか、しやがって」
この時の兄は、人当たりだとかを気にすることはやめていて。いつかの盗み聞きした時の――振る舞いだった。元々、こういった性格だったのかもしれない。
「もう見舞いは…げほっ、終わっただろ…早くその不快なツラ持って帰れ」
「…失礼します」
ベッドの上で弱弱しく横になる兄は――もう先は長くなさそうで。本人の希望なら、さっさと出るべきだと…冷静に思い。椅子から立ち上がって、扉から出ようとすれば。
「……王族っていうのは、ご、っほ、つまんねぇーな」
エドワードの背中に掛けられた言葉に、反応はせず。そして――それが、エドワードが聞いた兄の最期の言葉であった。
◆◇◆
向こうが動き出すより早く、こちらが先手を打てればよかったのだが。瞬間移動魔法を万全な体制で…かつ大規模な軍を、敵国の指定の場所へ送るために。
準備に時間を費やした。その結果、兄が死んだのと同時に開戦し――。
涙などとうの昔に枯れていたエドワードは。少しの遅れをなるたけ取り戻すように、大規模な魔法の管理を行う。
「殿下っ!魔法の準備が完了いたしましたっ!」
「わかりました。…僕、エドワード直属の騎士たちよ」
エドワードが待機していた騎士たちに、声をかければ。いくつもの目が、エドワードに向く。
「此度の戦、早急に…最小限の犠牲でおさめたい。そのためには、貴公らの力が必要だ」
直属の兵たちを鼓舞する…熱い言葉なんてらしくないな。と思いながらも。
「我ら王国に勝利の光をっ!」
そう努めて冷静ながらも、エドワードの言った言葉は兵たちの士気を高め――。一週間はかかる見込みだった戦争を、三日で終わらすことに成功した。
その功労者には、もちろん同盟国の騎士団もいて。そうした協力すべては…エドワードが思う、最善の終わりに繋がった。
◆◇◆
戦争が終結し――自国の状況を改めて確認したところ。ペティグリューの領地が、敵に奪われていないことがわかった。その立役者に漆黒の騎士団が関わっていて。ただ団長の公爵が、意識不明だということが…残念だったが。これ以上とない、守りで圧倒できて。
一方で――残念だったのは。敵国を降伏させ、王城内にいた敵すらも捕獲できたのは良かったものの…首謀者である“宰相”だけが捕まらなかったのだ。つまり、敵国からも姿を消してしまっていた。
その点が歯がゆい、と思うが。決着はつき――なによりナタリーが無事なことも分かって…ほっと胸を撫で下ろしたのだ。
――なぜ、ほっと安心したんだろう…今回の戦争は、全て計算尽くで。ペティグリューに被害があっても仕方ないと、割り切っていたのに。
「…エドワードよ。お前を次期王にしようと…わしは考えている」
「…ありがとうございます」
「此度の戦争、素晴らしい采配だった…だから、国が落ち着いてきたら…」
「はい、これからも…我が国に栄光をもたらしていく所存です」
エドワードは自分の心に不可解さを抱きながらも。凱旋パレードが終わった頃に、父から呼び出され――王位継承について話をされた。父は、「第一王子は残念だったが…」と表面上は悲しんでいたが。
一方で、その話に対して返した…エドワードの言葉に。納得したように深く頷いていて。加えて、機嫌がいいのか…普段は雑談などしない――父が楽しそうに。
「それで、だが。舞踏会の時に、エドワード…ペティグリューの令嬢と踊っていたな?」
「はい」
「王城で腐敗があったからには、今の体制よりも新しい風が必要だと感じていたのだろう?」
「…え?…え、ええ」
ナタリーの無事という話題が頭を占めていたので。父の言葉に反応が遅れる。しかし、そうしたエドワードに気づいていないのか…続けて。
「お前が望むのなら、令嬢と結婚するのもいいだろう」
「……」
「なに、遠慮はいらぬ。戦争の褒美は…お前にも必要だろうに」
そう言われて、自分が思い描いていた未来図が。着実に完成へ進んでいることに、実感が湧く。湧くのに――なぜか胸のつかえがあるような気がして。
父には曖昧な返事をして。かわしたつもりだったが――そんなエドワードに対して、戦争の褒美をどうしてもあげたくなったのだろうか。頼んでもいないお節介を発揮したのは、ペティグリューに褒賞を授与する時のこと。
予定では授与後は、少し話をして解散の流れだった。が、突然のナタリーへの語り掛けに…エドワードは柄にもなく焦ることになる。そうした焦りを見せないように、笑顔を貼り付けて。
視察のため良く訪れる城下町なら、いつも通りの自分で――うまくこなせるはずだと。自分に言い聞かせて、ナタリーと共に向かったのだ。
◆◇◆
実際にナタリーと共に、城下町へ行けば。
自分が視察している時よりも、すべてが輝いて見えて。それは、まるで別の眼球に変わってしまったのかと思うくらいで。
ナタリーの表情、言葉、声…そのすべてに、温かさがあり。慣れていたはずの全てが新鮮に映ったのだ。今ならわかるのだが――彼女は“生きること”が楽しいから、そう見えたのだと。
そのことに気が付いたのは――お節介な彼女を見た時だった。
◆◇◆
貧しい親子を見かけ――合理的に考える。一時の助けでは、本当の益にはつながらない。無駄なことをするよりも、こうした不幸が他の民にかからないように。ここの地域を改善することがベストで――。
なのに、彼女は迷いもなく親子に近づいていき。彼女らを治療してあげていた。
――理解ができなかった。
(…可哀想だから、ナタリーは治療をしたのか?…そんな、同情で?)
