22
ペティグリュー家の屋敷へ馬を慎重に走らせて。
――数刻後。
マルクが率いる騎士団のおかげか、敵兵は誰一人として現れなかった。そのため、安全に屋敷まで到着することができ――急いで、ユリウスをベッドに運んだ。
◆◇◆
お父様と共に戻ってきたナタリーに対して。お母様は目を大きくし。ミーナをはじめとする使用人たちは、驚きが隠せないほどざわついていた。
しかしそれ以上に、危険な場所から無事に戻ってくれたことの安堵が大きかったようで。普段は感情を噴出させないお母様が。
「あなたっ、ナタリーっ…それに兵たちも…無事でしたのね…!」
「お母様…」
「も、もうっ。どれだけ心配したことか…っ」
「ごめんなさい……」
お母様の瞳には大粒の涙があって。お母様を苦しめてしまったことに…後悔の念が押し寄せる。お父様は、ナタリーとお母様の間でオロオロとしている。
「…でも、怪我もなく――ちゃんと帰ってきたから…」
「お、お母様…」
ナタリーの元にゆっくりと近づき。お母様は、ぎゅっとナタリーを抱きしめ――「これからは、きちんと話すこと…ね?」と耳元で言った。
「…っ」
「お父様のところまで、怖くはなかったかしら…?あらあら、こんなときは大きな声で泣いていいのよ」
「…っひ、うっ」
――怖かった。お父様がいなくなること。ユリウスが刺されたこと。人が死んでしまうこと。
お母様に頭を優しく撫でられながら…ナタリーは、幼い頃に戻るように声を出して泣いた。大切な人が無事なこと――それが、これほど幸せだなんて。
「我慢なんて、たくさんするものじゃないわ…ほら、お父様なんて…いつもはしたないくらいでしょ」
「えっ」
「ふふ…、ナタリーもあの図太さ――心の強さを出してもいいのよ」
「今、図太さって――」
お母様の言葉によって、お父様が「あれ?あれ?」と何か戸惑っているようだが。二人の声は、ナタリーに安心感を与えてくれて。そのまま、泣きつかれるくらいに涙を流し続けてしまった。
一通り話し終え――部屋へ戻る際に、現在の状況がペティグリュー…自国が優勢だと知らされる。お父様が要請した応援も、漆黒の騎士団に加勢をしているようで。
まだ戦争が終わったわけではないが、少し胸の重りが減った気がする。しかし一方で、別の重りが。ミーナやお母様が、ユリウスを凝視したのち――ナタリーをじっと見つめていたのだ。
“彼は戦争以外でも…何かあるのでは”、“ナタリーと関係しているのか”――とお喋りな視線が来た気がする。が、ナタリーの疲れを優先して、視線を送るだけにとどめられていた。
お父様が、周りにユリウスについて…「彼は偶然、父さんを助けてくれたんだ」と言っていて。その理由で納得してくれないかな――あの外套と似ている装いをしているだなんて…気づきませんように、とナタリーは願った。
◆◇◆
あれから…日が経ち――状況が一変する。
というのも、三日間で戦争が終結したのだ。
それは、敵国に対して漆黒の騎士団の活躍があったこと。戦争が開幕したのち、王城でエドワードが指揮をとって動いたこと。聞くところによると、大規模な瞬間移動の魔法を行っただとか――。
そうした要因が作用しあって、ナタリーのいる自国の圧倒的な優勢で…戦争の幕は閉じた。しかし、戦争は終わったというのに、ユリウスが眠ったまま目覚めないことが――問題だった。
「あら…どうして公爵様は目覚めないのかしらね…」
「…うーむ。どこか怪我をしているようには見えないけどなあ」
お父様とお母様がユリウスの容態に、頭をかしげる。ナタリーもその様子に、眉をひそめていた。なにより、自分が魔法を使ったことで――彼になにか悪影響を及ぼしてしまったのか、と。
「わからないものは、仕方ないだろう…幸い、身体的には問題ないように見えるから――フランツ先生が来るまで、待とうじゃないか」
「…はい」
ユリウスが目覚めないことに、不安を感じつつも。ナタリーは父に促されるように、来客室から出る。両親とは別に彼の容態を見に行けば、以前の記憶と同じ――悪夢にうなされているような…彼の姿をよく見かけた。
