21◆
◆Side:ユリウス◆
「おいっ…ユリウス!どこに行くんだよーー!」
マルクの声を背にして、俺は馬に魔法をかけながら全力で走る。
隣国の王城へ――定期的な警備も兼ねて向かっている最中のことだった。その隣国で戦争が始まったと、突然の知らせが来たのだ。それを聞いた瞬間、驚きで時間が止まったと思うほどの衝撃で。
(おかしい、戦争が始まるにしてもまだ半年ほどあると思ったのに――なぜ)
一回目の人生知識を活かして…今回は万全の体制で乗り切るつもりだった。別に要請されてもいない、隣国の警備をしようと何度も提案するくらいには――慎重になっていたはずで。しかし蓋を開いてみれば、予想だにしていないことが起きている。そんな謎よりも、重要なのは今だ。
(ペティグリューの領地へ…急いで向かわねば…っ)
王城は戦争で狙われない――はじめに狙われるのはペティグリュー家の領地だ。ユリウスは、ナタリーの家族が、彼女が戦争の一番の被害者になっていたことを知っている。
二度目を生きる中で、今後の様相が変わっているような気配を感じつつも。敵国に近いペティグリュー家の領地が戦争に巻き込まれない…なんてことはありえないだろう。長年共にした馬に、魔法をかけて駆ける。
膨大な魔力はあるのに、自分ができるのは物に作用する魔法だけで。瞬間移動の類が、魔法で使えないことを…これほどまでに口惜しいと思うとは。
ペティグリュー家の領地までここから、半日はかかる。きっと騎士団の馬であれば、数時間ほど。それを数分、数秒で向かわねば――俺はきっと後悔する。
ユリウスは走ることのみに集中する。そうすれば、周りを風圧でなぎ倒すほど…スピードが出ていた。
◆◇◆
思えば、今の人生が以前と異なるのでは――と感じたのは…ナタリーと出会った日から。それまでは、ファングレー家で起きた出来事をなぞって…魔力暴走に耐える日々だった。
そんなユリウスの行動指針は――「戦争でナタリーを守るために」が中心で。ひいては彼女の幸せを守るために、鍛錬をいつも以上に自分へ課していた。
「でさ~、俺は酒場で運命の出会いをしたってわけ!あの美女とはもう――」
「…あれは」
以前と同じく騎士団長になり。僻地の安全を見回っていた時に、違和感が生まれた。馬に乗りながら、女性との関係を自慢してくる…マルクの話なんて耳に入ってこず。
ユリウスの目は、ここにいるのは“ありえない”存在に釘付けだった。
それは、ウサギが描かれた家紋がある馬車――ペティグリュー家の馬車で。ユリウスの記憶では、この辺りで見かけなかった存在で。しかも、その馬車が治安の悪く、茂みが多い道へと入って行くではないか。
「この俺の甘い言葉に、彼女がなんて返したと思――って、ユリウスーー!どこに行くんだよっ!」
平常運転なマルクを放っておいて。ユリウスは、その馬車が向かう先へ――馬と共に駆け出し、追いつけば。やはり、見間違いではなくペティグリュー家の家紋が見えて。その馬車が盗賊に囲まれていた。
しかも、危ない場所へ馬車の扉が開こうとしているのを見て――咄嗟に止めた。その後、武器を構えて剣撃によって吹き飛ばし、盗賊たちを気絶させ一網打尽にした。
ユリウス一人で余裕な現場だったが。心配になったのか途中から騎士団の面々が、ユリウスに追いつき加勢していた。
「もう~、行くならちゃんと…俺に一言をね~そうしないと…」
「…すまなかった」
マルクの小言が長くなりそうだと察したユリウスは、さっさと謝ることによって切り上げる。こうした二人のやり取りは、漆黒の騎士団の定番なのだが――そんなことより、馬車に乗っている人物の状況確認を。そう思い、馬車に近づけば…アメジストのような目と視線が合った。
(…ナタリー、君だっただなんて)
ユリウスは、なるべく平静を装いつつ。しかし内心は、混乱していた。彼女がここにいる理由に、全く見当がつかなかったから。詳しく話をしようと思ったが――。
ナタリーの手が震えていることに気が付いた。しかも、自分と話す彼女は怯え切った瞳で。きっと盗賊に襲われた恐怖が――など理由は思いつくが。その瞳に、ユリウスはグサッと心臓をえぐられたような痛みを感じた。
