15
「ふう…足の痺れがとれた…」
ベンチで少しの休憩をした後、そろそろ会場に戻ろうと思う。なんとなくだが、遅くなるとお父様が大騒ぎしそうな――。
(…きっとしてしまうわ)
ナタリーは、会場へ戻るべく…足に負担にならないくらいで足早に歩き始める。庭園から廊下に出る間際…バラの植え込み越しに会話が聞こえた。
「今日の公爵様…見たか?」
「ああ、ご夫人も良くなかったが、ユリウス公爵の目つき…」
「…それ、まさに“化け物”の名にふさわしいものだったな」
「いや~本当に。女性たちはアレの怖さをしらないから…」
先ほど別れたユリウスについての噂話だった。植え込み越しなので、誰かはわからないが…。声を聞くに、一度挨拶をしたことがある程度の…自国の王家直属の家臣ではないだろうか。
「こんな騒動になっても…陛下はおそらく不問にするだろうなあ…」
「まあ…仕方ないよな…そうじゃないと我が国は…」
――好奇心は猫を殺すと言われるが。話の内容が気になる…いったいどういうことなのか、気持ちのまま後ろへ振り返ると。
「おや?迷子になってしまったのかい。ナタリー」
「エ、エドワード殿下…」
「ふふ、呼び方を忘れてしまったようですね」
偶然なのか、エドワードが他の通路からやってきていた。そこに気を取られていたためか…いつの間にか庭園から聞こえる声も止んでいて。
「なかなか、会場に戻らないから心配しましたよ」
「あっ!ご心配をおかけしてしまい…誠に申し訳ございません…」
「ああ、謝らせようと思ったわけじゃないんだ…言い方が悪かったですね」
どうやらエドワードは、ナタリーが心配で王城を歩いていたらしい。他の用件もあったのかもしれないが。そうしたエドワードと対面していれば…彼は、ゆっくりとこちらに近づき――ナタリーの腰を支えてくる。
「エ、エドワード様…?」
「…先ほどの、会場での立ち回り…堂々としていて素敵でしたよ。惚れ直すほどに」
「……」
「しかも…足を痛めているというのに…逞しく立っている姿は、とてもいじらしくて――僕の気持ちをざわつかせてしまうのは、どうしてでしょう」
ナタリーの足をかばうように、エドワードは支えてくれる…が。彼との距離もぐっと近くなり、吐息がナタリーの首筋にかかる。あまりの事態に、血が顔の方に上ってくる。
「その、距離が…っ」
「君が望むのなら…どんな願いも叶えてあげたい、そう思ってしまうんです」
(…あら?)
エドワードの視線は確かに、熱を帯びていて。求愛する熱に似ているかと思うのだが、一方で眉が下がっているのが分かり。罪滅ぼしのようなそれは――。
「…エドワード様、無理をしてはいけませんわ」
「…え?」
「ふふ、私…エドワード様に恩返しをして欲しくて、助けたわけじゃありませんのよ。…そうですね、辛そうな人がいたら見捨てられない…厄介な性格なんです…私」
元来そうした性格だったのが、生き返ってからより一層酷くなったのかもしれない。だって前は、舞踏会の令嬢を助けられないままだったから。
以前の自分のような…辛くなっている人を、もう見たくないというナタリーのワガママなのだ。
「エドワード様は律儀なのですね」
「……」
「私、エドワード様を助けられて本当に良かったと思うんです。だから…この気持ちに対して責任感を持たなくて大丈夫ですのよ」
「…ふ、まいったな」
距離の近いエドワードの顔が崩れる。空いている手で、自分の前髪をくしゃっと触り――カチッとした王子様の姿から、変わったように感じた。
「ナタリーの瞳に見つめられると…なんだか僕のやましい気持ちが、全て暴かれてしまうようだね」
「…そ、そんなこと」
「困ってしまうな…本当に君が手放せなくなりそうだ」
ナタリーが困惑したように「え?」と返すものの、相変わらず王子は笑っていて。彼の小さな声で「こんな真っすぐな言葉は、初めてだ」と聞こえたような。
(あ!いけない。また忘れるところだったわ)
「エドワード様、その…ペンダントを返すお時間を――」
「そういえば、ナタリーのお父上が会場で慌てた様子だったよ」
「お、お父様が…!」
「だから、早く元気な姿を見せてあげてほしいな」
エドワード王子が、パチンと指を鳴らせば。瞬きしたのち、景色が一変する。
「ま、まあ!」
「ふふ、僕の得意な魔法なんだ。さあ、会場は目の前の扉だから」
「…エドワード様、本当にありがとうございます」
「いいよ…いや、うーん」
「え?」
爽やかな別れになりそうな頃。なぜだか、エドワードは言葉を濁す。
「その代わりと言ってはなんだけど…これからは、僕の言葉をちゃんと受け止めてほしいかな。よろしくね、ナタリー」
「…へ?」
言い終わるや否や、ナタリーの腰の支えを外し。かがんで、ナタリーの手をすくい…その手の甲へ軽くキスを落とす。
「もう、責任感はやめだ…では、お帰りは気を付けて」
「え、ええ。エドワード様、あ、ありがとうございます?」
彼は最後に不敵な笑みを浮かべ――再び、パチンと指を鳴らす。すると、ナタリーの目の前から姿が消えてしまって。
「ああっ!だからペンダントを…!」
ナタリーは物を返すことが…とことん不得意なのかもしれない。結構、スマートに返す自信があったのに。そうした自信を無くしている中、会場の扉の隙間から。
「ナタリー―――!可愛いナタリー!父さんを置いていかないで…これ以上は父さん、悲しくて泣いちゃうよ~~~」
「あなた…ここは王城ですから、そんなに心配なさらないで」
「うっ、うう。それでも…心配なんだもん」
もう手遅れなお父様の声が聞こえてきて。会場へ戻るのが少し億劫になった…なんてことはないのだと、自分に言い聞かせて――扉を開けて、両親の元へ帰っていった。
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