20
どうして、閣下がここにいるの――。
ユリウスは、戦争が始まったら王城…都市の中心部で守りを固めているはずなのに。やっぱり、以前の彼とは別人格だからなのか。
それほど、ナタリーは自分が目撃している光景が信じられなかった。なにより、強い彼が槍で貫かれてしまったことも。だって彼は、勝利の象徴で倒れることなんかなくて。
「ぐ…っ」
ユリウスに庇われたお父様は、まだ状況が飲み込めていないのか…しきりに凝視するばかり。一方、敵に攻撃されたユリウスは苦しみの呻きをあげながら。その苦しみを耐えるように…彼は自分の腰に差してある剣を素早く抜き――。
「なっ」
敵兵が驚くのと同時に、彼はあろうことかその剣を大きく切り結び――敵兵を薙ぎ払った。槍を掴んでいた敵兵も例外なく。そのまま、増援すらも許さない猛撃が繰り出される。その攻撃は、剣と共に魔力の衝撃波を一帯に及ぼすもので。
気づけば視認できる範囲で、敵の存在がぱたりと消えてしまっていた。ナタリーは、瞬きをも忘れ見ているばかり。息を呑む瞬間を壊すように、事態は動いた。
敵がいなくなったのを確認したのか。ユリウスが馬からずるりと、地面へ落ちたのだ。その拍子に、敵が引き抜こうとした力がかかっていたのか――槍も鈍い音を立てて抜け落ちる。
「だ、大丈夫かっ!」
お父様が大きな声を上げて、馬から降りユリウスへ駆け寄る。その声にハッとなり、再び足に力を入れナタリーもその場所へ。
「…なんという力、しかも酷い怪我を――ってナ、ナタリー!?」
「……っ。そ、んな…」
父の驚きすらも聞こえなくなるほどの動揺が、ナタリーを襲う。舞踏会の時よりも、彼の身体は見るに堪えなくて。
(…前は、以前は、私を助けようなんてしてなかったのに、どうしてそこまで)
ユリウスの気持ちが全く分からない。どうしてという疑問が、頭に埋め尽くされていく中――槍が刺さっていた彼の胸が見えた。そこは、どう見ても致命的な怪我で。
「……よ、っ」
「……え?」
彼の口から、小さな声で言葉が漏れる。良く聞こえず、思わず彼の口元へ耳を近づければ。
「…よか…っ、た…ぶ、じ…で」
「………っ、何を…っ」
どうしてそんなことを言うのだ。しかも彼は目から光を失いながら、まぶたを閉じ――ほほ笑んでいて。口からも血が出ているのに、苦しいはずなのに。どうして、どうして。
「……っ、なにもっ!よくないわっ!」
「ナ、ナタリー?」
どうやら、お父様は部下に助けの連絡を頼んでいるらしい。そんな中、ナタリーが急に大きな声を出したことに気づいて、びくっと驚いている。
「お父様っ!今から、私、彼の治療をするわっ!」
「えっ、その、応援が」
「それでは遅いわ…!」
「だ、だが…」
父の戸惑いもわかる。連絡後、救護部隊が来るのだろうし…この場から早く離れたほうがいいということもあるのだろう。敵の存在は確認できないが、それでも今は戦争時。いつ襲撃が来たっておかしくない。
(けれども、その待つ時間によって彼は死んでしまう…間違いなく)
致命傷を受けたユリウスは、どう見たって刻々と衰弱している。彼を見捨てるなんて、そんな自分をナタリーは許せそうにないし――彼の言葉の真意もわからずに、終わるなんて。何もできないまま終わるのは、一回目の人生で十分思い知った。
ナタリーは血がとめどなく溢れるユリウスの胸に、手を当てる。癒しの魔法を身体中からかき集めて――彼へと注ぐ。血が止まるように、身体の傷が癒えるように。
「ナタリー…、わかった、父さんも手伝おうっ!」
「…っ!お父様」
「父さんの命の恩人でもあるからな…なにより、苦しんでいる人を見捨てることはできない」
父の言葉に、焦っていた気持ちや冷や汗が少し和らいだ気がした。しかし、状況はまだ予断を許しておらず。ナタリーの手に被さるように、父の手も加わるが――まだ彼の心音は小さくなっていくばかり。
