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お父様と温かい時間を過ごしたのち。

父はナタリーに、「早速、明日にでも取り掛かるとするか――必ず、領地の守りを強化すると約束しよう」と言ってくれた。その言葉は、ナタリーを深く安心させた。


◆◇◆


その日から、ナタリーはお父様とお母様の手伝いをしながら暮らした。お父様が、領土の守りの為…外出をするときは――ペティグリュー家の事務仕事を。お母様が体調を崩した時は、側で看病をし――フランツから貰った薬を、飲むのを見届ける。


一歩ずつの歩みながらも、コツコツとできることに手を伸ばした。


そして落ち着いた時には、ミーナから舞踏会での話をせがまれたり。「このハンカチは…」とナタリーに聞きたそうにしていたが。上手く話題を逸らしながら、保管してもらっている。ペティグリュー家に人の物が増えた状況だったが――。返す予定の物ばかりなので、ひとまずは気にしないことにした。


気づけば、あっという間に半年が過ぎ。フランツがお母様の診察のため来た日のこと。


「うむうむ…奥様!黒点病はもう、完治したといってもいいでしょう」

「まあ…!」

「ナタリー嬢も…安心してくだされ」

「…フランツ様、本当に本当にありがとうございますわ」


お母様の病気はすっかりなりをひそめ、気味の悪い黒い痣がなくなったのだ。それは、ずっと心待ちにしていた瞬間で。お母様の元気な顔が、ちゃんとそこにあった。


このことは屋敷中に広まり――お父様もとても喜んでいて。快気祝いだといって、ワインを一気飲みしようとしたところを、お母様に取り押さえられていた。そんな明るいやり取りを、ミーナをはじめ使用人たちは微笑ましく見守る。


ナタリーとフランツも同様に。


その日は、フランツも含め豪華なパーティーを催して忘れられない一日となった。


◆◇◆


お母様が回復したこともあり、お父様はナタリーが頼んだことをより一層力を入れて取り組んでいる。計画では、あと半年――つまり戦争が始まる、ちょうど前あたりに兵力、戦力が揃う見通しになった。


(私が知っている記憶とは違う――だから、これで大丈夫だわ)


手を尽くせることは尽くして。あとは天命を待つくらいまで――順調にことが運んでいたのだ。だからもう、何も心配することはない…そう思っていた。


フランツが噂を教えてくれた…あの日に感じた“嫌な予感”が当たるだなんて、思ってもみなかったのだ――。


◆◇◆


その知らせは突然だった。ペティグリュー家の領地内で兵がきちんと配備されつつある中。ミーナが、青ざめた顔で「おじょおおおさまああ」と部屋を開けてきた。


「どうしたの?ミーナ」

「お、おじょう、さ、ま…その、こちらを」

「新聞ね…そんなに驚くことが――」


ミーナが持ってきてくれた新聞を目にした瞬間、ナタリーは驚く。なぜなら、そこには。「宰相派閥が脱獄!その後、敵国へ亡命!?」と大きな見出しが書いてあったからだ。


(いったい…どうなって)


記事を読み進めていけば、宰相らは敵国へ亡命後…自国の情報を売った可能性が高いこと。なにより、そのせいで国同士の緊張感が高まって戦争の可能性が示唆されていたのだ。


「だ、大丈夫でしょうか」


ミーナが不安げに、ナタリーを見る。ナタリーの胸中も不安でいっぱいで。


(まだ半年あるから…大丈夫、大丈夫なはずで…)


――本当にそうだろうか。舞踏会ですら、自分が知らなかったことに遭遇したのに。半年後なんて言いきれるのだろうか。


「…ミーナ、お父様やお母様は――」

「ええ…大変緊張されておいででした…」

「そう…」


どうかこの予感が外れてくれと願った…が、そうしたものほど当たってしまうのはなぜなのか。半年を待たずして、第一王子の訃報と共に――戦争が幕を開けたのだ。


しかも、ペティグリュー家の領地が標的になっていて。自分が知っている記憶と似てきている。


「家族は必ず、父さんが守るから…屋敷で安全に待っていてくれ」

「あなた…」


お母様の病気は治ったが、お父様を見送る顔色はだいぶ悪くて。お父様の言葉は、記憶通りの――同じ言い方だった。


嫌な汗が背中を流れる。この後はいったいどうなっただろうか…と蓋をしていた記憶を思い出す。そうこうしているうちに、お父様は兵たちと一緒に出て行って。


――そう、出て行って…領地で待ち伏せしていた敵兵に鋭い槍で貫かれるのだ。


「ナタリーっ!どこへいくの!」

「ちょっとそこまで行ってきますわ…!お母様、心配しないでくださいっ」

「お、お嬢様…!」


急な戦争によって、使用人や馬など…すべてがてんてこ舞いで――。頼れるのは…自分だけだ。

お母様やミーナの心配を背に、ナタリーは屋敷から飛び出した。目指すは、まだ出発準備中の父の所へ。


◆◇◆


(急いで、頑張って私の足――)


普段、激しい運動をしていない弊害がここで生まれている。ちゃんと鍛えておけばよかったと、唇をきゅっと引き結ぶ。


火事場の馬鹿力とでもいうような、精神力でナタリーは慣れないながらも走った。本当に馬に乗る練習もちゃんとしておけばよかったと思う程で――。


(…いないわっ、お父様どこ――あっ)


出発前の待機場所に父の姿がなく、いよいよ目の前が真っ暗になりそうな瞬間。少し離れた所に、お父様の姿を発見する。良かった間に合った――早く声を。


「お、おとう、さ、ま…」


(走ったせいで、声が出ない…癒しの魔法だって自分に使えない)


「だ、めっ、お、とうさまっ。止ま、って!」


兵や父が乗っている馬たちには、聞こえているのか――ピクピクと反応している。その反応に、疑いを持ったのか何人かが「馬が――」と止まろうとした。


(これで、大丈夫、もう大丈夫)


ほっと安心するナタリーを裏切るかのように――お父様の近くにある茂みが揺れる。そして、当たってほしくない予想が現実に。


茂みから鋭い槍の先端が見え――お父様をとらえようと素早く動く。咄嗟のことで、判断が遅れる父。


(――どうして、嫌、嫌よ…)


絶望に染まったその時。ナタリーの隣で猛スピードの何かが横切った。それは、黒い馬で――手綱をしっかりと握り。走ることに専念していて。


「え――」


そのまま、父と槍の間へ割り込むようにそれは進み――。


ザシュっという肉が裂かれる音と共に。


槍は鋭く――ユリウスの胸を貫いた。




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