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「ナタリー、今日は少しお寝坊さんね」

「本当だな、嫌な夢でも見たのかい?今夜は父さんが子守唄でも」

「あなた…歌が下手なのに子守唄って…」

「す、すまない…そんな残念そうな目…や、やめてくれ…」


大好きなお母様とお父様が…元気な姿で「おはよう」と声をかけてくれる。自室でミーナと支度を終えて、朝食の時間を少し過ぎて食堂へ到着すればーー冒頭のやりとりが始まったのだ。


「……」

「おや?ナタリー、お腹空いていないのかい?」

「お父様の冗談が嫌だったかしら?大丈夫?ナタリー」


ずっと焦がれていた光景が、姿がそこにあった。もう、二度と会えないと思っていたのに。


「…ううん、おはようございます。お父様、お母様」


私と同じ銀色のウェーブした髪に、アメジストのような薄紫の瞳。ペティグリュー家の特徴で、大好きな色だ。優しい二人は…私が嫁ぐ一年前の戦争で亡くなった。


(もし、本当に過去に生き返ってきたのなら…お父様とお母様を救ってみせる)


自室で夢見心地だった自分の頭が、冴え渡っていくことがわかる。たしかに歩くことができる屋敷の床は…地に足の着く現実で。


(神の奇跡なのか知らないけど、感謝するわ!)


生き返ってから、未来からは久しぶりに見る父と母の顔をしっかり目に焼き付けながらーーナタリーは慣れ親しんだ屋敷の朝食に手をつけ始めたのであった。


◆◇◆


ナタリーの悪夢は、自国が敵国に攻め込まれる戦争から始まった。きっかけは国同士の関係なのだろうが、巻き込まれる方からしたらたまったものではない。


ペティグリュー家は敵国に近い領地であったため、戦争に向けて準備をするゆとりがなくーー攻め込まれ、応援が来るのと同時に父が犠牲になった。


もっと悪かったのは、母が流行病にかかっていたため、攻め込まれる戦火によって悪化したこと。そして父が敵を引きつけている間に…二人とも命を散らしてしまった。


その当時、私は病気にふせていた母を元気付けるのに必死で…力及ばず悲しい結末に至った。そうして戦争が酷くなる中…終止符を打ったのは、同盟国の介入によってだった。


つまりは、2対1に持ち込むことによって軍事力で勝ったのだ。しかしペティグリュー家に同盟国の援助が来た時にはもう…両親は倒れていた。その同盟国の軍事力ーー騎士団を率いていたのが、ユリウスだった。


漆黒の騎士と呼ばれ、勝利の象徴とも名高かった。彼は王城を最後まで守ったとされ、騎士団を指揮しながら郊外の地域にも支援を向けていたらしい。


そうして、戦争が終わって自国の王族が行ったことが、ナタリーの不幸を生んだ。


(漆黒の騎士に、自国の貴族を献上する…王命)


王族は、貴族は…卑怯だった。同盟国に対して労わりや報酬をあげないといけなくなり、両親がいなくなったナタリー…ペティグリュー家に目をつけたのだ。


伯爵にしては、広大な領地とナタリーという一人娘。それで賄おうとしたのだ。


王命に抗うこともできず、その結果。ナタリーは、戦争の褒賞として漆黒の騎士へ…妻として献上された。


そこからがひどい…ひどい不幸の始まりになる。


◆◇◆


「お初にお目にかかります。ナタリー・ペティグリューと申します」

「………」

「これから、妻としてファングレー公爵家へ忠誠と愛を誓います。よろしくお願いしますわ」

「…俺は忙しいから、あとは執事を通してくれ」

「…えっ、ユ、ユリウ」

「名前を呼ぶことは許可していない。そちらの国の礼儀はとても図々しいのだな」

「申し訳ございません…閣下」


同盟国へ献上、ひいてはファングレー公爵家へ着いたナタリーに対して、散々な対応だった。全く歓迎されず、むしろ蔑みの視線に晒されることになったのだ。


結婚式まで閣下とは、会うことができず。また執事からは説明という説明もなく、納屋のような小さな部屋に押し込まれた。そして掃除・洗濯・食事…全てを自分でやれと、そう言われたのだった。


(さすがに…冗談よね?)


ナタリーが、苦笑いで食事をとろうと公爵家の食堂に行けば。そこには、閣下の母親がいてーー。


「あらぁ?能無しで、男に取り入ることしかできないご令嬢ね…」

「……お初にお目に…」

「あたくし、発言を許した覚えはありませんことよ。身の程をしりなさい」

「も、申し訳ございません」

「能無しに施すものなどございません。早く自分のお部屋に帰ってくださらない?見るのも不愉快だわ」


ナタリーの味方は誰もいなかった。部屋に戻れば、ボロボロのパンが転がっていて。その日から、使用人にバカにされる日々が始まった。また結婚式すら、親族もおらず…閣下と牧師の三人で慎ましく終わりーー。


夫婦になったばかりの日に、ユリウスから「お前は、子供を産む義務を果たせ」と冷たく言われたのを覚えている。言い返す暇なんて全くなくて…呆然とするのみだった。


心がズタズタに引き裂かれるっていうのはきっとこういうことなんだろう。そんな義務の日が、続き。たまに、ユリウスが疲労困憊で共寝する時があった。


「……うう」

(…大丈夫かしら?)


相変わらずユリウスの母親にはいびられるし、使用人からは嫌がらせの日々。しかし、この頃のナタリーはまだ、ユリウスに対して少しの情があった。整った顔や騎士としての思いやりに縋っていたのかもしれない。


だから、微力ながら癒しの魔法をユリウスにかけていたのだ。


(…役に立たないから、公爵家で認められないのだわ…少しでも疲労や傷が和らげば)


ペティグリュー家は癒しの魔法を使える家系だった。ただ、残念なことは家族…同族には全く効果がないということだが。


「……」

「…ふぅ」


魔法を使用したあとは、少しばかりユリウスの表情が柔らかくなった。だから、きっとこうして心を込めて対応すれば、うまくいく…だなんて明るく考えていた。


しかしナタリーの想像に反して、現実はとても残酷だった。



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