(…俺が、そう思う資格なんて――ない、のにな)
ナタリーを苦しめたのは自分で。後悔しようと、その視線が辛いなんて――自分が感じていいものではなくて。たとえ、今馬車に乗っている彼女が…以前の記憶のない彼女だとしても。
彼女の目の前から、恐怖を取り除きたい一心で、自分の外套を脱ぎ――馬車にかけた。そうすれば、きっと彼女の瞳に映る嫌なものは消えるはずで。綺麗で曇りのない彼女の瞳を、心を守りたかった。
そんなユリウスの様子に、マルクがポカーンとしているようだが。それを無視し、彼女の見送りを団員に命じる。
(…きっと、化け物の俺が付いていったら怖がらせてしまう)
手綱を握る力を増やしながら、自分の気持ちをやり過ごす。悲しみ、辛さ、後悔――すべては己の身から出た錆なんだと、再認識するように。
そんな思いを抱きながら、視界から馬車が消えるまで彼女の安全を見守り続けた。
◆◇◆
マルクの口車に乗せられたのは、その後だった――。
「いや~なに?ユリウス団長~!お前も、そういうところがあるんだねぇ」
「……なにがだ」
「もうもうっ、知ってるくせに~。彼女、とても美しいひとじゃないか…ぜひ俺との仲を…」
「………」
「あっ!うそうそ!そんなこと思ってないからね。だからその剣を触る手、しまってぇ!」
マルクは、ナタリーを無事に屋敷まで送り届けた。時刻はそんなに遅すぎず、きっちりと動いたようだ。しかし、合流後――。勝手な親近感を覚えたマルクが、いつもよりひどく絡むようになった。
副団長であるマルクの腕を買って、ナタリーの護衛を命じたのは失敗だったか。頭に手を置きながら、眉をひそめていると。何を勘違いしたのか――。
「あ~。なんていうの。お前の黒い服――ちょ~っと不味かったかもねえ」
「っ!そうなのか?」
「そうそう!あんな地味な色じゃあねえ…ご令嬢、残念がってたよ」
ユリウスは恋愛にからっきしだった。それどころか、女性の心も。――ただ、そうだとしてもマルクに頼るべきではなかったのだが。ついナタリーを思って、彼にすがってしまった。
「ふっふん!この幾度となく恋の道を究めた…この俺が指南しようじゃないか」
「………ああ」
「え?なに?ユリウス君、聞こえないよ?」
「…くそっ、たのむ」
ナタリーを喜ばせたい。彼女を悲しませることなんてしたくない。その気持ちに盲目になったユリウスは――お調子者の意見を真に受けてしまった。
◆◇◆
盗賊捕縛の処理から、幾ばくかの時が経った頃。隣国の王家主催の舞踏会について、こちらの国でも盛り上がりを見せていた。
美しい王子は舞踏会に現れるのか。次の隣国の王は誰だ。社交界で噂になっているのは――。
「楽しみだよねぇ…舞踏会」
「……」
「はあ…ご令嬢たちとの恋の予感…。そんな舞踏会に参加できるだなんて…漆黒の騎士団に所属していてよかったって思うわぁ」
「…よかったな」
マルクもそんな盛り上がりに熱を入れていて。隣国の舞踏会と言えど、同盟があるため招待状が届くのだ。騎士団からは毎年、団長と副団長が参加するのが恒例だった。またユリウスは、公爵という身分的な面で、家族も同行するのだが。
(…母上か)
性格が歪んでしまった母のことを思うと頭が痛い。二度目の人生になってから、彼女とも話し合えれば…と思っていたが。酒と薬の効果が抜けていないのか、未だに効果が出ていない。
「ほら~ユリウス。ドレスは贈ったのか?」
「…ドレス?」
「えっ!あの麗しのご令嬢――ナタリー様にだよ」
「ナタリー」という名前が聞こえてドキッとする。しかしマルクの話を理解するのに、時間がかかった。彼は何を当然と思っているのか。
「いや…ドレスは、俺が贈っても…」
「あ~だめだめ…!ユリウスはいつも受け身だから…そこが問題ってこと」
「は?」
「花のある女性にドレスを贈るのは、自然なこと…!しかもっ!ドレスは何着あっても、目で楽しめるじゃないか…!」
「…そう、なのか?」
マルクの押しに負けて、言われるがままドレスを購入。その時も、ドレスがユリウスの瞳の色であれば…真剣さが伝わると熱弁され。赤いドレスを贈ることになった。
たとえドレスが不要でも、ルビーをたくさん飾り付けたので――宝石として、彼女の役に立てたらいいと思ったのだ。
