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「…なにか、御用かしら?」


怒りが収まっていない元義母は、ナタリーを睨みつけながら言葉をかけてきた。付近に視線をやれば、会場にユリウスの姿がないことがわかる。きっとこれも、元義母の行動を大胆にしているのかもしれない。ただ、いたとしても…抑止力があるかはわからないが。


また、「あたくし、今…この令嬢のせいで、ドレスがダメになってしまったの!そのことを話しているから…邪魔しないでくださる?」とも。元義母の態度によって、件の令嬢は委縮してしまっているようだ。


「…そのお怒り、この場にはふさわしくないと思いまして」

「…な、なんですって?」


元義母は少したじろぐ。まさかナタリーが、自分に言い返してくるなど思ってもみなかったようだ。そして、ナタリーは以前の記憶と違う存在に目を向ける。それは、元義母のドレス――床にあふれんばかりのシフォンをひっかき、くつろぐ存在。


「にゃあ」

「王家のシンボル――国獣(こくじゅう)の獅子様が楽しんでおられます。今回の一件も、獅子様の戯れによる部分が大きいでしょう」


ドレスの下にいたのは、王家の象徴である獅子の子どもだ。大きくなれば、国が管理する場所へ運ばれるが――小さい頃は、王城の至る所で放し飼いにされている。国獣は、王家にとって繁栄の象徴。だからこそ、他国でも王城内で放し飼いにしている所は多い。


ビリビリビリ―――


黄金の毛並みをもった獅子は、元義母のドレスが相当気に入ったようだ。かなりの勢いで破いている。それを見た元義母は、「なっ」と驚くのみ。


国獣は、神聖であるため…「その行動」は基本的にありがたいもの、良いものだと考えなければならない。もちろん人の命を脅かすことは看過できないが、遊びで物を壊してしまうのは仕方ないとされている。


むしろ近づかれるのは幸運だとも――。


今回のドレスのシミは、身体の衝突の他に…この大きな子猫(獅子)の力も関係しているだろう。子どもながら、ひっかく力があり――元義母がつい身体をぶつけてしまうほどに。


「ですから、獅子様の幸運として…今のお怒り、鎮めてくださりませんか?」

「な、な…」


最後に元義母の耳元で、「これ以上は、お心の狭さが明るみになってしまいますゆえ」と忠告する。それを聞いた彼女は、みるみるうちに顔が赤く染まっていく。過去の記憶で、見なかった獅子はナタリーにとっても幸運を運んでくれた。


(未来が確かに変わっている…ということなのかしら…)


ふと、顔を獅子から外せば――こちらから少し離れた場所で、エドワードが楽しそうにこちらを見ている。ナタリーの行動が周りに目立ってしまったかもしれない。件の令嬢も、緊張の糸がほぐれた様子だ。


大事になっていく前に、「御寛大な心、感謝いたします」と言って離れようとした――が。


「あ、あなた…よくも…あたくしに、このあたくしに恥をかかせてくれましたわねっ!」

「…え?」

「ゆるさないわっ!」


顔を赤らめながら、元義母はナタリーに怒りの感情を爆発させる。理性がなくなったのか、散らばったガラス…特に大きなものに対して手をかざした。その瞬間、まるで意思を持ったかのように大きな一片のガラスが動く。魔法の力で操っていることは明白だった。


そして素早い動きで、ナタリーの方へ突き刺さろうとする。あまりに突然だったため、対処ができず、避けきれない…もうダメだと目をつむった――その時だった。自分の前から鈍い音がする。


(…でも、痛みはやってこない…わ)


おかしな音に、恐る恐る目を開ければ…逞しい手がガラスを掴むように握って――鋭い切っ先が深く食い込み、赤い血が滴っていて――。


「そん、な」

「…っ、大丈夫か」


息を切らしながら、そのガラスを掴んでいたのは…ユリウスだった。周囲に事態の理解が及んだのか悲鳴があがる。ユリウスは体勢を整えながら、元義母に向き合って。


「…母上、この状況は許されませんよ。ご理解していますか」

「…っああ!ユリウスっ!手が…あなたの手が…」


元義母はサーッと青ざめ、その場にへたり込む。その衝撃にびっくりしたのか、獅子は逃げ出し――その最中、元義母は気絶してしまった。


「…まったく、マルク!母上を、馬車に」

「えっ!わ~!大変なことになってるね~。ユリウスのお母様、失礼しますよ~」


ユリウスに呼ばれたマルクが、元義母を運んでいく。そしてユリウスは、怪我をした手をサッと隠し。件の令嬢に「母上が迷惑をかけたようで、追って謝罪を」と言えば、令嬢は首を左右に振り「大丈夫ですので」と答えて…足早に走り去った。


よほど怖かったのだろうか…と令嬢の後ろ姿を見送っていれば、ユリウスはナタリーに向き直って。


「すまない…大丈夫か」

「…え?ええ。それよりも、あなたの手…」

「それなら…よかった。ご令嬢の屋敷に謝罪を送るので…」

「い、いえ…その別に…」


ナタリーの返事に対して、ユリウスは眉をしかめて…何かに耐えるような顔をした。それから、周りへ声を出す。


「…お騒がせして、申し訳ございません。失礼いたします」


そう言って彼は、会場から出て行く。それに続いて国王が、「獅子様が元気にはしゃいでいたようだ…みな、引き続き、舞踏会を楽しんでくれ」と声を出した。それによって、貴族たちはまた華麗な空間で談笑を再開していく。


散らばったガラスやドレス素材を、城の使用人たちが掃除し始める中――ナタリーはユリウスが出て行った扉を見つめる。今日は舞踏会、医者はほとんど見かけない。また王家の医者に至っては、第一王子にかかりきりだ。


そうしたら、彼はどうやって…あの酷い怪我を治すつもりなのか。


止血をして、屋敷まで処置をしないつもりなのか。


考えを頭に巡らせた瞬間、衝動的にドレスを両手でたくし上げて…ナタリーはユリウスが消えた扉の先へ走り出した。


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