感情ほど…信用ならないものはないだろう。感情で動けば、縋れば…裏切られる可能性がある。なにより、そんな不確定なものを基準にするなんて。おかしい、おかしい…と思うはずなのに。ズキズキと胸が痛むのはなぜだろう。
だから、エドワードは聞かずにはいられなかった。たとえ、ナタリーの行動を批判することになろうとも…彼女の行動の理由が知りたかった。
「…私が見える範囲で、助けられる人を助けて――可能性を広げたいのです」
――そんな綺麗ごと、通じるわけが…。
「生きるのだって…もちろん苦しい時はありますわ。でも、生きていれば…幸せに向かって…歩むことができますもの」
――通じるわけがないはずなのに…どうして、家族が大好きだったあの自分が…幼い自分がこんなに頭をよぎるのだろう。
エドワードは、ナタリーの言葉に言い返せなかった。だってそれは、自分が思う以上に…胸の中にストンと入ってきて。流されまいと抗っていた自分が、崩れてしまうような瞬間で。
その時のエドワードは、頭の中に混乱が渦巻いていたが――それを、決して悟られないように。帰ることで話題を逸らすように――かろうじて、堰き止めていた。
◆◇◆
城に帰還後、どこか心在らずの状態で。途中――弟に、挨拶をされた気がしたが…簡単な言葉で返して。足早に、誰にも邪魔されない――開放的な空間に魔法で移動する。城内で共有の庭園とは違う――魔法によって生成された、王族の秘密の庭園。
王族しか立ち入れない敷地にあって、邪魔が来ないことから――よく獅子様の寝床になっていたりもする。
そうした獅子の存在などに気にも留めず――芝生に座り込めば。幼い自分が止めていた記憶の奥底から、あふれ出す。
「……っ?」
気づいたら、自分の頬に滴が流れていて。涙と理解するには、時間がかかり。
――幼い頃、よく父に叱られた時、兄と喧嘩をした時、何かに行き詰った時に、ここへ来てバレないように泣いていたこと。そのしみついた癖が、兄が自分を毒殺しようとしていたのを知ったあの日を境に…なくなったこと。
次々と思い出し、現在…その癖が再発してしまって。
(…分かっている、分かっているんだ)
エドワードは、ナタリーの言葉を理解できなかったのではなく。理解しようとしなかったのだ。もし分かってしまったら、家族を恋しいと思う自分が出てきてしまう。見ないようにしてきた、本音が出てしまう。
父が自分を利用するのが、悲しかった。
母が父を止めてくれなかったのが、嫌だった。
弟に素直に接することができず、切なかった。
――兄が病で死んでしまい、辛かった。
確かに、毒殺を考えるなんて…酷い兄だと思った。けど、それでもずっと一緒に生きてきたのだ…王位継承争いが無ければ、また遊びたかった。城下町を一緒に歩きたかった。
「王族はつまんねーな」という兄の言葉が、今になってしみじみと自分に来る。そうだ、王なんてつまらない――王族よりも家族が欲しかった。
だから、家族に愛され…その愛にひたむきで…周りを愛そうとする彼女が――うらやましかった。それ以上に憧れていて、ずっと側にいてほしいと思ってしまった。
(…けれど、僕は汚れてしまっている)
なぜなら、ずっと心が死んでしまったままだから。“生きる喜び”を忘れてしまったから。
合理的に――と考えて人を切り捨ててしまう自分は、彼女の側にいるには、ひどく醜く思えて。
自分の心と向き合っていれば。相も変わらず、エドワードの涙は止まらなかった。まるでダムが決壊したかのように。
――ああ、彼女を好きだと叫ぶ…この心が、涙で洗い流せればいいのに。
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