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私の記憶では、舞踏会で元義母が問題を起こしても…ユリウスは黙って容認していたように思う。しかし、今の彼は――ナタリーと出会う前だからなのだろうか。それとも、死ぬ前とは違う行動をしているからなのだろうか。


――ユリウスに対しての違和感。


扉から出れば、温かい明かりが無人の廊下を照らしている。もう公爵家の馬車に乗ってしまったのだろうか…。ふと、床に赤い色がついていることに気が付く。それは液体状で、ポツポツ…と馬車がある方とは別の場所へ続いているようだ。


(いったい…どこに向かったの?)


赤い点を辿るように、ナタリーは足早に進んでいくのだった。


◆◇◆


辿っていけば、外に出た。そこは、王家直属の庭師によって手入れされた花園。季節の花が、鮮やかに咲き誇っていて。赤いバラが咲く庭園の中央に彼はいた。


――目を閉じて、設置されているベンチに座っている。


衝動的に来てみたものの、いざ彼を目の前にすると…不安が頭をよぎる。しかし、やはり血が点々と続いていた場所を思い出し――気合を入れるように、深呼吸をした。


しっかりとした足取りで、ユリウスの方へ歩いていけば。


「誰だ」


僅かな足音に反応したのか、閉じられていた目がぱっと開く。そして、赤いルビーの瞳とナタリーは目が合った。目が合えば、ユリウスが息を呑んだのがわかる。


「二度目でしょうか…ナタリー・ペティグリューと申します」


盗賊襲撃の時と今回の二度目。ユリウスに挨拶をし、礼儀に則ったカーテシーを行う。それを、見たユリウスが慌てて立ち上がり――。


「ユ、ユリウス・ファングレーだ…その…」

「挨拶をありがとうございます。怪我をされていますから…立ち上がらなくとも構いませんわ」

「そ、そうか。では…失礼する」


なんだか、ギクシャクしているような――気がしなくもないが。ユリウスはナタリーの言葉通りに、ベンチにまた腰かけた。加えて、怪我をしているであろう手も隠しながら。


「…まだ、お帰りではなかったのですね」

「あ、ああ。家の馬車が先に出発してしまって…副団長が乗ってきた馬で帰る予定だ」


その後は言いづらそうに、「ただ、馬の嗅覚を刺激するとよくないもので」と答えた。きっと、舞踏会でついた食事や酒の臭い、そして彼の手。ユリウスは一通り言い終わると、目線をナタリーに投げかける。


ナタリーはどうしてここに?と言わんばかりの視線だ。


「私は、助けてくださった方を治しに来ましたの」

「そ、それは…」

「たまたま運よく…跡がございまして。ちゃんと見つけられてよかったですわ」


ナタリーが下を向けば、ユリウスも合わせてそちらを見て。そして、「ああ、それか…後で掃除の対処をしなければ、ならないな…」と暗い声を出していた。


庭園の芝生に赤い色が、いくつか描かれている。しかも、ユリウスの座っているベンチ付近も…ポタポタと小さな血だまりになっているのだ。


「怪我した手を…見せてくださいませんか」

「……その…」


大変、見せるのが嫌そうである。しかし見せてくれなければ、治せないのだ。なぜ嫌がっているのかは、わからないが…ナタリーを助けて重傷だなんて寝覚めが悪い。いつかの恐怖など――どこかに忘れて、ナタリーはユリウスに近づく。


「ペティグリュー家のご、ご令嬢…な、なにを」

「無礼を承知で…失礼しますわね」


焦った態度のユリウスを制止して、怪我をした手をそっと掴んで持ち上げた。ナタリーの行動に思考が追い付かないのか、「あ」や「う」などの一文字を発するだけで――ユリウスはされるがまま。


「…痛い、でしょうに…」


ユリウスの手のひらは、ひどい状態だった。未だに血が止まらない状況から予想はしていたが、予想以上にガラスによって深く傷がついていて。じくじくと痛んでいそうな手は、掴んだ時どれほどの――。


「ご令嬢に…見せるものではなかった。すまない…だから離し」

「今から、魔法をかけますので…!じっとしててくださいね」

「…そ、そうか…」


ベンチの前に座り込むようにして――未だに止血されていない手を、ナタリーは自分の両手に挟むように持つ。動くのを防止する役割と魔法を効果的に発動できるように。血が付くことは全く気にせず。


そうしたナタリーの行動に、驚いているのか…ユリウスが時折、謝罪を口にしていた。それは、血を付着させてだとか、ご令嬢に無理な体勢でだとか。


「処置しやすいから、この姿勢でいますので…お気になさらず」

「それなら、いい、のか…?」


まだ困惑を隠せないユリウスに、着々と自分の魔法をかけていく。集中して――傷を塞ぐように…皮膚を縫合するように。そうすれば、彼の傷が段々と癒えていくのがわかる。


「ふう…!これで、大丈夫です。ですが、今かけたばかりなので…無理はしないでくださいね」

「ああ…傷が綺麗になっているな…本当に感謝する」

「いえ…、もし癒しの魔法が使える方がいたら…また日を改めてかけてもらってくださいね。そうすれば、きっと快癒しますから」

「…承知した。ご令嬢は、優しいのだな」

「え?」


ユリウスに褒められるとは思っておらず、裏返った声を出してしまう。そして、ユリウスがおもむろに立ち上がって。


「ご令嬢、立ち上がれるか?」

「あ…ごめんなさい。足がしびれてしまって…時間が経てば立てますわ」


急にナタリーに質問したかと思うと。


「少しだけ我慢を…申し訳ない」

「…へ?」


ユリウスの言葉を聞いた瞬間、ふわりと…そしてしっかりと抱きあげられ――。ユリウスが座っていなかったスペースにナタリーを降ろす。ナタリーの頭には混乱の文字が埋め尽くされ。


「ど、どうして…」

「ああ、…説明不足ですまない。手を…」


ユリウスがナタリーの手を見る。つられて見てみれば。魔法の際に血によって染まった箇所が、汚れをふき取るようにサッとなくなった。


「わあ…!器用ですね。ありがとうございます」

「いえ…それと…」


器用な魔法の使い方に、歓声を上げていれば…彼は急に跪きだす。その変化に驚いて見ると、懐からハンカチを取り出しているのが分かった。そしてナタリーの足――自分では気づいていなかったが、走ったため赤くなったところが目に入る。


そしてその赤くなった足をヒールから外して。


「ちょ、ちょっと!」

「嫌なことを我慢させてしまい、誠に申し訳ない」


彼の表情を見れば、眉が八の字に垂れ下がっていた。逞しい手に足を触られ、鼓動が早くなる。ナタリーの脳内処理が追い付かなかった。


そのため、強制的に制止をせずに見ていれば。手早くかつ丁寧に、ナタリーの足にハンカチを巻いてくれたのだ。


「俺は、癒しの魔法が使えず…これくらいしかできないが」

「いえ…お、お気遣い、感謝しますわ」


なんとも突然な気遣いだったが、確かにこれ以上…足の痛みはひどくならなそうだ。


「では…そろそろ。時間を取らせて…本当にすまない。では失礼する」

「え、ええ」


彼は、ナタリーが来た道を引き返すように歩いて行った。そして魔法をかけたのだろうか…庭園内にあった赤色がすべて消えていて。また下を見た拍子に、自分の足に巻かれているハンカチが目に入り――。


「あっ!」


(返さないといけないものが増えてしまったわ…!)


自分がされるがままのせいで、悩みの返却物が増えたことに――今、気づいたナタリーであった。



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