27◇
◇Side:エドワード◇
無償の愛なんてものはない――それが僕の人生だった。信じたものが損をする…だから、合理的な判断を。いかに残酷だろうと、大局的に見れば利益になることを追求していく。
――それなのに。
ナタリー、君のような人がいる…それを認めてしまったら。僕の醜さがあまりにも…ひどくて。君に…見せられないんだ。
◆◇◆
綻びが生まれたのは――第一王子、自分の兄が僕に毒を盛っていた事実に気が付いたから。
「兄上が…、本当か?」
「ええ、間違いありません。宰相である私の責任に誓って…誠のことでございます」
衝撃的な事実を聞いたのは、僕がようやく帝王学を勉強し始めたころだろうか。自分と二つほどしか変わらない兄が、いつもは普通に接してくれている兄が。そんなことをするなんて、信じられなくて。
家族なのに。どうして…と。
今思えば、この宰相も狸の皮を被っていたのだが――。それに気が付いていない僕は、彼の言葉通りに…指定の場所へ向かえば。
「エドワードの食事に…ごっほ…ちゃんと毒は入れたのだな?」
「え、ええ…ですが…本当に…」
「ふんっ、貴様は…俺の命令に従えばいい」
身体の弱い兄が、自室で「エドワードを毒殺するために」と…毒見役に命令をしていたのだ。めったに歩かない兄――の部屋にあるクローゼットの中で。その隙間から、兄の本音を聞いた。
自分が家族に殺されるかもしれない…という現実は、エドワードの心に恐怖を与えた。見つからない暗いクローゼット内で。兄が退室するまでの間、震えることしかできなかった。
そんな事実を知り、一人で抱えられなくなったエドワードは。両親に相談しようと決めた。“兄に殺されそうになっている…でも、もしかしたら気の迷いなのかもしれない。僕が兄上に何か気に入らないことを――”と。
そのことを話そうと――両親の部屋の前に行けば。扉が薄く開いていて。
「…そうか、エドワードを毒殺しようと計画しているのか」
「……まあ」
父と母が、家臣となにやら話し込んでいて。ああ、なんだ――もう知っていて、助けてくれるのだ…と思っていれば。
「なら、そのまま静観しろ。第一王子と第二王子――生き残ったほうが次の王にふさわしいだろう」
「…でも、あなた」
「…仕方ないのだ。これが王家に生まれた者の定めなのだ。わしも――そうだったのだから」
「…そう、なのですね」
「ああ…酷かもしれんが――弱肉強食なのだ。獅子の子に――弱いものはいらない」
その言葉を聞いた瞬間――まだ幼いエドワードの心が、パリンと砕けた気がして。相変わらず両親は、「第一王子は身体が弱くて不安だが――知略をもってして上りつめるのなら…それもありだろう」と言うが。何も耳に入らず――扉からそっと距離をとって。音を立てずに、自分の部屋へと戻ったのだ。
そこから、人を信用するのではなく――将来的な自分にとっての「利益」を追求するようになったのだ。
◆◇◆
城内で信用できるものは、ほとんどいない。だから、毒見役が調べたであろう食事でさえ…手を付けられず。自分に助言をしてくれた宰相なら、毒は食べさせないだろうと。彼の指示する食事をとり始めたのだ。
しかし段々と咳がひどくなり――体調がおかしいことに気が付きながらも。幼い自分では、何もかもが足りなくて。なにより…宰相にまだ望みをかけていたのも――甘かったのだ。
◆◇◆
月日が経ち――エドワードは魔法の腕を買われ。自分直属の魔法騎士団を持つことになった。一方の兄は身体が弱いため、政務を中心に動いていて。
相変わらず、城の内部では次期王に関して――派閥のにらみ合いが続いていた。そんな空気感だったからこそ例え、自分の体調が悪かろうと――隙を見せてはならない。そのため、エドワードは笑顔を張り付けて、問題のないふりを続けていた。
王になりたいか――と問われたら、実際のところよくわからない。しかし、王にならねば待つのは死のみ――なのだ。そんな人生はごめんで、生存本能ゆえだったかもしれない。そんな自分を守るための“笑顔”だった。
「ごほっ、く…」
「エドワード殿下…大丈夫でしょうか」
「ああ…」
自分の騎士団を持ってから――さらに、護衛を選抜して周りに置いた。父――現王にも許可はもらって、“影”という名で――普段は姿を隠しつつ、敵に備える存在。しかし、実際のところ…わかりやすい敵は、簡単には現れない。
