25
第一王子の訃報と戦争の勝利――そんな、二つの出来事が起きた王都は。
ナタリーの視界に入るのは、笑いあう人々が往来を歩く姿。そして鼻に感じるのは…焼きたてのパンの匂いだろうか。見てみれば、露店から香る美味しそうな料理が提供されていることがわかる。
王都――城下町はとても平和で活気あふれていたのだ。
戦争が開幕したのと同時に、第一王子を弔うため。国民総出で喪に服していたが、戦争が勝利で終われば、国王の計らいもあって――明るいムードが形成された。ナタリーは見に行けなかったが、活躍した戦士たちを称える凱旋パレードが開かれたのだとか。
きっとマルクが率いる漆黒の騎士団も、参加していたはず。そうした国の英雄を、祝う行事もあって――和気あいあいとした空気が街にあった。
「…ふう、突然でごめんね。魔法で酔ってないかい?」
「…え、ええ。だ、大丈夫ですわ」
魔法で酔うどころの話ではないのだが…。とはいえ、国王からの勧めもあってエドワードと街にいるので。今から帰るのは、王家との関係とか…面倒くさい関係面で…よろしくないだろう。
そんな体裁に関して考えていれば。空耳だが、お父様が自分を呼んでいるような…気がしたが――きっと気のせいだ。改めて、目の前にいるエドワードに視線をやると。
「あら…エドワード様…髪が」
「ふふ、茶色にしてみたんだけど…どうかな」
いつもの燃えるような赤色ではない、落ち着いた茶色の髪をしていた。きっと広間で言っていた…変装の魔法なのだろう。顔の素材が良いので、雰囲気は変われど美しさに陰りはなかった。
「とても、似合っていますわ。その髪色も素敵です」
「そうかい?ありがとう。…実は、ナタリーの髪も」
「…私?」
エドワードに指摘されて、近くにあったガラス面に映る自分を見る。そこには、エドワードと同じ茶色の髪色になったナタリーが映っていて。
「まあ…!すごい…!こういったことも魔法で、できるのですね」
「ふふ、気に入ってくれたのなら…僕も嬉しいよ」
いつもは明るい銀色の髪が――全く違う色に変わっているのが、新鮮で。驚き、感嘆を上げるナタリーに。微笑みながら、エドワードは「手先が器用なのが活かせて…よかったよ」と淡々と言う。
「…あと、服が動きづらいかなと思って」
「服、ドレスですか…?」
促されるままに、ドレスを見れば。本日国王に謁見するために着た――長い裾やフリルが付いていたドレスが変化していた。足に絡まらない程度の長さ、そして動かしやすい袖口になっていたのだ。
一回目を含めて…ナタリーの今までは――なんだかんだフォーマルでカチッとしたドレスの着用が多かった。もちろん、ファングレー家で使用人のように動いたときは…ボロボロの服を着て活動しやすくしていたが。
しかし、こうして品もあり、動きやすい服は着たことがなくて――。
「わあ!こういった服は初めてで――とても機能性がいいですわ」
「…うん、ナタリーに似合っているよ…ちゃんと綺麗で愛らしい」
「…っ!あ、ありがとう、ございます」
さらっと褒められて――顔に自然と熱が集まる。舞踏会や家族といった、形式的な雰囲気とは違い――素の状態を…不意打ちのように言われて。ナタリーは、照れてしまう。
「ふふ、装いに華があるといいね。男である、僕が地味な色しかなくて」
「そ、そんなことありませんわっ!どんな色でも、エドワード様の気品は保たれていて――」
「…くっ、そこまで熱くならなくても」
「あっ」
思わずといった様子でエドワードは、笑い声をあげる。つい、ナタリーとは違って…服の色味を変えただけのエドワードも素敵なことを伝えよう。…ということに集中しすぎて。ナタリーの顔は…ゆでだこの様に赤くなっていく。
「つい、話し込んでしまったね。…さて、美しいナタリー。僕にあなたと一緒に歩く栄誉を、下さりませんか」
「…か、からかわないでくださいまし!でも…本日はよろしくお願いしますわ」
面白げな声を出すエドワードに、むむっとしながらも。ナタリーは、エドワードの腕に手を置き。一緒に歩き出した。
◆◇◆
「ここは城下町でも、露店が活気づいていてね」
「…まあ」
「露店の一帯を越えれば…大きな広場があってね。職人が手がけた…獅子をモチーフにした噴水が見えるよ」
「そんな噴水が…!」
ペティグリュー領にある町と雰囲気が違う場所で。ここまで人が行き交う活気に、ナタリーは目を瞠るばかり。
「おっ、だんなっ。久しぶりじゃねーか!今日は…きれーな奥さん、つれてるんだな!」
エドワードと一緒に歩いて、様々な店を見ていると。ふいに、露店の店主から声がかかる。その声に対して、エドワードは「久しぶり」と微笑みながら挨拶をして。
「でしょう。あまり見ると僕が、嫉妬してしまうから…気を付けてね」
「っあ~~!お熱いねえ!」
「…っ!エ、エドワー…」
ナタリーがギョッとして、エドワードに声をかけて制止しようとすれば。ふいに耳元に声が聞こえて。「僕の名前ではバレてしまうから…エディと呼んでくれないかい?」と。
内緒話をするかのような彼の顔の近さ、そして名前の呼び方に…ナタリーは口をパクパクとするばかりで。
「はあ、仲睦まじくて…おっちゃん胸やけしそうだぜ…。おっと言いたいことを忘れるところだった…!綺麗な奥さんサービスで、この新作パンをオマケにつけるんだが…、一つどうだい?」
「ふむ。確かに、美味しそうなパンだ。では、二つほど買おうか」
「エ、エディ様…」
「うん?なんだい、ナタリー。もしかしてパンは苦手だったかい?」
「ち、ちがっ、そうではなくて」
――奥さんってところを訂正してほしいのに…!