「く…っ」
お父様が、魔力をどんどん込めるが――ユリウスの怪我に対して難しい表情を浮かべる。父もナタリーも汗をじわじわとかいてきて。
「領主さまっ!敵部隊の応援が、遠くに…っ」
「…くっ、こちらの応援部隊は…」
「ま、まだです…!このままでは…!」
父の部下が、慌てたように伝えてくる言葉は絶望的で。
「……っ」
ナタリーは汗の他に…涙が浮かび始める。また諦めなければならないのか、仕方ないと言って。戦争で自分は無力で、せっかく得意な癒しの魔法すら中途半端なままで終わってしまうなんて。
「ナ、ナタリー…」
父がナタリーへ、伺う眼差しを向ける。わかっている――遠くに大きなひづめの音がやってきていることは。今までの倍の力を手に込めて、ユリウスに魔力を注ぐ。
(神様でも、悪魔でもこの際なんでもいいからっ…私の魔法すべてを使ってもいいから…お願い、治って――)
その瞬間、ナタリーの脳内はスパークしたかのように真っ白になって。目の前も、強烈な光が現れたのか真っ白で。そういえばこの光、どこかで見覚えが――。
「なっ、ど、どうなって…」
お父様も見えているのか、驚き――自分の手をナタリーの上から退かせる。そして、光が現れたのはほんのわずかの時間で。再び、光が消えた先にあったのは。
「…はぁ…っ、はあ…」
「…っ!傷が――」
槍によって心臓に穴が開くほどあったユリウスの怪我が、まるで最初からなかったかのように塞ぎきっていて。心音を確かめるように、耳を近づければ…トクトクと一定のリズムが聞こえる。
ナタリーは身体からどっと疲れがあふれてしまったのか。膝立ちだった姿勢から力が抜け、その場に座り込む。
「ナタリー、これは…っというより、早く逃げねば!」
目をぱちくりとさせているお父様は、現在の謎よりも…どんどん近づいてきている敵兵へ注意を向ける。ユリウスが治ったことは良かったが――彼はまだ気絶したままで。状況はとても絶望的なことは変わらない。
「やはり、父さんが敵を――」
「…団長――――っ!」
お父様が、敵兵への囮を申し出る前に聞こえたのは…大声を出すマルクの声だった。そしてマルクの後ろには、大勢の黒い鎧を着た騎士団がいて。
「…ぜぇ、いきなりっ、魔力をフルで馬に使ったかと…思ったら、ここにいたっ、ふう…。ああ!麗しのご令嬢っ、お久しぶりです」
「え、ええ」
マルクは、息切れしながらもユリウスのもとに駆け寄ったのち。ユリウスを見てギョッとし、「え?団長…なにが」と困惑しながらも。遠くから聞こえるひづめの音に、ハッと気付いた様子で。
「…ワァ…しかもあれは…大勢の敵が来ているようで…?」
どこか遠い目をしながら、「はあ~…団長の後始末も…副団長の役目ってことなのかなぁ」と言って。すぐさま状況を把握したようだ。
「あっ!ナタリー様と…そこにいるのはお父上様かな?ここから、逃げてくださいっ!それと…うちの団長…」
「あ、ああ。彼はこちらで運ぼう…それより、いいのか?」
お父様の言葉に、マルクが「団長のこと、ありがとうございます」とお礼を述べた。そして。
「…あとはお任せをっ!…我ら漆黒の騎士団、いくぞっ」
彼がそう呼びかければ、男達が応えるように声を出していた。また器用にナタリーへ、マルクはウィンクをすると。敵前へ駆け出す。
そうしたマルクの行動によって…安全に移動する時間ができた。すぐさま、お父様の部下――ガタイのいい男性が手綱を握る馬へ、ユリウスを乗せる。
そしてお父様の誘導があり。ナタリーは父の前に乗って、屋敷へと走り出したのであった。
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