「おお~、情熱が伝わってくるねえ~」
「本当にこれで…?やっぱり、やめ」
「あ~~~、善は急げってね!一週間前あたりに、届くように。よろしくね!」
ドレス店で配送のことまで決めて。主にマルクが決めていたような気がするが、少しでもナタリーが喜んでくれたらと思う。名前を堂々と書く気にはなれず、カードにとどめて――そのドレスはペティグリュー家へ向かうことになったのだ。
◆◇◆
――舞踏会当日。
華やぐ会場に、マルクと母と共に着いた。母はこうした空間が好きなようで機嫌がいい。羽目を外しすぎないよう、はじめに伝えたがきっと覚えていないかもしれない。なにより、マルクもマルクではしゃいでいて。
「…はあ」
思惑が絡み合う会場内で、ユリウスはため息を吐いた。まるで見世物になったかのような視線もうっとおしい。母が無茶をしないように、彼女を話し好きで有名な貴族に紹介した。きっと今日一日は、解放されないはず。
自分の仕事は終わったとばかりに、ユリウスは壁の方へ向かう。どこもかしこも、以前の記憶と代り映えのないものばかり――。
そう思っている中、ちょうど楽団の音楽が止み。また到着した貴族がいるのか、扉が開けば。そこにいた女性にユリウスは目を奪われた。
天使のようだと――普段は絶対に思わない言葉が浮かんだのだ。
その扉から出てきたのは、ナタリーで。透き通る肌、そして高潔さを示すようなゆったりとした足取り。シャンデリアの光を受けて輝く彼女の髪と瞳は、この世のものとは思えないくらい綺麗で。
そんなことを考えていれば…突然、彼女と視線が合った。顔に熱が集まっているのか…熱くなる。
「……っ」
まるですべてを見透かされているようなその瞳に、胸が早鐘を打つ。これはいったい、自分の行いに不安があって焦っているのか――。
そして見つめ合うこと数秒、彼女が戸惑いの色をこちらに向けてきたのだ。
(…どういうことだ)
戸惑い――この場にユリウスがいるのは、貴族の間でも普通になっていて。ではいったい…と視線がナタリーのドレスに向かった時にはたと気づいた。彼女はユリウスの贈ったドレスを着てはおらず――もしかして戸惑いの原因は。
そこでやっとユリウスは、ドレスを突然贈るのはおかしかったことに考えがいたって。
(…マルクっ)
いち早く、ユリウスの怒りに気づいたのか。彼は、会場から出る扉の前に移動していたのだ。そんな彼を問い詰めるべく、ユリウスは追いかけて行ったのであった――。
◆◇◆
そうしたマルクとの追いかけっこに、時間がとられ――母が彼女に迷惑をかけている頃に、辿り着くのが遅くなってしまった。会場に再び戻ってくれば、扉の前からでも分かるくらい騒ぎが聞こえ。
いったいなんだと思い、人をかき分けて見れば。母が、魔法でガラス破片をナタリーに飛ばそうとしている瞬間で。本能的に前へ飛び出し、ナタリーが怪我をしないように…そのガラスを掴んだ。
皮膚が裂かれ――鋭い痛みが伝わるが。それ以上に、このガラスがナタリーを傷つけなかったことに…ほっと安堵した。母は自分がやったことに、そのことの大きさに理解できていないようで。
母に対して憐れみを感じるのと同時に――ナタリーを害しようとした行為に激しい怒りを感じた。
(…母上はもう、この時から――そうか)
彼女を抑えることはもうできない――それならば、これを機会に遠くへ行かせよう。今日のことで罰則を与え、公爵家から追放という形で。
心でそう決めたのち、ユリウスはマルクに指示を与えて――会場を後にする。ふと自分の手を見れば、血が止まらない様子が。これでは、馬に乗れそうにもない。さすがに騒ぎを起こした身で、医者を周りに求めるのも難しく――。
舞踏会で静かになりたいときに利用する庭園へと――血が止まるまでいようと思い、向かったのだ。
◆◇◆
その場所にナタリーが現れるとは、予想だにしていなかった。
挙動不審なユリウスは、彼女に恐怖を与えていないだろうか。不愉快に思われていないだろうか。そもそもどうして、彼女はここに来たのか。
様々な疑問がユリウスの頭の中で生まれて。
血なんて見ていて楽しい物でもないだろうに。それでも、怪我をしたユリウスを気遣ってくれて。こうした彼女の優しさに、どうして以前は気がつかなかったのだろう。こんなにも。