そんなナタリーの思いを知らないままなのか。慣れた手つきでエドワードは、会計を済ませていく。この街に何度か、視察でもしているんだろうか。それほどまでに、やり取りすべてがスムーズで。
「まいどあり~!新作のパンにはクリームが入ってるんでね」
「ほう。クリームか…珍しいな」
「せっかくだから旦那にもオマケで二つつけ――」
「ああ、ありがたいが――二人で食べるときに…一つを半分ずつ分けようと思っていてね」
「かー--っ!いいねえ!野暮なことを言ってすまねえな」
エドワードの言葉が頭に入らない。それほどまでに、驚きと緊張でいっぱいいっぱいで。そんなナタリーとは違い、パンを購入したエドワードは…。片手にパンを買った紙袋を持ち――もう片方でナタリーの手を握ると。
「なっ、えっ」
「オマケをありがとう、ではまた」
「ああ!またのお越しをー!幸せにな~!」
元気な店主の声を背に、エドワードにされるがまま。ナタリーはついていくのに必死になった。
◆◇◆
「もう!エドワー…エディ様!」
「ふふ、怒っているナタリーも可愛いね」
「~~~っ!」
結局、訂正はできず。エドワードのペースに飲み込まれて終わった。彼に手を引かれてついていけば。最初に紹介してくれた…獅子の噴水が見える広場に着いていて。
大きな木製のベンチに誘導され…ゆったりとした幅があるそこに。二人で腰かけていた。
「まあまあ、ほら…あの通りのパンは美味しくて、格別なんだ」
エドワードはくすりと笑いながら。ナタリーに、紙袋から丸くきつね色のパンを取り出す。そしてナタリーに手渡してきたものを、受け取れば。
「あ、ありがとうございます。お金は…」
「僕のワガママってことで、ね?…案内したくて、してるから。気にしないでほしい」
「…ふふ、ではそういうことで。お言葉に甘えますわね」
彼の笑みや言葉を否定する方が良くないと思い。ふわふわのパンを改めて見る。そうすると、いつも食べるパンと違い…焼きたてなのか温かくて――。
「こんな温かいパンがあるなんてね?…あそこは騎士たちがよく利用する店だから…毒も気にせずに大丈夫だよ」
「まあ、有名だったのですね」
期待しながら、パンをちぎってみれば。中に何か詰まっていたのか、白い部分にとろりとしたものがあって。香ばしい匂いにつられて、そのまま口に運べば。
「お、おいしい…!」
「でしょう?」
普段食べたことがない味に舌鼓を打つ。とろりとしたものはチーズだったようで。屋敷でシェフが作ったものも美味しいが、露店には…また違う美味しさがあるようだ。
世紀の大発明では?といったくらいに、キラキラとそのパンを見つめていれば。隣から、刺さるような視線が来ていることに気づき。
「な、なんですの?」
「いや、僕も初めて食べたときは…そうだったなあって」
「まあ、そうでしたの」
「うん。懐かしくてね…このパンはもっと広まってもいい気がするよね?」
「ええ…!ほんとうに!」
暖かい日差しを、木々の隙間から受けながら――美味しいパンを食べる。穏やかで居心地のいい時間だった。そしてチーズが入っていたパンを食べ終えれば、店主がオマケと言っていたパンをエドワードが取り出す。
そして流れるように、二つに千切って。片方をナタリーに手渡してきた。こういった形で、パンを食べる経験がなかったナタリーは、おずおずとそのパンを受け取り――。
「…っ!甘くておいしいですわ!」
「ああ、本当だ。クリームってパンに合うんだね」
食べやすい大きさに千切って、口に入れれば。ナタリーとエドワードは笑顔になり。パンの味を楽しみあった。
パンを食べたのちは、ベンチで休みながら――噴水の意匠や他の地区にある建物など、様々な説明をエドワードから受ける。どの内容も目新しいことばかりで、聞いていて飽きなくて。
「この広場の先はまだ、未開発地域が多くてね…これから発展していく予定なんだ」
「まあ、そうなのですね」
「ナタリーはどんな店をよく利用するんだい?」
「うーん、私は――」
はじめの気恥ずかしさもなくなり、会話に花が咲いていた――そんな時。
「ど、どうかっ。息子をっ、診てくださいませんかっ」
「…はあ、支払いができねえ患者は診れねえんだ」
「そこを、そこをっ…どうかっ」
女性の悲痛な叫びが、未開発地域に差し掛かるところから…広場へ聞こえてきたのであった――。
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