癒しの魔法が発動して、治ったはずなのに――どうして。
ナタリーの悩まし気な表情に遠慮してか。ミーナもお母様も…彼との関係を聞いてくることはなかった。
◆◇◆
――相変わらずユリウスが眠り続けている中、幾日か経ち。
マルクからの便りが来た。どうやら、戦争の処理が落ち着いたらペティグリュー家を訪問するとのこと。なにやら、長文でユリウスの無事を確認しにいくのであって――やましい気持ちなんて、などと書かれていたが。
そんな便りを読みながら、ナタリーは自室でため息をつく。原因は、やはりユリウスが目覚めないこと。そのことに、うんうんと頭を悩ませていると。ゆっくりとしたノックが響く。
「あら?」
「ナタリー、今…いいかな」
「まあ、お父様!大丈夫ですわ!」
ナタリーの返事を聞いた父が、ドアを開く。お父様が前線に行くまでもなく戦争が終わったので、身体には傷一つない。
「…元気がないようだね。父さんも、恩人が目を覚ましてくれないことは…悲しいな」
「…そう、ですね」
「まっ、まあ…可愛いナタリーに、こんな表情をさせる彼に!思うことがないと言えば嘘になるけどっ」
「……」
ナタリーが無言で父を見つめれば、すーはーと深呼吸をしているお父様が見えて。どうやら、自分を落ち着かせているようだ。「言葉が乱れて…すまない」と伝え、ナタリーが座る対面に腰かける。
「…彼のことはさておき、今日来たのは…ナタリーのことだ」
「…私、ですか?」
「ああ、あの時――ナタリーの手から光が見えた気がしたんだが――」
お父様が話したのは、敵兵から襲撃を受けた日のことについてだった。ナタリーの体調は、あれから変化はないのか。何かあの光に見当がついているのか――など。
「あの光…私、どこかで見たような気もするんですが――」
「思い出せない、ということか…」
「…はい」
「うーむ…それならば、仕方ない。無理をして頭を使いすぎても、良くないからな」
そう言って、お父様はほほ笑んだ。その笑顔を見て、ナタリーも張り詰めていた神経が和らぐ。
「あの光――その、ナタリーの魔法について、父さんも考えてみたんだ」
「…まあ!本当ですか」
「ああ…それでな…」
ナタリーのことをここまで思ってくれて。確かにいつもは、ネジが緩んでいるが…頼りがいのある父なのだ。お父様の言葉に、しっかりと耳を傾けてみれば――。
「まったく!わからなかった!」
想像と違う言葉が聞こえた――いや、勝手に期待をし過ぎたのだが…。
「……へ?」
「今日まで、母さんにも聞いてしっかり考えたんだが――全く分からなかったんだ!」
「は、はあ」
お父様は「母さんからは、見間違いじゃないのかって言われてな…」と話し…どこかしょんぼりとした表情になる。
「なんだか、父さんも…自分の目がな…怪しくなってきてな」
「そ、そうなのですか」
「ああ…ナタリーの体調が悪くなっている様子もないから…」
「でも…私も、見ましたし…」
ナタリーがそういえば、父の眉は八の字になり。迷子のような顔をして。
「…やっぱり、そうか…」
お父様は、役に立てず申し訳なく思っているようだが。ナタリー自身も…あの光の正体についてはっきりと分かっていないので――父を責めるつもりは一切ない。ただ、父の言動に振り回されただけで。
――さて、この微妙な空気をどうしようか、と考えていれば。
「おじょーーさまーー!」
聞きなれた大声と共に。あわてんぼうのミーナが、ノックをしながら部屋の中へ入ってくる。
「あ!旦那様もいらしたんですね…!」
「ミーナ…君はとても…その、今日も元気だな」
「よく言われますっ!ありがとうございます!」
「いや…褒めているわけでは…ん?褒めているのか…?」
お父様が混乱している中、急いできたミーナに…ナタリーが「どうかしたの?」と聞けば。
「フ、フランツ様が到着しました…!そのことを、早く伝えようと思って…!」
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