(…本当に、俺はバカだ)
ナタリーが治療をする中、ユリウスの瞳に影が宿る。そこにあるのは、強い後悔で。そうした気持ちに支配される中、彼女の足元に目が向かえば。ドレスから出ていた足が赤くなっていた。
それを確認したのと同時に、手の治療が終わって。頭で考えるよりも――彼女を助けたいと思う行動が早かった。だから、彼女を抱き上げ足に布を巻いたのであって――彼女と距離が近くて、胸の鼓動が早くなったのはきっと緊張のせいで。
それ以上の感情を自分が持つのは――彼女にとって不快だろうと。
だから、この場からいち早く…俺は消えたほうがいいと思い、庭園から踵を返す。血のあとは、魔法によって消しながら――彼女によってすっかり治った手を見た。
(…本当にすごい…な)
癒しの魔法ももちろんだが、ユリウスの中で荒れ狂う魔力の波すら整えてくれている。この魔法を彼女と暮らした時は、何度もかけられて――。きっと夢見が悪くなかった…あの時に。
今回の人生では、彼女と交わることはないつもりだ。だから、この癒しも少し経てば効果は薄れ――俺が死期を迎えるのが早いか、魔力が暴走するのが早いか…なのだろう。
己の身体が動かせるうちに、彼女を守ろう――。
◆◇◆
舞踏会から帰宅したのち。
早速、母を家から追放する手筈を整えた。――もう悪さをしないように、ナタリーの国とも敵国とも違う他の国へ行かせたのだ。
ファングレー家の屋敷から出るとき、最後まで抵抗を見せていたが。それを汲み取らず…そのまま強制的に馬車に乗せ、母を送った。
母の件と入れ違いに、数か月後――公爵家付きの医師フランツが診察しにやってきた。診てもらった結果は、前と変わらず。魔力の暴走は止まっていないようだった。
彼と世間話をしていれば。
「お!そうじゃ。公爵様は、ペティグリュー家のナタリー様を知っておるかの?」
「…あ、ああ」
急にフランツの口から、ナタリーの話題が出てきて。心臓が口から出ると思った。
「あの令嬢様は、薬草についても詳しくてのう…しかもお優しい」
「……」
「そのかいあってのぅ…黒点病の薬ができて。ご令嬢のお母上様が病から、回復できる見込みになったんじゃ」
「…そうか。それは良かった」
「うむうむ…!そうじゃろう!ここ最近の嬉しかったことでの…つい話してしまったわい」
ユリウスも心から嬉しく思った。その話を聞いて、やっとナタリーがあの僻地にいた理由について。少しわかった気がした。盗賊に襲われた日、彼女はもしかしてフランツを訪ねに行っていたのかもしれない。
しかし――ナタリーとフランツは交流があったのだろうか。ユリウスが知らないだけで、“元から関係が…?”と少しの違和感を持つ。
ただそうした疑念は、フランツと戦争に関しての話をするにつれて頭の隅に追いやられた。
(戦争の話題について時期が早い気が…するな)
戦争に関しての疑念を持ったユリウスは、魔力暴走に耐えながらも――準備を始めていく。そうして、冒頭の突然の開戦に居ても立っても居られない状況になったのだ。
◆◇◆
馬を走らせる中、ペティグリューの領地に到着し――敵国へつながる道の方を見れば。女性、ナタリーが座り込んでいるのが見え――彼女が見つめる先に、いつかの絵で見たナタリーの父親がいて。
その先はナタリーと同じく状況を理解した。茂みから現れた槍を見て、猛烈なスピードのまま彼女の父親の前へ。武器を構える暇なんてなくて。
鋭い槍の痛みが胸を、全身を襲うが――ここで倒れるわけにはいかない。
彼女を、ひいては彼女の家族を守らねば。その一心で、剣と魔法を振るう。そうした結果、敵の気配が無くなったのを確認して――俺は身体を支えることができず、落ちていく。
どうやら、化け物になる前に――人間として死ねそうだ。もう視界は暗いが、耳元でナタリーの父親らしき男性の声がする。それと、忘れもしないナタリーの声も。
(よかった…本当に、よかった)
――ああ、リアム。お前の父は、すべきことを…できただろうか。
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