暗殺、スパイなど――、隠れて王城の中にいるのだ。しかも、わざわざ“王位継承権”を持つものしか狙わない奴らばかりで。おそらくほとんどは、第一王子が仕向けたものなのだろう。
しかしそんな敵襲は問題なくて、変な咳が治らないのが目下の悩みで。
「調べはついたのか…?」
「はっ、城下町の医者、貴族など…ほとんどが第一王子殿下の息がかかっておりました」
「そうか…」
「しかし…、少し遠いのですが…僻地にいる医者の評判を聞きまして」
身体の不調のために、“影”を使って治せる場所を調べたところ。どこもかしこも、権力の関係が生まれていて。どうするか悩んだ結果――最後に出た“僻地の医者”に行くことにしたのだ。
それがエドワードとフランツの出会いになった。
◆◇◆
「いやはや…エドワード様は、すっかり常連じゃのう…」
「ふふ、僕としては早く…ごほっ、常連を卒業したいんですけどね…」
「ほっほっほ。口は元気な患者さんでなによりじゃ…わしもそう願っておるんだがのう」
政務の隙間時間に、得意な瞬間移動魔法で――フランツの診療所に来ている。はじめの頃は、フランツの笑い声や仕草にうさん臭さを感じてたが。“影”がいること、そして彼が処方した薬がちゃんと症状を軽くしてくれたことから。
エドワードは、“体調面のことであれば、フランツに任せるのが妥当”と判断したのだ。しかし、なかなか咳が治らないのはやっかいなのだが。自分では専門外のため、治ることを待つしかないのかもしれない。
「では…いつもの時間に、また起こしてください」
「ああ、わかった。ゆっくり、休んでのう」
慣れた所作で、エドワードはフランツから薬を受け取り。飲んだのち、カーテンで仕切られた奥のベッドで横になる。数少ない安眠が確保された場所だった。長く利用したせいか――フランツには気を許し過ぎている…と思いながらも。
せっかく休息が取れるのだからと。目を閉じて――夢を見ない眠りへ。眠ってから少し経った時、フランツの笑い声が耳についた。魔法で誰かと連絡を取っているのだろうか…。
いつもは無音な空間だったので、音に過敏な耳が反応して…起きてしまった。
(――いったい?まだ、起きる時刻より、早いような)
フランツの薬で身体は少し楽になったものの。まだ怠さは確かにあって――年々ひどくなる症状に嫌気がさす。
(いつもより、早く起きてしまったが――まあ、いいか)
起きてしまったものは仕方ないと、気持ちを切り替えて。カーテンをしゃっと、勢いよく開ければ。フランツ以外の人物が見えて――。そこでナタリーと出会った。
◆◇◆
「エドワード殿下…お身体は…?」
「…ああ、すごく、快適だ」
「それは、誠に良かったです」
ナタリーの魔法を受けたのち。“影”と共に城に戻れば、自分の体調の良さに…気持ちが明るくなる。癒しの魔法は、それほど珍しいものではないだろう。ただその使い手の大半が貴族であるため――エドワードが受けようと思わないだけで。
今回の治療も、フランツの勧めと“影”が側にいたから――。あとは、体調の悪化をこれ以上放置するのは――何も得がないと思ったからだ。
しかしその判断は功を奏し――身体がとても軽い。
「…“影”よ。宰相の近辺に探りを…。そして不祥事をなるべく明るみに」
「御意」
なにより、彼女の治療によって。今までの症状の原因が、“毒”だと分かった。本当に、毒を避けるために宰相の考えに従ったのに。そんな彼が言う食事を素直に食べていた――また毒で苦しんでいたとは…本当に皮肉で。
城に戻った今――早速、“影”に命じて。宰相を追い詰めねばならない。そして、今後の身の振り方も改める必要があるだろう――主に、貴族たちに対して。あとは…ナタリー・ペティグリューに対して。
癒しの魔法は珍しくない中でも――実際に治療を受けてみれば。エドワードは、ペティグリュー家が持つ癒しの魔法は、別格だと思った。おそらく、魔法に相当通じている者でなければ、わからない程の――魔力の扱い方があった。
(王家で――彼女を保護する…?いや、それよりも…)
いつもなら確定事項以外――動くのにためらいがあるエドワードがしたこと。それは、ナタリーに、王家のペンダントを渡したこと。最初はこの力を野放しにするのは危ない、なにより彼女がしたことに報酬をやらねば。
そうした利害関係に落とし込まないと――。
衝動的に渡してしまったことを、自分の中で正当化するように。エドワードは自分に語り掛けた。
王家のペンダントは、王城内で有利に働く。ナタリーが知っているかは知らないが、城に自由に出入りでき。また、身元の保証にも。それと――王族にとって大切な人…婚約者に送る物品としても。
(…ペティグリューと王家がつながるのは、良いことかもしれない。権力構図においても)
あくまで、互いの利益のために。けして、曖昧な情ではないと…そんな思いを反芻して。
◆◇◆
舞踏会開催前に――宰相の投獄が決まった。
彼は実に恐ろしいことを計画していた――敵国や他国の貴族と内通し、第一王子と第二王子の共倒れを狙っていたのだ。そして、幼く無垢な第三王子を人形にして――権力を我が物にしようと。
具体的には、敵国から入手した遅効性の毒をエドワードと兄に盛り。じりじりと身体をダメにさせていった。第一王子は、宰相と内通していたことを知られたくないのか。
知らぬ存ぜぬを貫いていたが――彼もまた、元来の身体の弱さが祟り。ベッドから、起き上がれなくなってしまう程になっていた。
「…エドワードよ。よくやった」
「父上、ありがとうございます。舞踏会後に、宰相の投獄を世間に公表する予定です」
「…ほう、さすがだな。…引き続き、王族としての誇りを持つように」
「はい」
親というよりも、王としての父は…今回の一件で、エドワードの意見をだいぶ聞くようになった。それほど王城が腐敗しきっていたことに、驚いたのかもしれないが。父と話し終え、自室へ帰る途中。
「お兄様っ!」
「ああ、ここで遊んでいたのかい?」
第三王子――エドワードの弟は、廊下で獅子様の子どもと戯れていた。彼は、権力争い外とみなされているのか。周りからは、お飾りのような存在として扱われている。
エドワードからすると、その方が幸せなのかもしれないと思うが。何も知らない弟を邪険に扱うのもどうかと思って、庇護するように関わってる。家族としての情が生まれないのは――しかたない。王族の子どもとして、将来自分の補佐になるかもしれない…投資だと思って。
第三王子に対しては、良き兄の様に――微笑みかける。
そんなエドワードの笑顔は…自分の思惑を隠すほど完成されていて。しかし…第三王子はその笑顔を見るたびに――悲しそうにしていたなんて――エドワードは気が付かなかった。
◆◇◆
他国の前公爵夫人にも――堂々としている姿を見て。ナタリーの天使のような美しさだけではなく、精神力の強さに目が留まった。
この強さがあれば、王家でも流されず――立派な国母になるのでは、と。そうすれば、ペティグリュー家にとっても大きな利益になるし――。
舞踏会の会場から出て行ったナタリーを探していれば。廊下で、不用意にも家臣たちが。同盟国の公爵家について、噂をしていて。
(化け物ね…しかし、国同士の利益なのだから――怖がらずとも、公爵もわかっているだろうに)
そんな考えを脳に浮かべていたら。ナタリーの姿が視界に入ったのだ。どうやら、足を痛めたようでハンカチで手当てがされている。だから、彼女の負担を減らして――少しでもエドワードが考える…将来の利益のために動こうと思ったのだ。
しかしその行動を壊したのは、彼女の言葉だった。「無理をしてはいけない」、「人を助ける性格」と。その言葉を聞いて…思わずドキッとした――それは、自分が否定していた考えだから。
――そんな理想を抱いてはいけない。
そう自分の感情を、律していたはずなのに。人は自分が持っていないものに――強く惹かれてしまう性質のためか。今までの人生をひっくり返すような言葉に、透き通った彼女の瞳に目が離せなくなった。
――この気持ちはなんだ。
口ではからかいを含みながら、いけないものを持ってしまった気がして。あまり深く関わるのは利益に繋がらない――淡々と事を進める方が、効率的でいいはずなのに。
エドワードはつい…ナタリーともっと話したい、関わりたいと、思ってしまった。
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